④黒髪ボブヘアーのそばにいるのは、いつも僕だけだったりする
○黒髪ボブヘアーのそばにいるのは、いつも僕だけだったりする
エネルギー流の中は無重力状態に近い。ただ流れに乗っていれば寝ていてもよいそうだ。しかし魂とは寝られるのだろうか。
そんな僕の目の前を、はしゃぎながら、上へ下へ、左へ右へと金魚のように動き回る影がある。金魚の尾びれのようにスカートをひらめかせ、時折その尾びれの間から白いものを見せながらだ。
僕は目を半開きに、まるで仏像のような無表情で、その白いものを目に焼き付ける作業に入っている。考えてもみろ。うら若き女子がこんなにもパンツをちらつかせる瞬間などない。きっと見せているんだ。
見せパンなのだ。見せパンという位だから、見ない方が失礼に当たる。僕はジェントルマンなのだ。
土星の地下都市、モン・トンブは土星惑星内部エネルギー層に浮かぶ浮遊都市だ。巨大なお椀のような土台に、古代の西洋の巨城をのせたような景観の、幻想的な都市らしい。
最後の審判の勝敗を分けたリンクシステム構築後、魔王軍は土星の覇権を確立するため、ユピテルフォーミングし土星内部を居住可能にした。そして、土星を実効支配するために造られたのが、土星惑星内部の浮遊都市、モン・トンブなのだ。広大な土星内部に浮かぶ宝石と呼ばれている。
ちなみに名物は、土星あんみつと土星焼きだ。
僕と颯は土星ゲートをくぐり、浮遊都市モン・トンブへの降下体制に入った。
「シン、なんだろ」
「爆発じゃないのか」
眼下に広がる土星の浮遊都市、モン・トンブは土星の宝石どころの話ではなかった。
城壁は崩れ落ち、あちこちに黒煙が立ち上っていた。木々は炎で焼かれ、広場や道には、人らしいものが倒れていた。
倒れた人からは、蛍のような光の粒が立ち昇り、徐々に人の姿を瓦解させていくようだった。
「これはまずい。戻ろう」
僕は颯の手を取ると、ゲートに戻ろうと試みたが、逆には戻れないらしい。戻るには一度モン・トンブに降り、地球側への流れに乗らなくてはならないのだろう。元より戻り方など聞いていない。
「戻れないよ」
「仕方ない、被害のないところに降りよう」
思えば、この選択が間違いだった。これから破壊される無傷な地域より、破壊済みの地域に降りるべきだったのだ。そうすれば、彼女とも会わずに済んだし、これからの運命も違ったものになっていたかもしれなかった。
僕と颯が降り立ったのは、石畳に緑があふれる公園だった。目の前に噴水があるが、木々の上には炎の照り返しと、黒煙がそこかしこに見えていた。
「とりあえず戻る方法を探そう」
ぼくはそう言うと、颯と共にあたりを見回していた。
「ずいぶん遅い到着ね。集合時間はとっくに過ぎておいでよ」
その声の方を僕と颯は向いた。
そこには女子が一人、たたずんでいた。
黒髪のボブヘアーに黒ぶち眼鏡。服は僕たちの高校の制服を着ていた。比較的自由な服装の現れる魂の状態で、制服姿で現れるのは珍しいらしい。
「君は大丈夫なのか。みんなは」
「は?君は大丈夫なのか?みんなはですって?私は大丈夫。最高にハッピー。みんなは?みんなは死んだんじゃない?」
やばい。僕は咄嗟に颯をかばう体制をとっていた。
「うける。うけるんですけど。なにそれ。その子をかばうの。かばえるつもりなの」
黒髪ボブヘアーの女子は、顔面に狂気の笑みを浮かべていた。手には大鎌、大鎌の下には何やらウネウネする大きな房のようなものが付いていた。
「神器?勇者なのか?」
「そうよ。勇者様の降臨よ。崇めなさい」
「チッ」
僕は舌打ちをすると、颯をかばい直した。
「だから、かばえると思っているのか?この私から?むかつくぞ。むかつくにも程があんぞ」
彼女が僕の方に手を向けると、僕の体は吹き飛ばされていた。胸が苦しい。息ができない。そもそも魂には肺があるのか?
黒髪ボブヘアーの彼女が、大鎌を片手に僕の方に近づいてくる。
そこに割って入ってきたのが颯だった。例のおもちゃの大鉾を両手で握りしめてだ。
「ばか、逃げろ」
「逃げろだぁ~。私から逃げられるとでも思っているんですか。むかつくぞお前ら」
そう言うと、黒髪ボブは颯を見た。マジマジとだ。
「お前、鼓宮颯だな。あのドジっ子だ。そして後ろのは、ドジっ子のそばにいつもいる奴。名前は、知らね~な。知る価値もね~奴だ」
黒髪ボブは、ギャハハハと一人でうけていた。
「奇遇だな。僕もお前の名前をしらねぇよ」
「名前を知らねぇだ。この私の、このわたくし様の」
黒髪ボブはプルプルと震えていた。
「みんなそうだ。成績は常に10番以内。品行方正でバスケのレギュラーで、チームは地区大会3位。」
黒髪ボブはまたプルプル震えると喚きたてた。
「みんな、なんで私を賞賛しないの。なんで私をチヤホヤしないの。なんで私を無視するの」
「なんだ1番でもキャプテンでもないのか。中途半端だな」
僕は言わなくてもいいことを言ってしまった。
「てめぇ~、殺してやんよ。ちょっとずつ切り刻んでやんよ」
僕はその時、颯に逃げろと目配せをするつもりだったが、颯はこっちを見ていない。それどころか、また割って入ってきた。
「鼓宮颯。なんでお前は注目を集める。なんでお前の方をみんな見ている。トラブルメーカーでドジっ子でみんなに迷惑をかけて、みんな逃げだすのに、なんで事が終わると、みんなお前に寄って行く。何事もなかったように。なんで、なんで。私の方には来ないの。世の中間違っているよ。だから正すの。間違っていない世の中に」
黒髪ボブはその不満から、勇者になったのだろう。話からすると、割と何でもできる万能型の娘だ。悪いところばかりの僕からすれば、贅沢な悩みだ。
「確かに颯はみんなに迷惑をかけているよ。でもあなた、みんなに仲良くしてって言ったの?みんなと友達になりたいって言ったの?颯は言ってるよ。でも、最後までそばにいてくれるのは、シンだけだけど。それでも颯は言っている。あなた知ってるよ。いつも遠くで見てる人。名前は、ええと、ごめん」
「名前は知らねぇってか。フフフ、ここまでコケにされるとはな。この力を見せてもこのザマか」
黒髪ボブが寂しく呟いた。
「でもいいの。あの方は分かってくれていた。あの方は私を認めてくれた。私を神々の一員に迎えてくれると約束してくれた。魔界を滅ぼした後、私を神であり、人間の魂を統べる者にしてくれると言ってくれた」
「お前、勇者なんだろ。人の魂を殺してどうするんだよ。肉体を滅ぼし、魂を神の国へ連れて行くんだろ」
そう、神や勇者といえども、魂の破壊までは望んでいないはずだ。
「は?お前、バカか。人がどれだけいると思ってんだ。神の国に行くのは、私を崇めチヤホヤする奴だけなんだよ。あとはいらねぇ。死んでよし。だから、お前たちも死んでよし。だけどお前たちはむかつくから、徐々に切り刻んでやる。楽には死なせねぇ」
いかれてやがる。
「じゃぁ、いきますか~♡最初、男の方をやろうと思ったんですが、方針変更。颯を切り刻んで、内臓ぐっちょぐっちょかき混ぜる姿を見せて、男の体の水分、ちびらせ切ってから、同じ目にあわせまぁ~す♡」
いかれてやがる。
「じゃぁ、月並みではありますが、まずは指から。いい声で歌えや」
黒髪ボブがそう言うと、大鎌の下の房が脈動し、黒い炎のような蛇の頭が颯の左小指に噛みついていた。颯は一瞬眉をしかめたが、あれ?という顔をしている。
「ヒドラちゃんどうしたの?」
ヒドラちゃんとは、その蛇のようなものもことだろう。黒髪ボブも怪訝な顔をしていた。
「シン、おかしいよ。ちっとも痛くない」
「なんだとこのドジっ子。ヒドラ。いい。ドジっ子の内臓をえぐり出せ」
脈打つ房から複数の蛇の頭が現れ、颯の腹部に噛みついていた。
「颯~」
僕は思わず叫んでいた。
「いい声で鳴いたのは、男の方ね」
「シン、おかしいよ。ちっとも痛くない」
「このアマ~」
確かに颯の腹部に無数の蛇頭が群がってはいるが、どうも歯が立てられないといった様子だった。
「まさか、あなたのそれも、神器。いえ、あり得ない。あってはならない事よ。そんなはずはない。だって、神器を持てるのは、選ばれた私だけなのよ。今度は手加減しないわ。遊びよ。今までのは、ゆっくり苦しめるための遊びだったのよ」
「颯」
僕はそう言うと、颯に近づき、その肩を握った。
「殺るぞ。奴を殺る」
僕はそう言うと、颯に覆いかぶさるようにして、神器のつかを握った。助かる道はそれしかない。一連の事象を考えれば、颯の大鉾も神器の可能性の目がある。
「シ、シン。や殺るって。何を言ってるの?殺ったら死んじゃうんだよ。あの子、死んじゃうんだよ」
颯の体が震えている。覆いかぶさる僕の体に伝わってくる。
「颯、聞いてくれ。確かに殺すのは良くない。だが、僕は生きたい。でもそれよりも、お前を生かしたい」
「へ?」
息をのむ颯の挙動が伝わってくる。
「奴を殺るぞ。颯」
「は、はい」
颯はそう言った。か細い声で。震えはなくり、顔は伏せられていた。代わりに心臓の鼓動のようなものが伝わってきた。
「行くぞ。一撃だ。奴に一撃を食らわせる」
「むかつくぞ、てめぇら。勝てると思ってるのかよ。むざむざこの私が、やられると思ってるのかよ」
「行くぞ」
僕がそう言い、颯と二人で機先を切ったと思った瞬間、地面がぐらぐらと揺れだした。
「馬鹿か?何にもしねぇわけがねぇだろ。ヒドラを地面に忍ばせておいたんだよ。このぐちゃぐちゃの地面を走っては、」
黒髪ボブがそう呟いたとき、僕らの鉾の切っ先は黒髪ボブの胸元にあった。
「・・・・・!だが、防げた。私の勝ちだ」
黒髪ボブは大鎌を胸の前に、盾代わりに使っていた。僕らの鉾の切っ先は、大鎌の刃に防がれていた。
「ばかな。そんなはずはない」
黒髪ボブの目に映った光景は、きれいな菊の紋様のように、大鎌に広がっていくヒビだった。紋様は広がり、やがて光を放ちはじけ飛んだ。
そして僕は、その時、意識を失った。