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2-23 球技大会開幕

 三年生の実行委員長が陽気に開催を告げ、球技大会が始まった。

 二つの体育館にグラウンド、その脇にあるテニスコートなど、各競技が行われる場所にバラけていく生徒達。

 野球の試合はまだ先という事もあり、俺達一年三組の多くはバスケの応援に向かう事になった。


「風晴くん! 頑張ってっ!」

「須山、ちゃんと入れろよな~」

 男子バスケには須山や諌矢といったクラスの人気者が多く出場する。そのせいか、応援に来ている連中もとにかくテンションが高い。

 体育館の反対側で行われている卓球にもうちのクラスの何人かは出ているのに、酷い違いだ。

 キャットウォークにはクラス外の女子達も多く詰め寄せ、黄色い声を上げていた。

 須山はそれに答えるように腕を振っているけど、残念なことに彼女達は全員、諌矢目当てで押しかけているんだよな。

 チームの中には炊事遠足で同じ班だった男子生徒、工藤舞人(まいと)もいる。諌矢や須山の活躍に隠れがちだけどそれなりに得点にも貢献しているようで、度々アシストや自力でのシュートも決めている。


「マイト、がんばっ!」

 ライン沿いで声援を上げる竹浪さん。

 一方の俺は賑やかな応援の輪には入れず、他の大人しめのクラスメートと共に眺めていた。

 体育館の壁に背中を預けて腕を組み、ドヤ顔コーチ面での観戦だ。

 試合には直接関与できないが、主人公チームの特訓パートに登場する名コーチキャラという高度過ぎる設定。

 そんな妄想をしながら、自分の浮きっぷりを脳内で必死に正当化しようとしていた。

 バスケのドリブルもろくにできないのにコーチ役だなんて……


「川村、ナイスリバウンド。須山はもうファール取られんなよ!」

 諌矢は敵のゴール前でドリブルしつつ指示を飛ばす。

 相手選手が奪おうとするも、それらを巧みに交わして敵陣に突っ込む。


「風晴!」

「おうっ!」

 工藤舞人と諌矢の流れるようなパス回し。ボールを再び受け取った諌矢が跳躍する。

 諌矢の片腕から放られたボールは音も無くネットを揺らした。その瞬間、ひたすら盛大な歓声が沸き起こる。


「流石、風晴君だね!」

「やっぱすげえよ、あいつは」

 バスケ部所属の本職の男子達も、諌矢のプレイには唸り声を上げている。

 主審の上級生がホイッスルを吹き、試合終了。

 コート内の諌矢が女子達に手を振り声援に答える。この辺り、本当にスポーツ万能イケメンの底力を見せつけられて嫌になる。


「すげえ! 圧勝だあああ!」

 一年生同士の試合での圧勝。案の定クラスの応援ガチ勢が沸いていた。

 俺や数人のそのままついてきた勢は、死んだ魚の目でそれを見ている。


「夏生、そんなとこにいたのか。壁と同化してるから気づかなかったよ」

 女子達の囲いから抜けてきた諌矢がタオルで顔を拭きながらこちらにやってくる。

 その頃にはもう、俺は完全に壁の染みになりかけていた。


「次は野球の試合だろ? 行こ行こ」

 汗を拭きながら諌矢が先立って歩き出す。さっきまで試合をしていたのに全く息が上がっていない。何かの呼吸法でも取り入れてるのかな?

 すぐ後ろには先程まで諌矢達に声援を送っていた女子の集団。他に被っている試合は無いのか、バスケを見に来ていた全員がそのまま野球観戦にまわるらしい。勘弁してくれ。


「嫌だなあ。これって、俺がエラーしたらこいつら全員敵に回るって事だよね?」

「大丈夫、大丈夫。夏生の事なんて誰も気にしてないんだし、気楽に行こうぜ」

 ガハハと須山みたいに大笑いする諌矢。

 試合で動いてアドレナリンが出ているのだろうか、いつも以上に陽気だ。





 下駄箱で再度外履きに替え、開会式が行われたグラウンドを突っ切る。

 広い校庭は殆どがサッカーに使われていて、野球の試合は野球部用とソフトボール部用、二ヵ所の練習場で行われる。

 その内、俺達の一回戦が行われるのは最奥の野球部の方だ。校庭の最果てとも言えるバックネットに近づくにつれ、喧騒が大きくなる。


「おう、やってら」

 俺達の前に行われていた試合は既に佳境だった。通常は九回ある野球だが、この球技大会では五回制というルールが採用されている。

 更に、素人だらけなので打てない人の三振でアウトはあっという間に重なり、打てる一部の人がボールを飛ばせば守備のエラーが続発、とにかく点が入る。そのせいか、ゲームの進行が異様に速い。


「いよいよだね」

「ああ、やれるとこまでやってみよう」

 白鳥と互いに声を掛け合う。見渡す限りだと既に皆、集まっているようだ。

 球技大会は基本学校指定のジャージで行う事になっている。

 その中でも、それぞれに着こなしがある訳で、諌矢や須山といった陽気な男子生徒は上着のファスナーを開け放ったり、自分が属する部活のTシャツ姿もちらほら見える。

 一方、白鳥は首元まできっちりファスナーを上げていて、普段の良識ある優等生っぷりが際立っていた。


「じゃあ、集まった事だし、作戦会議でもしようか」

 白鳥の一声で一か所に集まる俺達。


「さっき、実行委員に出してきたオーダーなんだけど……一応、このメンバーで行こうと思う」

 白鳥は落ち着いた口調で四つ折りになっていたオーダー表を広げる。

 見ると、先発投手の赤坂が一番打者も務め、二番以降は白鳥、諌矢と続いていく。


「上位打線は野球に慣れたメンバーで固めたんだな」

「この試合に勝てばまた変わるかもしれないけどね。とりあえず今一番打線がつながりそうな順番にしてみたんだ」

 白鳥は真剣な表情だ。そんな風に最後の確認を行っていたら、一際大きな拍手が沸き起こった。

 どうやら、前のクラスの試合が終わったようだ。


「いよいよだな……」

 諌矢の口元はいつもみたいに微笑んでいるけど、その眼差しは凛と引き締まっている。

 勿論、それは俺も同じ。さっきから妙に鼓動が落ち着かない。


「所詮は球技大会よ」

 回し見していたオーダー表を俺に渡しながら、赤坂が話しかけてくる。

 赤坂はくいと顎で先程まで試合をしていたチームを指す。


「出ているのは別に現役野球部じゃない。せいぜい、人より少し運動神経がいいだけの人達でしょ 

 だから、俺達に有利不利は無いのだと言いきる。まあ、あれだけ練習したんだから自信持てって言いたいんだろう。


「仮に野球経験者がいたとしても、たかが知れてるわよ」

 緊張しがちな初戦を前に、全く動じている気配はない。相変わらず隙が無い女子だ。


「僕たちは、その元野球経験者なんだけどな……あはは」 

 隣でやり取りを聞いていた白鳥は苦笑いをしている。

 多分、赤坂は俺に向けて言ったんだろうけど、この距離だと白鳥まで叱咤されてる気分だったんだろうか。


 ――ごめんなあ。後で、俺の口からきつく言っとくよ。

 しかし、赤坂は俺がそんな事を思っている事など知る由もないんだよな、これが。


「一之瀬、緊張してる?」

 ヘアゴムを咥えながら、赤坂が話しかけてくる。動きやすいようにポニーテールに髪を結い直しているようだ。

「学校の行事なんだから気楽でいいんだよ?」

 そう言って一本になった長いテールをぶるんと揺らし、走っていく。


「どうかした?」

「一之瀬君。赤坂さんってあんなに強気なキャラだったっけ?」


 マウンドに上がった赤坂を見ていたら、白鳥が苦笑いしながら近づいて来た。

 どうやら、今のやり取りを見ていたらしい。

 さしもの白鳥も赤坂の素がこれほどのものとは分からなかったんだろう。顔には若干驚きが貼り付いている。


「本当に何なんだろうなあ。まあ、気にせず俺達はいつも通りやろう」

 試合前にチームメイトを動揺させたら勝敗に響くかもしれない。俺は曖昧にしながら、白鳥に頷き返すのだった。


「よっしゃー、行くぞ!」

 ジャンケンを終え、試合は俺達の守備から始まる。

須山の咆哮に、諌矢達がウェイウェイと鬨の声を上げる。俺や白鳥といった大人しめの連中は小さく掛け声だけ合わせておく。

 恐ろしい温度差だけど、その辺は俺達の仕様なので勝敗に関係はしないだろう。

 キャッチャーを務める俺は赤坂と投球練習を始める。

 何度かボールをキャッチし、ある程度ミットの感覚が馴染んで来た所で、赤坂の立つマウンドに向かった。


「何。緊張してトイレにでも行きたくなった? 初回から腹痛で退場とかマジでやめてよ?」

「違うから!」

 俺が必死に否定すると赤坂が笑う。もしかして、今のは緊張を解すつもりで言った冗談か。


「ミスっても気にしなくていいからね、一之瀬。このチームでとやかく言う人なんていないだろうし」

「練習で揉めた張本人に言われたくねー」

 赤坂の口調はどこか気遣いが感じられ、いつものきつさは若干控えめだった。


「ま、何とかやってみる!」

 気を取り直してボールを手渡すと、赤坂はグローブにそれを納め、じっと俺を見る。


「ミットは真ん中に構えてれいばいいからね。そこに投げ込むから、一之瀬は捕る事だけに集中するの。分かった?」

「は? ど真ん中だけって。俺が零すと思ってるのか?」

 あれだけ練習したんだ。俺だってある程度のコースの球を捕れる自信はある。


「そんなんじゃないわ。私、一之瀬の努力は評価してるんだよ? 一応ね」

 赤坂はふっと笑みを零す。嘘だろ、俺は赤坂に結構いい評価されているらしい。


「素人ばかりだし、速い球なら真ん中に投げてもそんなに打たれないでしょ。肩の力を抜いて気楽にいくわよ」

 持て余した手をしならせ、グローブにボールを何度もパスパス入れて遊ぶ。余裕さアピール全開だ。俺はうんざりしながらキャッチャー用のマスクを被り直した。


「ああ、そうかい。エースの力投を期待するよ」

 そしてホームベースに戻った所でプレイが宣告される。

 一回表。相手チームの攻撃。俺達にとって、初めての実戦。


「担任だからって甘い判定はしないからな」

「分かってますよ。宜しくお願いします。先生」 

 審判役はうちの担任の猿倉だった。ついでに言えば猿倉は体育教師で野球部顧問だったりする。この試合の審判にはうってつけの人材だろう。


「プレイ!」

 ゴリラとあだ名される猿倉の、野太い一声で試合が始まった。


「よし。来い、赤坂」

 ミットを構えると彼方の赤坂が大きく振りかぶる。ぶるんとしなる赤いポニーテール。 

 そして、放たれた()()


 ――ズドン。


 そうとしか形容できない音を纏わせながら、全力全開のストレートが叩き込まれた。


「……ってえ」

 手のひらから腰まで突き抜ける衝撃。

 砂塵が濛々と煙るマウンドで、赤坂は投げきった腕を伸ばしたまま大地を踏みしめていた。

 見た目だけは可愛いのに、気迫、立ち姿には勝利だけ見据えた修羅が宿っている。

 どんだけ本気なんだよとか思っちゃうけど、とてもじゃないが茶化せる雰囲気じゃない。


「……ストライク!」

 あまりに良い球が来たので見とれていたのだろうか。我に返った審判役の猿倉が拳を掲げる。

 上級生の一番打者は啞然とした顔で俺のミットを見返していた。

 俺も多分、彼と同じ顔をしていたと思う。


「初っ端から飛ばす気かよ……」

 まだ痛い。このストレートを零す事無く捕れたのは赤坂と一緒に練習したお陰だと思った。

 ビリビリする肘を気にしながら、もう一度ミットを構える。


 そして――赤坂は三者連続三振であっという間に相手の攻撃を終わらせた。

 俺は本当に赤坂の言う通り、ミットを構えてしゃがんでいるだけだった。


「何が肩の力抜いてだよ。本人が一番ガチ勢じゃないか」

 ベンチに戻る中、一人そんな嬉しい愚痴が俺の口から零れた。


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