東京に引っ越してテレビのスターになった幼馴染と久しぶりに再会したら
俺の手を握って『ずっと会いたかった!』なんて言ってきた(なお、登場人物は全員40過ぎのおっさんであるとする)
※人間視点の話は3人称になります
巴牧場の牧場主、巴友蔵には、酒に酔うと必ずする自慢話が二つあった。
一つは、自身の牧場の自家生産馬であるトモエロードが、かつてGⅠレースであるオークスを勝利したこと。
そしてもう一つは、ゴールデンタイムに看板番組をいくつも持つお笑い芸人、大泉笑平がかつて自分の同級生であったことだ。
友蔵と大泉笑平の出会いは小学三年生の時。大阪からの転校生であった笑平が、友蔵の隣の席に座ったことが切っ掛けである。
そしてその後、中学を卒業するまでの7年間を、友蔵と笑平の二人は偶然にもずっと同じクラスで過ごした。
巴牧場の長男である友蔵とサラリーマンの父を持つ笑平には、当時これといった共通点はなかったが、どこか不思議とウマがあい7年間ずっと仲の良い友人として過ごしたのである。
しかしその7年に及ぶ友人関係は、笑平が親の転勤に伴って東京の高校へ進学し、途絶えてしまった。
東京に引っ越した笑平が北海道に帰って来ることはなかったし、友蔵もまたわざわざ東京へ友人を訪ねる機会を持たなかった為である。
そうして特に交流もないまま、笑平はある時突然東京でお笑いの世界に飛び込み、あっという間にテレビでブレイクして『時の人』となった。
北海道で呑気に親の牧場の手伝いをしていた友蔵とは、全く違う世界の住人になってしまったのである。
だが、笑平の上京と出世によって、二人の関係が完全に途切れてしまったのかというと、実はそういう訳でもなかった。
二人の関係は、毎年年賀状を送り合うという形で細々と続いたのだ。
友蔵にしてみれば不思議な限りであったが、笑平は芸能人としてどれだけ出世しても、毎年欠かさず友蔵に年賀状を送って来てくれたのである。
相手は毎日のようにテレビに映る芸能人であり、いつしか日本に知らぬ人はいない程までになっていた、お笑いの世界のトップランナーの一人だ。
小規模牧場の貧乏牧場主である友蔵とは住む世界が違う、嫉妬すら覚えないほど雲の上の人物である。
だから、そんな別世界の住人となった幼馴染から毎年届く年賀状を、友蔵は宝物のように大事にしていた。
箱に入れてとっておき、家で客がいる時に酔っぱらうとその箱を出してきて、テレビの有名人から毎年送られてくるそれを人に自慢するのが大好きだった。
箱に仕舞われた年賀状の数は、すでに30枚近くになりつつある。
中学卒業以来、直接会うことも電話で話すこともない年賀状だけの関係は、もう30年近く続いていた。
逆に言えばそれだけの期間、年賀状以外の交流はなかった訳である。
だから友蔵は当たり前のように、テレビの中で出世してしまった同級生と、この先も年賀状以外の交流が生じることはないのだろうと思っていた。
だがそんな、ちょっぴりの切なさを含んだ友蔵の思いは、他ならぬ大泉笑平の手によって打ち破られることとなった。
ある日、何の前触れもなく、友蔵のもとに電話が掛かって来たのである。
電話の主は誰もが知る大物お笑い芸人、大泉笑平その人だった。
電話の内容はこうだった。
馬主になった。馬を買いたい。お前の牧場の馬を見に行ってもいいかと。
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大泉笑平が巴牧場にやってくる約束の日、友蔵はこれ以上なく緊張した状態で、幼馴染の芸能人が来るのを待っていた。
友蔵がこんなに緊張したのは、トモエロードがオークスを勝った際、その表彰式に父親と一緒に出た時以来だった。
友蔵が緊張する原因は複数あった。まず、これからテレビの有名人に会うというミーハーな緊張感がもちろんある。
加えて、30年近く顔を合わせていない幼馴染と、久しぶりに対面するという何とも言えない緊張感がある。
だがそれ以上に牧場主巴友蔵は、これから会う大泉笑平という新人馬主に、自分の牧場の馬を高く買わせてやろうと意気込んでいた。
何故ならここ数年、巴牧場の経営状態はじわじわと悪くなってきているからである。
高い種付け料を払い、苦労して育てた馬が、安く買い叩かれるということが続いた為だ。
だからこそ今回初めて馬を買うという新人馬主が、調教師も連れずに巴牧場の馬を見に来てくれるという話は、友蔵にとって降って湧いたが如きおいしい商談のチャンスでもあった。
友蔵は、芸能人大泉笑平が馬の目利きだなんて話を、これまで聞いたことがない。
ネットでも少し調べてみたが、友蔵の乏しい検索力で調べた限りにおいて、大泉笑平が競馬やサラブレッドに詳しいなんて話はウィキペディアのどこにも載っていなかった。
馬主になった以上、競馬についてまったくの無知ということはありえないし、当然相応の知識は持った上で馬を見に来るのだろう。
だが友蔵には自信があった。笑平はテレビの世界で長年活躍するスターだが、友蔵は馬の世界で長年飯を食ってきた馬のプロである。
プロとして、今まで何度も大企業を経営する金持ちの馬主達に、自分が生産した馬の価値を認めさせ、買わせてきた。
それが上手くいかなくなった結果、安く買い叩かれるようになり、経営難に陥いりつつあるのだが、それはそれ。
いかにテレビの世界の人とは言え、昨日今日馬の世界に飛び込んできた新人馬主など、自分なら簡単に丸め込めるはずだと、友蔵は鼻息を荒くしていた。
ちなみに、友蔵は小心者である。故に国民的スターである有名人に、詐欺まがいの行いをするような勇気はもちろんない。
酷い駄馬を売りつけたり、相場を無視した高値で馬を売ろうなどとは夢にも思わない。何ならこれを機に、大泉笑平に巴牧場を贔屓にして貰いたいとすら思っている。
故に、新人馬主を丸め込んででも叶えたい友蔵の願いはただ一つ。
苦労して育てた大事な馬を、生産者である自分の希望価格になるべく近い額で買って欲しい。その一点のみである。
そんな緊張と気負いと企みで、胸と頭の中をいっぱいにして大泉笑平を待っていた友蔵であったが、その一切は、大泉笑平が牧場に到着すると同時に霧散することになった。
約束の時間のぴったり5分前、巴牧場の事務所の扉を開けて現れた大泉笑平は、まさにテレビから出てきたような姿であった。
グレーのスーツにチェックのワイシャツを着こなし、ピンと背筋が伸びた綺麗な立ち姿。
たれ目がちで柔和な印象を与える目元に、特徴的な出っ歯。
テレビで何度も見たことがある、大泉笑平の姿であった。そしてその優しげな目元と出っ歯は、小学生の頃から変わらない笑平の特徴であった。
そして、友蔵がまず挨拶するべく口を開きかけた矢先、
「ひっさしぶりやなー、巴。すっかりおっさんになって、なっつかしいなー!」
テレビでは滅多に見せないような満面の笑みを浮かべながら、大泉笑平は大きな声でそう言った。
そして嬉しそうに友蔵の手を取り、力強く握手する。
「会いたかったぞ」
笑平が放ったその一言で、友蔵の中にあった緊張や、意気込みや、せこい企みは、呆気なく吹き飛んでしまった。
代わりに湧いてきたのは、古い友人と再会できた喜びと、有名人から親し気に『会いたかった』と言ってもらえた嬉しさ。
「……ああ、俺も、ずっとお前に会いたかったよ、大泉」
気付けば笑顔で、友蔵はそんなことを言っていた。
言って、友蔵は初めて自分の気持ちに気がついた。
ああ、そうか、俺はずっと、この遠くへ行ってしまった友達と、いつかまた会いたいと思っていたのだと。
サブタイトルと前書きに偽りなし
関西弁をしゃべれる訳でも関西弁をしゃべる知り合いがいる訳でもないのに関西弁キャラを出してしまったこの作品の明日はどっちだ
明日は朝6時と昼12時の2回投稿予定です。お付き合いいただければ幸いです。
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