16. 周りは案外しっかり考えている
放課後。居残りで追試を終えた俺は、ようやく学校から出る事を許された。
三教科も受けたせいか、夕空は既に暗くなりかけている。
「なあ。一之瀬って進路調査票書いた?」
隣を歩く須山が俺にそんな質問を投げかけてくる。
「そういえば、あんまり考えてないなあ」
答えると、須山は『だよなあ! まだ一年だもんなあ!』と高い声で笑った。
ていうか。何なんだ、この状況は。
俺は今、自転車を引いて須山と共に下校している。須山とは最後の追試科目が被っていて、その成り行きだ。
朝のやり取り時にこのような展開があるとは予期していなかったよ。
「須山はちゃんと考えてるの?」
「俺さぁ。北海道の大学行きたいんだよね。農業大学で畜産勉強したくてさ!」
意外にちゃんと考えてやがった! 俺は思わず二度見する。
進学校に合格するだけあって、こんなに馬鹿っぽくてもちゃんと将来のビジョン描いて真面目に考えているのだ。それに引き換え、俺は自分の体質で悩み、何とかするので精一杯。
最初は会話を合わせるだけだった愛想笑いが、徐々に引きつった物へと変わっていく。
「まあ、須山って牧場主っぽいし? 合ってる気がするよ、畜産」
「うちの学校の先生達って気が早すぎなんだよな。 俺達まだ一年だぜ!?」
上手く返したつもりだったのに、何故だろう。話が噛み合わないぞ。
補修されたアスファルトの盛り上がりを越えて、チャリのベルが小さく擦れる。
そうか――多分、俺の声量が小さいんだ!
「そういえば――一之瀬って、赤坂ちゃんとは付き合ってんの?」
と、須山が全く信じられないタイミングで核地雷級のトークをぶつけてきやがった。
「えっ?」
スポーツの試合やクラスの自己紹介といったものは最初に躓くと後々まで尾を引くように、完全に須山の勢いに気圧されっぱなしの俺。
本当に、どうしていつもこうなんだ。
「そ……そんな訳ないだろ。それに、俺の方から告白なんて無理だし」
自分ながらに苦し紛れだが、俺は否定する。
しかし、それが余程おかしいのか、須山は大口を開けて笑った。
「そう怒るなって! 西崎がしょっちゅう噂してるから気になっただけだからよお」
俺を宥めるような口調だが、気が気じゃない。
「赤坂は前の席だから関わる機会が多いだけだ。変な噂を広めるのはやめてくれ」
「よし、そんじゃ一之瀬。彼女いないなら作ればいいんじゃねえ? 逆に」
俺は須山に自分の意思を伝えるが、次に待っていたのは予想もしない一言だった。
「はあ?」
「女ってさ。待ってても向こうからやって来ないんだってよ」
須山はぐいっと腕を組む。夕陽を浴びた背中は大きく、バトル漫画の師匠キャラみたいだ。
しかし、謎の恋愛論を語る須山には悪いけど、俺は、十分今の立ち位置で満足している。
腹が痛くなる困った体質さえ何とか出来れば、後は割とどうでもいいのだ。
「自分からコクって断られたら株が下がるだろ? だから、女ってのは男からアタックしてくるのをいつも待ってんだよ」
まだ何か言ってるよ。早々に会話を切り上げて別れようと小道を探すのだが、生憎ここは大通り沿いだ。
小さな曲がり角はどこにも見当たらず、最近のRPGも真っ青の一本道が続く。
「あのさ、須山。それって誰から聞いたの?」
「わがんね。何かネットで見た!」
しかし、俺がソースを求めると、須山は訛り全開で適当にはぐらかす。
多分いかがでしたかブログとかまとめサイトで得た知識なんだろうな。
でも、そんな胡散臭いブログに頼るよりも俺は自分を信じたい。
そうだ。結果はともかく、これでも俺は女子に告白されかけた身なのだから。
「須山はそうは言うけれど……中には向こうからコクッてくる女子もいるんじゃないの?」
だから、うっかり反論してしまう。
突如降ってわいた俺の言葉に、須山は完全に面食らった顔。逆に気まずい。
「なになに、まるで告白された事あるみたいな話だな! おじさんに話してごらん?」
「あんた、俺と同い年だろ……」
にっこりと俺を見下ろす巨漢に後ずさりする。
「まさか赤坂にコクられたのか!?」
「いや、それだけは無い」
「だよなあっ! ガハハ」
大笑いの須山。主婦の集団が迷惑そうな顔でこっちを振り返っているのが気まずい。
俺は二度と須山にこういうジャンルの話をするものかと心に誓った。
だが、後悔しても遅い。俺の脳内に映し出されたのは放課後の告白の回想。
俯いたあの子の紅潮した頬――ああ、あの時OKって言っていればなあ!
「まあ、女子から告白してきたとしてもさ――」
と、俺の沈黙を取り繕うように、須山は続ける。
「そういうのって悪戯もあるからなあ! アッハッハッハ!」「やっぱりそうなの!?」
須山の腹まで響く低い笑い声に、俺の驚愕が重なる。
明らかに図星だった俺の叫びを須山の大音響が掻き消してくれたのが、今はひたすらにありがたい。
「じゃあ、俺ここ曲がるからさ。また明日な!」
俺の動揺に気づくことも無く、曲がり角で熊みたいに手を上げる須山。
「お、おう。じゃあな」
そうやって別れた俺は、ようやく一人になったので自転車にまたがる。
「リア充っていつもこんな事ばかり話してるのかな。面倒くさいんだな……」
告白だとか、女の心理だとか。こんな会話を四六時中しなきゃならないくらいなんて。
雑念を振り払うかのように、俺はペダルを強く踏みしめた。