妹の戦績 ~頑張っているようでそうでもない~
巴牧場に帰省した私を待っていた妹と母。
妹が母と一緒にいたのは、友蔵おじさんが私に気を使ってくれた為であるらしかった。
郷田厩舎で隣合う房で暮らす私達は、人間の目から見て仲のいい姉妹だと思われているらしい。
仲がいいと言うか、私が妹の面倒を見てやっているだけな気がするのだが、周囲の人間にはそれが仲良し姉妹として映っていたようだ。
そして今まで偶々放牧のタイミングが重ならなかった私と妹は、巴牧場で一緒に過ごすということはなかった。
だが、今回の夏放牧はお互い時期が重なったため、友蔵おじさんが気を使い、母と一緒に仲の良い妹も私の側に置こうという話になったようだ。
正直妹とはいつも郷田厩舎で一緒にいるので、たまの帰省中位は妹の顔など見なくていいのだが、とにかくそういう経緯で妹は私や母と同じ場所で過ごすことになったようである。
本音を言えば、私が母に再会できたのはGⅠを勝ってようやくだったのに、妹はGⅠも勝たずに母と再会出来ている訳で、妹ばかりズルイという気持ちの方が強い。
私の為というならば、母と水入らずにして貰えた方が嬉しかったんだけれども。
なんだかちょっと癪なのもあり、私は妹の戦績を確認してみることにした。
2歳の秋に未勝利戦を勝ったことまでは私も把握しているが、その後は私自身が自分のことで一杯いっぱいになってしまった為、妹のレースのことまで正直気が回っていなかった。
友蔵おじさんの話を盗み聞きしたり、妹にレースのことを聞き取りしたりすること数日。調査の末、妹の戦績がなんとなく見えてきた。
まず、1勝目は私に『勝てなきゃ蹴る』と脅されて走った去年秋の未勝利戦。
そしてその後、妹はリステッド競争と呼ばれる重賞の一歩手前のクラスのレースに挑戦し、それにもすんなりと勝ったらしい。妹は無事に2勝目を挙げていた。
だが、そこからどうやら妹は伸び悩んでいる。困ったことに本人は全くそれを気にしていないようだが、2勝目以降勝ち星はついていない。
重賞レースにも挑戦し、何度か入賞したりはしているため惜しいレースはしているようだが、3勝目は挙げられていないようである。
また、桜花賞には出なかったようだが、オークスには挑戦し、前と3馬身差開けての5着に入っている。一応オークスの掲示板に滑り込んだ実績はある。
総括すると、10戦2勝8敗。なんとも言えない戦績だった。とういうか、もう10戦も走っていたのか。レース数だけなら私とほぼ並んでいるじゃないか。
重賞で入賞したり、クラシックレースの掲示板にも載っている辺り、意外だが実力のある馬ではあるのだろう。こんな妹でも。
だが肝心の重賞レースでは勝てていない。あと一歩で勝ち切れていない。
私は今までの自分のレースを振り返り、私に負けた『勝ちきれなかった』馬達のことを思い返してみた。
惜敗したあとちょっとで勝てた馬達、のことではない。
その更に一歩手前にいた、勝つか負けるかのせめぎ合いに参加出来なかった連中を思い出してみた。
私の印象だとそういう馬って、大体スピードが足りないか、根性が足りないか、やる気がないかのどれかなんだよなぁ。
私は妹を改めて見てみる。
重賞やオークスのようなGⅠに出走しているということは、郷田先生は妹がそれらのレースに勝てるだけの力を持っていると認めているということだ。
郷田先生は勝ち目のないレースに私達馬を送り込むような人ではない。つまり、妹の『スピード』は足りている。
なのに妹が勝ち切れないということは、つまり根性とやる気の問題だ。
妹がやる気のない根性なしだから負けていると、つまりはそういう話だ。
友蔵おじさんにおやつのブドウを食べさせてもらっている、のん気な妹を見ながら考える。
こいつにやる気と根性を出させるにはどうすればいいかと。
未勝利戦の時のように勝てなきゃ蹴るぞ噛むぞと脅してもいいが、レースの度にそれをやるのではキリがない。
どうにかしてこの能天気娘を、自発的にその気にさせる方法はないものか。
「頑張れよ。お前はオークスの掲示板に載った立派な馬なんだから。お前にだってきっと、母ちゃんや姉ちゃんのように、重賞で勝てるだけの力はあるはずなんだからな」
考え込んでいると、友蔵おじさんが妹のことを撫でながら何やら語り掛け始めた。
ちなみに妹は私や母とは会話できるが、人間の言葉を聞き取ることは出来ない。
妹が理解出来る人間の言葉は、多分オヤツとか、リンゴとか、食べ物関係だけだと思うのだが、おじさんは構わず妹への語り掛けを続けた。
「郷田先生は、放牧明けお前を札幌記念に出すつもりだって言ってた。札幌記念はGⅡの重賞レースだぞ。お前より年上の古馬も、GⅠ馬だって参加する凄いレースだ」
おいおい、古馬のGⅠ馬が出る重賞レースって、それに今の妹が勝つのは流石に無理だろ。
まだ妹が3歳だってことを差し引いても無茶だ。郷田先生、どうしてまたそんな無謀な真似を。
妹の次走のことを図らずも知れ、何故そんな格上のレースに郷田先生は妹を出すのだと首を傾げていると、友蔵おじさんは続けて聞き捨てならない言葉を発した。
「なんてったってその札幌記念には、あのニーアアドラブルだって出走するんだからな。難しいとは思うけどよ、お前がダイ子の秋華賞の仇を取ってくれたら嬉しいんだけどな」
は?
久々に聞いた因縁の馬の名前を、突然友蔵おじさんの口から聞かされ、私は思わずおじさんの顔を見やった。
一方、ずっとおじさんに話し掛けられていた妹は、ぶどうが食べ終わった途端おかわりを寄越せと、おじさんの腹に頭突きをし始めたのだった。
明日からいつも通り1日1回、昼12時更新に戻ります。
札幌記念は8月開催のレース。それでは主人公の回復と、中距離戦用のトレーニングが間に合わないという郷田調教師の判断です。
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