25. 炊事遠足の準備
土日を挟んだ休み明け。教室のドアをくぐると、そこは変わらない光景が広がっていた。
数人と目が合う。しかし、俺が視線を合わせると、彼らはすぐに自分達の会話に戻っていく。
「おー、夏生じゃん!」
諌矢の挨拶に返しつつ、空けられていた自分の席へと座る。
辺りを窺うと、西崎は別の女子の机にもたれ、土日の話に明け暮れていた。
「ナンパマジうざくて最悪だった。紫穂ったら簡単に男の話に乗ってくんだもん」
「つーかさ。西崎ナンパするとか、そいつ勇者過ぎない? 俺自信ねーわ……うっ!」
あははと笑う軽薄そうな男子生徒を西崎が目で黙らせた。俺としてはそんな彼女を泣かせてしまった経験があるので何とも言えない気持ちになる。
どうやら、リア充連中は休日も仲間同士で遊ぶのが当たり前らしい。
「一之瀬♪ 休みの日は何してるの?」
不意に、隣からコロコロっとした可愛らしい声。
目を向けると、竹浪さんがこちらを見つめていた。健康的な額を思わずペチンとしたくなるほどの距離感だ。
俺は殆ど外様なのに、この女子は本当に気さくに話しかけてくれる。
確か、入学式の自己紹介で竹浪さんはテニスをやっていたとか言っていた記憶がある。その関係か元々地黒だったけど、この土日で更に焼けていてギャル加減に拍車がかかっていた。
「家で寝てた。竹浪さんは?」
「あはは、なにそれー。風晴みたいだね」
普通ならばスリーアウトチェンジの俺の回答にも、竹浪さんは気さくに笑ってくれる。
食堂でも助け船を出してくれたっけ。同じ派手な見た目でも西崎とは全然違うタイプの女子だ。
「うちらは車乗せて貰って海も見てきたね! せっかくの高一なんだから遊びつくさないと!」
「あははー、車ね……はあ」
前言撤回。筋骨隆々の彼氏。その丸太みたいな腕に肩を抱かれる竹浪さんが脳内でちらつく。
やっぱ、リア充女子は交友関係が半端ないや。
「仙台に住んでるお兄ちゃんが帰ってきててさ、妹と三人で行ってきたんだよねー」
そう言って竹浪さんはスマホを俺に見せてくる。表示された画像には、青い海をバックに満面の笑みを浮かべるイケメンと竹浪さん、更に妹らしき少女が映っていた。
二人ともデコから目元にかけてのシャープな顔つきが皆そっくりだ。
「ああ……仲いいんだね」
「でしょ!?」
にこっと微笑む竹浪さん。八重歯がちらついてすごい無邪気。
「一之瀬さあ。赤坂さんとどっか行ったりしないの?」
と、俺達が親しげに(?)話しているのが気になったのか、机に腰かけた西崎が振り返る。
「え、俺は……」
「夏生。お前、まだデート行ってねえのかよ」
ぐっと身体をこちらに返しながら、諌矢も会話に加わってきた。
「そういう言い方はやめろ」
ややこしくなりそうなので、俺はウンザリ気味に言うのだが、諌矢とのやり取りを傍観していた西崎が露骨に表情を変える。
「へえ……あんたってやっぱ、赤坂さんと付き合ってんだ」
何故か興味深そうな顔。適当な茶化しなのに、諌矢の言う事を真に受けすぎだと思う。
一方で、赤坂と付き合っている設定を貫き通さないと西崎とまともに渡り合えないという事実も知り、面倒くさいなあと思うのだった。
その日の放課後。帰り支度をしていたら、おもむろに前席の諌矢が振り返った。
「夏生。炊事遠足の買い出しなんだけど、放課後一緒に行かないか?」
そう言えば、担任が席替えの時にそんな話をしていた気がする。
「まあ、暇だから良いけど。何作るの?」
「そらもう、カレーよ」
諌矢は白い歯を見せながら、隣の竹浪さんとアイコンタクトを取る。
「そうそう。風晴が食いたいって言うからさー」
竹浪さんは机の上の自分のリュックに顎を乗せながら笑っている。
「ちなみに! 俺達の班、西崎とか須山の班と一緒にカレー作るから」
重ねるように、諌矢が付けくわえた言葉。もし、本当なら、俺は一人だけ仲良しグループに紛れ込んだ異分子だ。間違いなく浮く。名前を知ってるの竹浪さんと西崎、須山くらいだし。
これは当日が思いやられるな。
「うーん。今日このまま買いに行くの?」
我ながら不自然。
さっき暇だって言ったのに、西崎と行動を共にするのが気まずい俺は、必死に断る理由を探す。
しかし、どう考えても見つからない。そもそも俺は帰宅部なのだ。
「あー。ちなみに西崎は来ないから、いいよな」
安心しろと言いたげに、諌矢が俺の肩にぽんと手を置く。俺は声にならない息を漏らしながら、イケメンスマイルを浮かべる諌矢を見返した。
「ねえ、一之瀬。今一瞬、ホッとしてなかった?」
側頭部を軽く叩くような一言。見ると、竹浪さんが笑いを堪えたような顔をしている。
何これ。俺が西崎苦手なのって、もしかして皆にバレてるの?