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2-16 提案

 諌矢や西崎達テニスの練習を続ける何人かを残し、俺達は帰ることになった。


「練習を始めた頃に比べると、皆上手くなったよなあ! なあ、一之瀬」

 隣を歩く大きなガタイ。須山鉄明は今日の練習を振り返っている。


「そういえば、須山って炊事遠足の時から野球したがってたけど……やっぱ、球技大会は楽しみだった?」

「そりゃなあ! こんだけ皆で練習したんだし、大会も勝ったようなもんじゃね!?」

 勝ち誇ったように笑う須山。すぐ隣なので鼓膜がビリビリ震える。

 ちなみに、一塁手を務める筈だった須山はあまりにボールを零すので、急遽諌矢がコンバートする事になった。須山はライトでがんばってくれ。


「じゃーな。一之瀬」

 そう言って、須山は別方向の公園出口へと向かっていく。

 仲の良い者同士、会話をしながら帰路に就く。しかし、須山という数少ない話し相手を失った俺は黙って皆に続くしかない。だから、自然と会話の内容が耳に入ってくる。


「普段からだけどさ……赤坂さんってそういうとこあるよね」 

 その中でも大きな声は西崎の取り巻きの女子達だ。数歩離れた俺のところまで聞こえてくる。


「本当にね……もう少し皆と合わせらんないのかな」

 西崎がいなくても取り巻き連中は遠慮しない。相変わらずの陰口が声高に繰り広げられる。

 いつもなら止めてくれる竹浪さんも今はいない。うんざりしながら同じ出口へと向かう。

 そうしていたら、小さな体躯の女子が俺の視界内に入ってくるのが見えた。


「ねえ、一之瀬君。女子って怖いって思ってる?」

 隣についてそんな事を話しかけてきたのは同じ野球に出場する江崎さんだった。

 栗色の癖っ毛混じりのショートカット。教室ではそんなに目立つグループではないけれど、それなりにスカートも短く、どこかお洒落な印象のある女子だ。

 一応、名簿も俺の次。この前まではすぐ後ろの席だったけど、会話は殆どした事がない。だから突然話を振られて戸惑う。


「赤坂も我が強いからなあ。むしろ言われてもよく流してると思うよ」

「やっぱ一之瀬君、環季ちゃんの事よく分かってるね」

 しかし、キョドりながら答えた俺に、江崎さんは満足そうに頷いてくれた。

 それで安堵したのか、俺は兼ねてから抱いていたある疑問を思い出す。


「あのさ。江崎さん。女子目線で教えて欲しいんだけど」

「んー? 何?」

 間延びした声音でこちらを見上げる江崎さん。


「女子から見て、今の赤坂ってやっぱとっつきにくい?」

 赤坂はかつて、俺に『クラスでコミュニケーションを積極的にとって学校生活に順応しろ』と指南してきた。しかし、赤坂自身がそれを実践していないのは大きな矛盾だ。

 昼休みは殆ど教室に戻らないし、赤坂がいつも誰かとツルんでいるのを俺は見た事が無い。

 女子っていつも集団で行動するイメージがあるけど、赤坂はまるで誰にも懐かない野良猫のような学校生活を送っている。それとは対照的にグループでいつも動いている西崎達が目の敵にするのも仕方ないのかもしれない。

 その一方で、全く無関係の女子から見たらどうなのか、俺は聞いてみたくなったのだ。

 特に、江崎さんは赤坂とはいくつか交流もある。単独行動しがちな赤坂の気質も多少は分かっているかもしれない。


「踏み込んで来たね」

 しばしの黙考の後に、江崎さんが声を発する。


「愛理ちゃんから聞いてたけど、一之瀬君っていきなりぶっ飛んだ事言うのがおもしろいね」

 俺を見る目は心底愉快そうに細められていた。


「いや、俺は……あいつらがもう少し仲良くできないもんかなあって。それだけだよ」

 その反応に一瞬たじろぐ俺。江崎さんは小さな身体をぐっと近づけ、上目で俺を見る。


「無理じゃない? 女子同士の派閥が仲良くなるなんてそうそうないよ?」

 それはあり得ない展望だと、はっきりと否定する江崎さん。

 女子特有の当たり障りないけど、考えが読めない。それなのに満面の笑顔だから怖いよ……


「まあ、私としては上手くやってほしいんだけどね」

「えっ」

 癖っ毛気味のサイドの髪を頬に張り付かせ、江崎さんは西崎の取り巻き達をちらと見る。


「環季ちゃんって結構はっきりしてるタイプだけど、グループは作りたがらないからね。西崎さん達とはソリが合わないと思うんだー」

 そして、どこか諦めたような、困ったような笑みを作る。

 彼女は赤坂とはそれなりに仲が良い。陰口を言われている今、思う所があるのだろう。


「やっぱそうだよな」

 江崎さんとしても、皆と赤坂が仲良くやってほしいとは考えているようだ。

 いつも冷戦状態を見せつけられるのも、たまったもんじゃないからな。


「ね。女子ってめんどくさいでしょ?」

「本当にね。江崎さんはうまく立ち回れてるみたいですごいよ」

 西崎や赤坂と違って江崎さんは配慮も出来るし、人と意見を対立させるタイプでは無いと思う。俺はそれを単純に良い物として言ったつもりだった。


「一之瀬君は正直なんだね、そういうとこ。いいと思うよ」

 江崎さんが俺を見てにっこりと笑った。

 この小柄な女子は名簿ではすぐ後ろの席だった。しかし、コミュ障で女子も苦手な俺は、プリントを渡す以外でコミュニケーション(そもそもこれがコミュニケーションとカウントするか別として)をまともに取ったことが無い。

 そんな間柄の相手に、褒められるのは普通に嬉しい。


「いつも風晴君をどつき返す変わった人だと思ってたけど、結構いいとこあるんだね!」

 そう言って江崎さんはもう一度からから笑う。今度は本音を出してきた。


「ま、風晴君も環季ちゃんと西崎さんの事は気にしてるみたいだしね。ほら、副委員長だし」

「ふざけた副委員長だけどな」

「たしかに!」

 そう答えると江崎さんはまたも可笑しそうに口許を緩ませる。


「一之瀬くん」

 そうしていたら、白鳥が話しかけてきた。少し離れた場所を歩いていたけど、結構大きな声で話していたからな。

 あと、江崎さんの明るい笑い声が呼び水となったのかもしれない。


「赤坂さん。明日は練習来れるのかな?」

 不安げに俺を見る白鳥。

 何か子犬っぽくてほっこりする。あと謎の安心感がある。


「微妙じゃないか?」

 俺は今までの赤坂の行動パターンから大体の予想をする。


「環季ちゃんの住んでる鷹越って遠いからねー。残れないのも仕方ないと思うんだあ」

 江崎さんもその辺の事情は詳しいらしく、俺と同じ見解だ。

 このままいくと赤坂は、一度も皆と練習をしないで本番を迎えるだろう。


「そっかあ。一回だけでも皆と動きを合わせれば、僕も安心するんだけどなあ」

 白鳥は残念そうに肩を落とす。

 赤坂の運動神経は良い方だ。中学ではソフトボールで東北大会に行くほどの実力者だし、幼い頃には野球も経験したという。

 きっと球技大会ではチームの要になる。初日にキャッチャーとして赤坂の球を受けたからこそ、俺は声を大にして言える。

 しかし、野球は九人でやるものだ。けっして赤坂一人の奮闘だけで勝てる競技では無い。


「明日は金曜日だね。もう本番まで日にちも無いし……」

 だからこそ、球技大会前に、皆で動きを確認しておきたい。

 白鳥も俺も思っている事は同じだった。


「白鳥。明日もダメそうならさ。土日にでも行ってみるよ。赤坂のとこ」

 俺は練習が始まった頃から考えていた、一つの提案を持ち掛けてみる。


「え、一之瀬君。鷹越まで行くの?」

 聞いていた江崎さんがまず驚く。ぽかんと開いた口から、白い八重歯が見えていて可愛い。


「鷹越か……大丈夫なの?」 

 一方の白鳥は、少しだけ不安げな表情。

 鷹越は郊外の外れも外れ。相当に距離がある地域だ。バスや自家用車ですら中心部から三十分以上もかかる。


「チャリあるし。何とかなると思う。んで、赤坂と投球練習してくる」

 経験者の白鳥は上手くやってくれているけど、それでも出来る事は全て尽くしたい。

 彼女が何故、こうもクラスと距離を置くのか。学校ではがっつり赤坂と話す機会も無かった。


『クラスメートと仲良くなれば、ストレスでお腹が痛いなんてことも無くなる』

 俺にそう言っていたのは赤坂本人だ。

 しかし、人とのコミュニケーションを推す彼女自身が、クラス内で孤立を選ぶ行動を取っているのは納得がいかない。


「投球練習ついでに、説得してみるよ。せめて球技大会前日くらいは練習にでてほしいし」

「本当? それは助かるけど……」

 流石の白鳥も、俺の思惑や赤坂の込み入った事情までは把握していない。

 謎の親切心で遠出してまで赤坂と練習すると言い張る俺に、申し訳なさそうな顔をしている。


「気にしなくていい。本番ではあいつの球もしっかり捕れるようにするから」

 気落ちさせないよう、なるべく力強く答える。


「じゃあ、お願いできるかな? 一之瀬君がそう言ってくれるなら助かるよ」

 白鳥は幾分か気が楽になったのか、今度ははっきりと頷き返してくれた。


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