2-15 苦労人ポジション
誰もいない芝生は実質貸し切り状態だ。俺達は悠々自適に練習をこなす。
「おー、捕れたっ!」
フライを捕ってはしゃぎ気味の竹浪さん。すぐに、何かに気づいてボールを投げようとする。
「てか、今のって犠牲フライだっけ!? すぐ投げないとだよね?」
「大丈夫。その辺は、僕とか一之瀬君が声かけて教えるよー」
セカンドを守る白鳥がそんな事を言って勇気づけている。経験者がいるのは相当に心強いな。
「須山もちゃんと捕ってよ。何回フライこぼしてんの」
遠くから見守っていた西崎グループの女子が一塁の須山を口撃している。
いつの間にか並んでいる女子グループはバスケの練習をしていた女子達だ。その中には西崎瑛璃奈もいるが、やはり俺の方には目もくれない。
すごいな本当。好感度ゼロ以前に完全にモブ扱いだよ。
さっきのやり取りこそ、俺の妄想だったのかなとか思えてくる。
「夏生。筋トレしてる?」
「え?」
近づいてボールを渡しに来た諌矢にそんな事を言われた。
「最初の頃よりスタミナがあるなってさ」
「一応学校終わってから走り込んでるからな。赤坂もちゃんと自主練してるみたいだし。足引っ張りたくないんだ」
そう言いながらボールを受け取る。
「何だ。夏生でも努力するんだな」
「戦犯になりたくないだけだ」
そう答えると、諌矢はそれでも努力してるだけいいよ、と爽やかな笑顔で返す。
「でもさ、なんかいいな。こういうの」
「ああ」
手が空いた俺達は並んで芝生を眺める。
外野でキャッチボールをしている須山達。竹浪さん達は経験者の白鳥に何か教えてもらっている。それら光景を見ていると、部活をしていた頃に戻ったかのようだ。
俺は中学では野球をやらなかった。もうやる事も無いだろうと思っていた。
しかし、今まさかこうやって再び野球をしているなんて――
「夏生?」
そんな感慨に耽っていたのが顔に出ていたのか。
暫くの間、諌矢は不思議そうな目でこちらを見ていた。
「じゃあ、この辺で一回休憩しよっか」
白鳥の号令で三々五々に散っていくクラスメート達。
バスケの練習コートへと数人が向かい、俺もその流れを追って、トイレ前の自販機に向かう。
「一之瀬、元気?」
スポーツドリンクを取り出したところで、ぽん、と軽く肩を叩かれた。
爽やかな汗の雫を額に浮かせた竹浪さんは、俺に続いてコーラのボタンを小突く。
目が合っていないと話しやすい事もある。
「俺が言った事、西崎に話したでしょ?」
俺は取り出し口に手を伸ばす竹浪さんの背中に声を掛けた。
「ああ。バレちゃった?」
てへぺろと舌を出して笑って誤魔化す。いちいち行為があざとい。
「大変だったんだから。西崎に問い詰められるし。何で言っちゃったんだよ」
「あはは……私は冗談のつもりで言ったんだけどねー」
竹浪さんは空気読めそうだから、あの場では冗談と受け取ってくれたと思ったのに、
俺は二度と竹浪さんに冗談を言う物かと心に誓うのだった。
ベンチに腰掛けてボトルを開栓すると、プリプリとキャップがねじ切れる音が響く。
「諌矢に振られたんだってさ。つか、この話って竹浪さんは知ってるよね?」
「え、そうなの!? 私知らない!」
どうやらそっちの話は知らなかったらしい。
やってしまった。空気が読めない上にうっかり地雷を踏み抜く発言をする上に、要らない事まで口走ってしまうのが俺の悪い癖だ。ていうか、悪い癖が多すぎるな、俺。
「てか、瑛璃奈が……? マジで……? 」
竹浪さんは冗談抜きに驚いたリアクションを見せる。
「コーラが噴きこぼれるからちょっと落ち着いてくれ」
俺は隣に腰かけ、事の成り行きを説明する。
「屋上にいたら偶然会ったんだよ。それで聞かされた。しかも、何故か俺のせいなんだって。あいつ、泣いてた」
「ま、まじで? だから、今日は静かだったのかな」
竹浪さんはあふれ出すコーラの泡をすすりながら、俺の話を聞いている。
本当に情報が無いんだろう。竹浪さんは終始引きつった顔だ。
「諌矢にはさっき、それとなく振ってみた。でも、西崎の話は全くしてなかった」
「風晴も気にしてるのかな?」
その時、丁度違う女子がジュースを買いに来る。
俺はなるべく聞かれないように声のトーンを落とす。
「分かんない。でも、この件はあんまり広めない方が良いかも」
「ん……だね。わがった」
完全にうちの両親や婆ちゃんが話す時みたいな方言全開のイントネーションだ。
彼女が家にいる時の素なんだろうか。それほど西崎のアタックは衝撃的だったという事か。
「それにしても瑛璃奈、コクるの早すぎだって。焦り過ぎ」
困ったような顔で竹浪さんが笑う。西崎はいつもドヤ顔で余裕をもって構えている女王キャラだけど、恋愛方面では豆腐メンタルなのかもしれない。
「一応、竹浪さんがフォローしといてよ」
「うん。ていうか風晴も風晴だよっ! 何で断るし!」
コーラのボトルを掴んだまま、ぐっと顔を近づける竹浪さん。そんなに激しく動いたらボトルから勢いあまって炭酸が噴き出すから止めてくれ。
「まあ、そうなんだけどさ……」
全く同感だ。あいつの落としどころが分からない。流石、弱点無しのイケメンリア充。
竹浪さんは何故か諌矢への不満を漏らしながらベンチにもたれる。
「女子から見たら、諌矢ってそんなにいいのかな。竹浪さんはどう思う?」
俺は、同じ女子である竹浪さんに諌矢の事を聞いてみる。あいつはどう見てもイケメンだし、高身長だけど、やはりクラス内での人気は高いのか気になったのだ。
「んー。かっこいいけどねえ。付き合うのは……ねえ?」
しかし、意外に意外。竹浪さんは難色を示す。
「え、竹浪さんから見たらナシなの?」
「うーん、ハードル高すぎて無理っていうか、あとチャラいし? 顔は良いんだけどねー」
少し照れ臭そうに笑う。ヤツのイケメン度は十分評価しているけど、付き合うのはどこか敬遠してしまうポイントがあるらしい。でも、顔は良いらしい。そういう本音を言えちゃうのがリア充女子だ。
しかも、微妙に頬を赤らめているので、竹浪さんも少なからず諌矢には好印象を抱いているって事じゃないか。自分で聞いた癖にイラッとする展開だ。
「西崎はあんな軽薄な男のどこがいいんだろうな」
「ねえ、一之瀬。それって僻み?」
竹浪さんは可笑しそうに笑う。確かに今のはイケメンに対する僻みにしか聞こえない。
相当フラストレーション溜まってる。
「さあね。でも、あいつ顔も運動神経も頭もいいし。それでフラグを折りまくるとかどこのラブコメ主人公だよ、本当!」
「あはは。一之瀬。本当腹黒いねー」
本音を口にすると竹浪さんはベンチで笑い転げる。
「西崎もさ。もう少し作戦を練ってから声掛けたらよかったのに」
「ほんとにねー。でも、瑛璃奈も意地悪なだけじゃないんだよ」
そう言った所で、竹浪さんは注意深くコーラのキャップを開ける。ボトルからはわずかに炭酸があふれ出す。甘い香りが風に混じり、俺の鼻腔にも流れ込んでくる。
「ああ見えて、努力家で、根はいい子なんだよね」
そのままごくごくとコーラを飲み始めた。笑い過ぎて喉が渇いたのだろうか。
「西崎が? とてもじゃないけど、そうは見えない……」
その飲みっぷりに、俺は一瞬だけ視線を奪われかけた。
「うん。感情のままに行動する所はあるからね。言い方もきついし。だから、結構反感も買いやすいんだよね。でも、努力はしてるんだよ?」
「そう言えば、竹浪さんって同じ中学なんだっけ?」
昔から西崎瑛璃奈という女子生徒を知っているかのような口ぶりだ。
「うんっ。中学はクラス違ったけど、小学校の時からの付き合い」
竹浪さんはもう飲まないのか、コーラをベンチの小脇に立てかける。
「瑛璃奈ってさ。小学校の途中で転校してきたんだよね。東京住んでたっぽくて標準語を男子にからかわれてたりしてさー。昔はすっごい泣いてたんだよ?」
「嘘だろ。あの女王が?」
苦笑混じりで頷く竹浪さん。
まあ、涙目になるのを俺は二回も見ている。何となく、分かる気はするけど……
「東京の言い方を真似されても、言い返せなくてさ。よく私が助けに入ったの」
そして、遠い目で芝生を見渡す。
「竹浪さんが助けに入るとこ、何となく想像できるかも」
「そう?」
謙遜する竹浪さんだけど、イメージは十分出来る。今だって西崎のブレーキ役な所があるし、険悪な雰囲気になった時、いつも助け船を出してくれるのは彼女だ。
「昔は私の方がよく助けてたけどさ。瑛璃奈もすごい頑張ってたんだよ。中学に上がってからは、他の小学校から来た女子とも仲良くなって、弱いとこ見せなくなったし。お洒落だって気を配っててモテてたし。ま、性格が強気だけど、私はあれでいいとこあると思うんだよね」
竹浪さんは終始顔を綻ばせながら、西崎の思い出話をする。
彼女達の小中に渡る信頼関係を垣間見た、そんな気がした。
俺の小学校でも東京からの転校生はいて、同じように方言中心のここの暮らしは大変そうだった。狭い世界しか知らない子供にとって、聞き慣れないイントネーションで話す都会っ子は、相当におかしな存在に見えるのかもしれない。
転校生自身に付け込む弱気があると、いじめに発展する事だってあるだろう。
でも、西崎は自力で逆境を跳ねのけた。そして、高一の今、クラスはおろか学年でも上位のグループリーダーに上り詰めている。
従う女子達の信頼やカリスマを兼ね備えていないとなれない地位だ。竹浪さんの話す通り、相当な努力をしてきたのは想像できる。
「何か、赤坂に似てるな」
「え、そう?」
そこまで交わしたところで、俺は何となく赤坂の中学時代も想像する。
西崎と赤坂はけっして相いれない存在だけど、やっぱり根っこの部分で似ている気がしたのだ。その信念を人に見せてより強くあろうとするか、自分の内に留めてひたすら自己を研鑽するかの違いだ。
「赤坂の知り合いから聞いたんだよ。あいつ、中学時代はすごいリア充だったって。今はそれを隠してあんまり人と関わらないみたいだけど」
「へぇー、確かに似てるかもね。そういうタイプ同士なら仲良くできそうだとは思うんだけどなあ」
竹浪さんはそう言うが、強気で譲らない気質同士の二人が打ち解けるのは想像できない。
それこそ、何かきっかけが無ければ……
「仲良くできないならそれでもいい。でも、せめてクラスの空気は何とかしてくんないかなあ」
二人の女王が対立する東西冷戦みたいな空気。教室内の居心地は最悪だ。
「「はあ……」」
竹浪さんも同じような事を思っているのか、いないのか。二人同時に溜息が漏れた。