33. 一つ終えて
帰りのバス。
最初は騒々しかったものの、山を下るにつれ車内の口数は減っていった。
通路側の席で頬杖をつきながら、俺はバスの前方に広がる山道の風景を眺めていた。
二人掛けのシート。傍らに座っているのは諌矢だ。
先程までは前席の竹浪さんが立ち上がってしょっちゅう話しかけていたが、今は流石に疲れたのか、諌矢ともども大人しくしている。
それはどこも同じようで、車内はバスの大きなエンジン音と走行の振動だけになっていた。
運転席を通して見える前方の景色は両脇が緑の自然に囲まれ、ひたすらに道路が続くだけで酷く退屈だ。轟々とエンジン音を唸らせ、バスが速度を上げる。
俺は凝った首を解しながら、通路を挟んだ隣の席へと視点を変える。
そこでは野球をやっていた男子二人が肩を寄せ合うように寝息を立てていて、起きる気配は無い。
更にその前方、ひじ掛けに頬杖をついた女子の横顔。
短い亜麻色の髪が頬を隠し、その表情は窺い知れない。角度的にも殆ど後ろ姿しか見えないので、寝ているか起きているかすら分からない。
「……!?」
どきっとしてすぐに視線を逸らす。その席に座っていたのは渡瀬さんだったのだ。
渡瀬奏音。いつか俺を校舎裏に呼び出した彼女は中学時代の赤坂とも面識があるという。
渡瀬さんは西崎や赤坂とは別のグループで名簿や席も離れていて、元々関わる機会は少ない。
校舎裏での出来事以来、俺たちの間での接点はただの一度も無い。
それでも、未遂でも一度告白を受けた身なので気にはなる。自然と視線が吸い寄せられていた。
しかし、俺が渡瀬さんを見ている事を隣の諌矢には悟られたくない。
感づかれないように、そっと隣に目を向けるが、諌矢もまたぐうぐうと寝息を立てている最中だった。
絡ませ合った大きな手のひらを膝に置き、背もたれに身体を預けて上を向いている。
寝顔にも普段の自己肯定感とか自信みたいなのが現れていて、思わずくすりと鼻息が漏れる。
でも、それもすぐに振動音にかき消されていく。
市街地に向かうバス。窓から見える景色の情報量は明らかに増えていく。
時折道路沿いに立つ大きな看板、遠くに見える観光施設の大きな建物の外観など。
「うーん。落ち着かない……」
しかし、通路側の席の俺が車窓に浸ろうとしても、常にその手前には傲岸不遜な諌矢の寝顔があるのだ。気になってしょうがない。
仕方が無いので再び、視線を前に向けた。
遥か彼方にかかったミラーでは、ちらちらと目線を配らせながらハンドルを回しているバスの運転手の姿。
そのすぐ後ろの席に赤坂は座っている筈だ。
ちらりと見える赤いツーサイドの髪。
赤坂は周囲の誰かと話す訳でもなく、前を向いたままだった。
「はあ……」
自然と深いため息が身体の奥底から漏れ出す。
先ほどの川原で言い合ってしまったのを今更後悔し始めている俺がいた。
でも、あの場で俺はどうすれば良かったのか分からない。本音を言わずに堪えても、いつかどこかでその不満は行き場を失っていたかもしれない。
あの場で、もっと上手く自分の考えを伝える方法もあった筈だ。しかし、赤坂に言った所でどう返されるかは未知数だ。
結局、俺と赤坂はどこかでこんな衝突をしてしまったのかもしれない。
「ああああ」
周囲に聞こえないよう、俺は心のモヤモヤを口に出す。結局気にしてしまっている。
赤坂は俺が人の事を気にし過ぎとか言うけれど、まさにその通りなのが辛い。
「……」
いつもと同じ、赤坂の見慣れた背中。
あれこれ考える俺の悩みとは全く別次元にいるように見える。彼女はいつも、そういう後ろ姿を俺に見せてくるのだ。
それなのに――何故かどうして。
今の赤坂の背を見ていると、心がざらついて仕方が無かった。