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⑤土星オヤジのそばにいるのは、いつも僕だけだったりする

○土星オヤジのそばにいるのは、いつも僕だけだったりする


 暗い。体中が痛い。意識を取り戻した時の最初の感覚だ。

 頭が働かない。現状が把握できない。

 無意識に目を開けた。

 最初に飛び込んできた光景は、たぶんはやてのものだろう、倒れてむき出しになっている白いパンツだ。そして、オヤジ。

 オヤジ?

 土星オヤジ。

 はやてのパンツをマジマジと観察する変態おやじだ。

 年のころは30代前半。はやてのパンツをマジマジと観察している。変態。いや、変態だろうか?少し僕と置き換えてみよう。もしもはやてと知り合いじゃないとして、はやてがパンツ丸出しで倒れていたとする。

 僕はどうするだろうか?

 マジマジと観察する。1っ択だ。

という事は、このオヤジは変態ではない。欲望に忠実なだけのオヤジだ。申し訳ないことをした。ただの欲望に忠実なだけのオヤジを変態呼ばわりしてしまった。

 という事は次の行動は、欲望に忠実なオヤジからはやてのパンツを守ることだ。

 いや、何かが違う。何か決定的に重要なことを忘れている気がする。


 僕が働かない頭で、土星オヤジを観察していると、向こうも僕に気が付いたようだ。

「や~、シン君。気が付いたかい。心配したよ」

 何か土星オヤジが親しげに話しかけてくる。知り合いだったのか。引率の教師に居たのかな。でも知らない顔だ。

 僕は思いを巡らせてみるが、やっぱり知らない。そうだ、いっそ発想を変えてみよう。これはシンパシーだ。共感現象だ。パンツをでる者同士が通じ合ったのだ。土星パンツでニュータイプ能力に目覚めた者同士の共感現象なのだ。見えるぞ。私にも敵が見えるなのだ。

 しかし同士の仲にも礼儀ありだ。土星オヤジには言ってやらなくてはならない事がある。

「おい土星オヤジ。それは僕のでるパンツだ。そのパンツをでる権利は僕にある」

「わかるよ。頭を打ったんだね、シン君」

 なぜか激しい後悔の念が僕を襲った。


 土星オヤジは僕への対応もおざなりに、はやてと例の大鉾をくまなく見ている。パンツを愛でる者でないなら、いったい誰なんだろうか。こういう時はこれが一番だ。最初からそうするべきだった。

「失礼ですけど、あなたはどちら様でしょうか。そこに倒れているのは僕の友人で、僕は友人の安否を確認する作業に入りたいのですが」

 僕がそう言うと、土星オヤジはキョトンとした表情で僕を見つめていた。さっきからオヤジオヤジと言っているが、なかなかのイケメンなのがちょっと悔しい。

「ああ、そうだったね。シン君とは初対面だったね。初めましてだ」

 なんだ初対面だったのか。てっきり僕は面識があるのに僕が一方的に忘れているのかと思った。じゃぁ何で僕を名前で呼ぶんだ。なぜ僕の名前を知っている。

「僕は炎野元えんのはじめ。勇者災害の専門家だよ」

「勇者災害の専門家?パンツの専門家じゃないんだな」

「パンツの専門家ではないね」

 ちっ、余計なことを言っちまったい。

「魔界側で勇者の事を研究している者と考えてもらっていいよ。少し前からはやてちゃんと君を観察してたんだ。1か月位になるかな」

「か、観察、監視。」

 僕はあからさまにキョドっていた。

「いやいや、心配することはないよ。別に捕まえようとかじゃないから。シン君。神器の特徴ってわかるかい?」

「あ、あれだ。ズバババとか、ドッカ~ンとかピロ~ンとかだ」

「そうだね。そういった強大な破壊兵器の側面がまず一つ。しかし後三つの特徴がある」

 どうやら当たっていたらしい。

「そして次は根本的な性質だ。魂の居住できる世界でしか効力を発揮できない。あとの二つはあまり知られていないんだけど。神器自体が精神を支配する性質があるんだ」

「精神支配か」

「厳密にいえば、サブリミナル効果と麻薬の効果を併せたみたいなものだね。持つと恍惚となり、やがて興奮状態になる。神への愛があふれ出し、神の敵を排除することに快感を覚え、やがてそれは使命感、強迫観念へと発展するといったところかな」

 そう言いながら炎野えんのは大鉾を振りかぶった。次の瞬間、グキッという音と共に、

「シン君、シン君」

 と、助けを求める声が発せられた。

 僕は大鉾を地面に置き、炎野えんのを地面に座らせると、腰のあたりを揉んでやった。

「助かるよ」

「気にするなって」

「そして最後の特徴。フォーマットという機能がある。君たちの世界の、コンピュータを、魂が侵入し行動できるように環境を書き換える機能なんだ。電気的エネルギーと魂の相性はいいからね」

「コンピューターに魂が入ってどうするんだよ」

「原子炉のコンピューターなんかに入って、プログラムを破壊するのさ。そうすれば、原子炉は暴走し甚大な被害が与えられるだろ」

「なるほど」

僕は納得してしまった。さすが専門家だ。隙が無い。

「で、その大鉾は神器なのか」


「最初は疑っていたんだよ。だってそうだろう。はやてちゃん、精神支配の兆候なんて、まるで出ない。天真爛漫な女子高生だ。疑いもするよ」

「じゃぁ神器じゃないのか」

「急ぐねぇ、シン君は」

「僕たちの身にもなってくれ」

「そうだね。じゃぁはっきり言うよ。答えは黒だ」

「なぜ分かる。精神支配の機能が付いていないんだろ」

「いや、付いてるよ。さっき握って分かった」

「あんた、何ともないじゃないか」

「あんたは止めてくれよ。僕と君の仲じゃないか」

 どんな仲だよ。まぁ、この場は炎野えんのと呼ぶことにしよう。

「僕は耐性があるのさ。こういったものに。専門家だからね。でも作動している事はわかる。だからこの大鉾は間違いなく木星で作られた神器に間違いがない。そうなると、もう一つ疑問が出てくる」

「もう一つの疑問」

「シン君、はやてちゃんと一緒に握ってたよね。大鉾のツカをさ」

「あ、てめぇ、だからさっき僕に大鉾に触らせたんだな。ぎっくり腰のフリまでして」

 僕は炎野えんのの腰を思いっきり叩いてやった。

「違う違う。あれはホントだよ。アクシデント。本当のアクシデント」


 奴、炎野元えんの はじめは神器の専門家だった。

 ゲートシステム構築後、神界と人間界アーンド魔界の接続は立たれたが、3年もすると、小規模な接続方法が出来ていたらしい。軍隊を送り込む事は不可能だが、天使と神器の一つくらいなら、散発的に送り込めるらしかった。

 神器はその精神支配機能によって、即席に勇者を作り出せる。魔界と人の世界の指導者は神器の供給ルートを洗い出し、潰すことに躍起になっていた中、3か月くらい前、新たな神器の供給ルートが浮かび上がったのだという。

 新しい供給ルートはオンラインゲームだ。オンラインゲームのサーバーを神器にも付いている神界の技術、フォーマットで魂の居住を可能にしておいて、オンラインゲーム内のアイテムとして神器を渡してしまうという算段らしい。

「そこにはやてが引っ掛かったんだな」

「そうだよ。それで監視を始めたんだけど、はやてちゃん、全然変わらないじゃない。何かの間違いかなと思っていたら、この惨状だよ」

「あ、てめぇ、見てたのか自分は隠れて」

 僕は炎野えんのの首をしめていた。

「ご、誤解だよ、誤解。僕は君たちよりず~っと後にゲートを潜ったんだよ。ばれないようにさ。そしたらこの惨状だろ。そのメガネっ子はノーマークだったし」

 炎野えんのは黒髪ボブの方を見た。黒髪ボブも倒れている。はやてと違うところは、黒髪ボブから、細かい光の粒子が立ち昇っているところだ。逆に作用する砂金の砂時計のようでとても綺麗だった。

「しかし凄いよね、この大鉾。向こうの大鎌は大破しているのに、この大鉾は刃こぼれ一つしていないよ。まさに神界の名工の一品物だね。見てみなよ、シン君」

 いつの間にか僕の羽交い絞めから抜け出していた炎野えんのが、目をキラキラさせて大鉾を見ている。精神支配を受けているんじゃないのか?

「なぁ炎野えんの

「なんだいシン君」

「魂ってさ、不滅なんだよな」

「そのことかい。君たち人間ははそう思っているらしいね」

「そういう事なのか」

「そういう事だね」


「あの黒髪ボブ、助かるのか」

 僕には分かっている。でも僕は聞いた。否定してほしかった。

 立ち昇る金の砂時計の美しさとは裏腹に、黒髪ボブが幾らか薄らいでいる。

 僕よりも何倍も努力し、評価を求め続けた魂。

報われず、心の中で訴え続け、禁断の力にまで手を伸ばした魂。

最後には世の中自体を変えようと、社会を破壊した魂。

 そんな魂が、自我を崩壊させ、自分という全てをリセットさせて、宇宙に帰ろうとしている。

 お前は悪くない。なんとなく僕はそう思った。

 今度、お前のインストールされる世界が、平穏でありますように。もっとお前に優しい世界でありますように。


 僕が物思いに耽っていると後ろから声がする。いや、したような気がした。

 お友達になってください。

 黒髪ボブの声だった。

 今さら言うかよ。

 私、要領悪いね。

 お互い様だ。

 私、はやてちゃんが羨ましかったのかもしれない。だって、いつも君がいて、心配そうに見ていて。私、はやてちゃんじゃなく、後ろの君を見ていたのかもしれない。

 知っているか。魂は不滅らしいぞ。

 そうなんだ。

 だからまたすぐに会えるさ。そしたら僕が言ってやるよ。友達になってくださいってな。

 

「正直なことが聞きたいかい」

「ああ」

 僕はもう聞いていなかった。

「難しいだろうね」

炎野えんの、黒髪ボブは助かる見込みがある事にしといてくれないか」

はやてちゃんの手前かい」

「ああ」

「優しんだね、シン君は」


卑怯者なだけさ。


「いや、優しいよ。じゃぁ、はやてちゃんが目覚める前に、僕はおいとまするよ。あ、その大鉾借りてくけどいいだろ」

 そう言うと炎野えんのは、ぎっくり腰になった男とは思えない力で、両脇に大鎌と大鉾、そして黒髪ボブを抱えて土星浮遊都市モン・トンブの中心部に向かって歩き出していた。

「その大鉾は処理しといてくれ」

 僕は炎野えんのの後ろ姿に向かって怒鳴った。

「ああ分かった、借りていく」

 話がかみ合っていない。嫌な予感しかしなかった。


 そうこうしているうちに、はやての意識が戻りそうだ。

はやての意識が戻るまで、パンツをでることにしよう。めくれたスカートは本人が直すまでは、そのままに。戦士には休息が必要なのだ。


そうそう、帰りには一緒に火星あんみつを食べていこう。もちろん大盛りでだ。


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