2-17 胡散臭いイケメンと、曲者系女子
翌日の放課後。今日も中央公園で練習という事で、ノリノリの連中が教室を出ていく。
その流れに逆らうように、俺は赤坂の席に向かった。
「一之瀬?」
赤坂は俺を見た後に一瞬だけ目を逸らす。
大方、また練習に誘われるのを断るのが気まずいのだろう。散々断っているから赤坂でも流石に気を遣っているのが分かる。
赤坂は、俺をもう一度見ると思いきったように口を開く。
「さっき、聞いたんだけど。今って中央公園で練習してるの?」
「そうだね」
答えると、難しそうに腕を組んだ。
「てか、グラウンドじゃダメなの? 別に出来る練習内容もそんなに変わらないでしょ」
確かに、うちの校庭は無駄に広い。部活が使っていない草地で野球の練習は十分可能だ。
赤坂が主張しているのは効率がいいし、理にかなっている。
「なら、赤坂の方から言えばいいじゃないか」
「嫌よ。だって中央公園でやるのって結局、バスケに出るお仲間と一緒に練習したいとか、そういう理由でしょ?」
的確に中央公園で練習する本質を言い当てる赤坂。
「西崎さん達が仲良しグループでワイワイやるのに他の人を巻き込まないでって話」
「まあ……そうなんだろうけどさ」
相変わらず、切れ味鋭い洞察力だ。
西崎グループの意に沿うのが我慢ならないという反骨精神もあるのだろう。ギリシャ神話は復讐、嫉妬、戦など様々な神が存在するが、逆張りの女神として赤坂環季をその柱に加えてやりたい。
「なに。そんなに練習出ろって?」
「いや、今日はそういう話じゃない。赤坂は帰っても全然大丈夫」
「どういうつもり? 逆に釈然としないんだけど……」
俺が切り出すと、赤坂は鞄に入れようとしていた教科書を手に取ったまま、動きを止める。
「だからさ。代わりに明日の土曜日、鷹越に行っていい?」
「は?」
「鷹越のお前んとこ。投球練習しておきたいじゃん」
このままじゃ埒があかないので、俺は本題に入る。
今日は金曜日。本番は来週の火曜日にまで迫っていた。
「そっちが大丈夫でも、俺が球捕れる自信無いんだよ。赤坂も俺に合わせて加減して投げて、それで打たれたら嫌だろ?」
「それはそうだけど……」
負けず嫌いの赤坂は珍しく俺の意見を呑む姿勢を見せた。やはり試合には勝ちたいらしい。
「嫌なら今後の練習は全部出なくていい。だから、せめて俺と一度でいいからちゃんと投球練習してほしいんだ」
「別にいいけど……でも来れるの?」
頼み込むと、赤坂の険しかった表情が緩む。
「大丈夫。チャリあるし」
「あ、でも……」
赤坂は顎に親指をやりながら、俺を見る虹彩がぐっと大きくなる。
「鷹越って山の方だよ? チャリだと立ちこぎしないといけないようなきつい坂もあるし」
「マジか……」
思っていた以上にキツイらしい。男に二言は無いというが、俺は自分の言っていた事を後悔し始めた。
「物は考えようだぞ、夏生。上り坂が多いって事は、帰りは下りで楽出来るってことじゃないか!」
その時だった。
赤坂の前席、教卓に両肘をついて諌矢が割り込んでくる。
終始、聞き耳を立てていたらしい。それなら話は早い。
「よし、じゃあ諌矢。お前も来い。暇だろ?」
「え、ええ!?」
リア充が土日忙しいという生態は分かってはいたが、俺は有無を言わさず同行を求める。
「つーか、諌矢。昨日はあの後、テニスの練習したのか?」
ついでに、探りも入れてみる。
俺達が帰った後も、諌矢は西崎や竹浪さん達と居残ってテニスの練習をしていた。
「どうだった? 西崎と動き合わせられるの?」
「夏生。まさか、お前心配してんのか? それとも西崎が気になんの?」
そう言って、既に練習に向かって空席になった西崎の机を見る。
「ち、ちが……あいつの我儘な性格だから、諌矢がちゃんと合わせられるか気になっただけだし。ダブルスだぞ? 喧嘩とか始められたらかなわないし」
「ばぁか。西崎なら大丈夫だって」
諌矢は顔を歪めて意地悪く笑う。あからさまに俺を馬鹿にしてくる。
「それより野球だろ? ねっ、赤坂さん?」
「私は別にいいけど。来てくれるなら練習断る理由無いし」
赤坂は西崎と諌矢の因縁など分かる訳もない。俺達のやり取りを聞いても何一つ、違和感は覚えていないようだった。
それにしても諌矢め。西崎の告白を断った割に平常運転過ぎる。気配すら感じない。
これ、やっぱり西崎の勘違いなんじゃないの。
西崎が意味不明の供述をしているだけで、勝手な妄想なんじゃないの。
「おーい、久美子ちゃん」
そんな事を考えていたら丁度、帰りがけの江崎さんが仲の良い女子と共に教卓の傍を通った。諌矢は手を振って呼び止める。
「なになにー?」
江崎さんは連れの女子を先に行かせ、面白い物でも発見したかのように近づいて来る。
人に慣れて容易に近づいてくる里山のタヌキみたいで可愛い。
「明日赤坂さん家の近くの鷹越で練習するんだけど、久美子ちゃんも来ない?」
「鷹越行くの? いいね!」
呆気なく、三人目確保。
江崎さんは昨日、俺が鷹越に行くという話を聞いていた筈だ。その時は同行するとか一切言ってこなかったのに……
「あ、でも他にも誰か来るの?」
「一応夏生と赤坂ちゃんだね。他にも何人か当たってみる」
江崎さんの問いに、諌矢がテンション高めに答えた。
「へえ、一之瀬君と環季ちゃんなんだぁ? 面白そう」
「な? 面白そうだよな?」
江崎さんは諌矢と示し合わせたように笑う。二人が意気投合しているのは気のせいなのか?
「じゃあ、明日の集合場所とか後で教えるからさ。久美子ちゃん連絡先交換してもいい?」
「うんうん」
そう言って、恐ろしく自然な流れで諌矢が江崎さんと連絡先の交換をする。
何この手際。鮮やか過ぎて俺にはできない。
リア充イケメンの大切な土日を強奪したつもりが、女子の連絡先をゲットさせてしまった。
結局、全部諌矢が得するように物事が運んでいる気がしてならない。