前へ次へ
60/129

2-18 ホームタウン

 翌日の土曜日。俺は諌矢、江崎さんとの集合場所である郊外のホームセンターの前にいた。

 ここでも十分市内の外れだけど、更に山の方に向かった所に赤坂の住む町がある。

 大分走る距離になると思うので、自販機でボトルのお茶を多めに買っておく。


「ん?」

 スマホがぶるりと震える。見ると、諌矢からのメッセージ通知が届いていた。

 もう集合時間は過ぎている。どうせ遅れるとかそういう連絡だろうと思って画面を開く。


 イサヤ:ごんめーっ! 今日急に急用が出来て行けなくなった。夏生行ってきてよ。赤坂ネキとの集合場所は昨日言った通り、鷹越公民館だから。グーグルマップでいけるべ?


「は?」

 まさかのドタキャンだった。更に追加のメッセージが届く。


 イサヤ:ちなみに、江崎さんも急用で来れなくなったって! 二人揃って急用でごめんね。夏生一人で今日は頼むわ。

 そして、そこには生白い人型のキャラが汗を拭き出しながらてへぺろしているスタンプ。ごめんねという意思表示らしい。


「いや、江崎さんも昨日暇だったって言ってたじゃないか」

 だが、俺はその程度で諌矢を許さない。詰問すべく諌矢に電話を掛ける。

 今送られたメッセージなら、すぐに出る筈だ。しかし、電話はワンコールで切られた。


「はあ!?」

 嘲笑うかのように、メッセージ通知音が鳴る。


 イサヤ:赤坂ちゃんとのデート、楽しんできてね! 追伸、キスしたらあとで教えろ。

 トーク画面には人を馬鹿にしたハート付きの絵文字とスタンプ。ふざけろよ。


「あいつら……面白そうとか言ってたのは、そう言う事かよ」

 ここで俺は全てを察知した。全て諌矢と江崎さんのはかりごとだったのだ。

 諌矢はともかく江崎さんまでこの悪事に乗るなんて……もう絶望するしかない。

 一見、優しい顔して裏では何を考えているか分からない。江崎さんはそういうタイプの女子だったのだ。

 分かってはいたけど、いざ目の当たりにすると結構きつい。

 その癖、諌矢みたいなイケメンの言う事は素直に聞いちゃうんだろうな。


「やっぱ女子って怖い……」

 脚が重くなるのを感じつつ、俺は自転車のペダルをこぎ出す。

 地図アプリを開くと、目的地までの所要時間は徒歩一時間と少し。嘘だろ……



 六月に入って間もない時期。

 首都圏だとすでに30℃を越える日も出始めているみたいだけど、この本州最北の地は春の涼しさが少しだけ残っている。

 しかし、いくら涼しくても自転車に乗り続ければ汗だって出るわけで……


「はあはあ……」

 郊外の緑多き国道沿いは、前後を見渡しても俺しかいなかった。

 ペダルをへし折る勢いで体重をかけながらの立ちこぎ。その横を車が何台も通り過ぎていった。田舎の車社会を痛感させられる瞬間だ。

 平坦な田んぼ沿いの舗装路を走っていた頃は楽しかった。昔はこういう田んぼでトンボとか捕まえたなあとか、そんな思い出に浸りつつ田園の中に通った道路を走り続けた。

 しかし、山がちな道に入ったあたりから傾斜もきつくなり、感慨深さも消え失せた。 

 緑の密度が濃い坂道沿い、夏になると明かりに惹かれたカブトムシが窓辺にこんばんわしてきそうなくらい民家が軒を並べている。


「あそこかな」

 ひいひい言いながら上りきった坂。待ち合わせ場所の公民館が視界に入った。

 鍵がかかって中の見えない、そもそも開いている事があるのかすら疑わしい建物。その前に赤坂はいた。

 薄手のシャツを羽織り、下はジーンズの短パン、靴は黒と白のカジュアルなスニーカー。中心部の街に行くほどではないけど、お洒落に気を遣っているのが分かる。

 赤坂は俺に気づくと、操作していたスマホをポケットに入れる。


「驚いた……まさか本当に自転車で来るなんて」

「何度も熱中症になりかけた」

 自転車を止めると同時にペットボトルのお茶をがぶ飲みする。

 その横で赤坂は何とも涼しそうな顔。ここが私のホームタウンですっていう余裕が滲み出てる。


「今日は熱いしね」

 そう言って、自前の野球帽の鍔を整えて見せた。野球帽と言っても黒地にオレンジで『G』が描かれているわけでもなく、虎や白いライオンが描かれている訳でもない。駅ビルの若者向けアパレルショップに売ってそうなファッショナブルなやつだ。

 まあ、女子だから紫外線とか気になるんだろうな。分からんでもない。


「あれ? 風晴君と江崎さんは? 来るって言ってなかった?」

 やってきたのが俺だけなのに今更気づいたようだ。


「あいつら今日来れないって」

「はあ? 予定空けてるんじゃなかったの……?」

 気の抜けるような声でリアクションする赤坂。何か学校で話すときよりもリラックスしている。流石はホームタウン。

 俺はここまで来た道を振り返る。公民館と奥まった所に数軒民家があるだけの場所。

 下で結構走っていたのに、ここでは車一台通らない。人影も俺と赤坂だけだ。

 とりあえず、こうなった経緯を説明しようとも思ったがやっぱりやめよう。諌矢の軽薄なメッセージは見せる気にもならない。俺は自転車の前籠に入れた鞄からグローブを取り出す。


「バットなくてもシートノック的なのはできるよな? 内野にボール適当に放るから」

「ええ。でもその前にまずは投球練習ね。一之瀬が球捕れないと試合にならないし」

 そう言って勝ち誇った笑みを浮かべる赤坂。


「じゃあついてきて」

 そして乗ってきたであろうシティサイクルのスタンドを上げる。

 俺はそのまま走り出した赤坂の後を追った。

 一応、チームメイトなのに常にマウント取ろうとするスタイルは何なんだろうな。



前へ次へ目次