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初めてのテレビ取材 ~やるよ。やってやるよ。勝ってやる~


 私が巴牧場の放牧から戻ってきて数日が過ぎた、ある日のこと。


 私が暮らす馬房の前に、見知らぬ人間の女がやってきた。そして、カメラを担いだ人間の男も一緒にやって来た。

 ついでに、郷田先生と、馬主の大泉笑平も私の馬房の前にやってきた。


 ここまで揃えば私も察しがつく。

 テレビの取材だ。GⅠ馬になった私を、テレビが取材しにきたのだ。


 厩舎では中々見ない小ぎれいな服をきたこの女は、きっと女子アナウンサーというやつなのだろう。

 そしてカメラを担いでいる男は、おそらくカメラマンというやつだ。


 この人間達はきっと、芸能人であり私のオーナーでもある大泉笑平と一緒に、私をテレビに映す為に来たテレビ局の人達なのだ。


 競馬場などでテレビカメラを見つけたことはあったが、私1頭を撮影する為にカメラが用意されるということはなかった。


 郷田先生や東條はよく取材を受けているようだったが、厩舎の中に入ってきて私を撮影する人間はいなかった。


 きっとこれも、私がGⅠ馬になった効果なのだろう。GⅠ馬になったことで有名になり、ついに私はテレビで取材されるまでになったのだ。


 前世で毎日のように眺めていた、あのテレビという箱に私が映し出される日が来たという訳である。


 思えば長かった。芸能人に買って貰えば有名になって、前世の父母に私のことを見て貰えるかもれない。


そんな思いで私は0歳のあの日、大泉笑平なる悪逆非道のお笑い芸人の服の袖に噛みついたのだった。


 あれから月日が経ち、私はこの間3歳になり、GⅠ馬にもなった。

 私の走ってきたレースは、テレビでどのくらい取り上げられたのだろう。


 前世の両親は、競馬なんて何も知らない人たちだったはずだが、私の姿を見る機会はあっただろうか。

 ……大泉笑平と今日一緒にテレビに映れば、両親の目に留まるだろうか。


 私は馬房の柵から首を伸ばし、やや離れた位置にあるテレビカメラの方に自分の顔を近づけてみた。


 横に立っていた郷田先生が私の首を撫で、私の首を引っ込めさせる。


「それでは撮影を始めさていただきます」


 カメラマンの横に立っていた男がそういうと、大泉笑平と郷田先生が姿勢を正した。

 そして、女子アナウンサーがカメラの方を向き、しゃべり出す。


「本日は美浦トレーニングセンター郷田厩舎に、バインバインボイン号のインタビューでお邪魔しています。インタビューに答えていただくのはこの二人、郷田調教師、そして、バインバインボイン号のオーナーである、タレントの大泉笑平さんです!」


「はーい、大泉笑平でぇーす!」


 紹介され、大泉笑平が大げさに両手でピースをしてポーズを見る。何となく、前世でもテレビで見たことがあるようなポーズだった。


 どうでもいいが、あんまり私のフルネームを連呼するのは不愉快だからやめて欲しい。私の女子アナウンサーに対する好感度が1下がった。


「さて、まずは郷田先生。昨年のバインバインボイン号の阪神JF制覇、そして、郷田厩舎所属馬初のGⅠ勝利、おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 郷田先生が謙虚にお辞儀する。


「そして大泉オーナーにとっては、人生で初めて買った馬が無敗のままGⅠ勝利。馬主さんの夢を体現するかのようなご活躍。おめでとうございます」


「いやぁ、ありがとございます。俺は何にもしてないんですけどね。馬が本当に頑張ってくれて、面白いものをたくさん見せてくれた。この馬と出会えた幸運に感謝してます」


 言って、大泉笑平が優し気な表情で私の顔を見上げた。なんだこいつ、阪神JFに勝った辺りから、随分殊勝なことを言う。


「出会いといいますと、印象的なエピソードがあると伺いましたが……」


 記者の質問から、大泉笑平は私と出会った時の出来事を掻い摘んで話した。


「この馬の顔を見た時、どこがという訳やないんですが、『何だか変な馬やなぁ』って感じたんです。そしたら俺の服の袖を噛んできて、本当に変なことをしてきた。こりゃ面白いと思って、その場で購入を即決してしまいました。正直その変な馬が、ここまでドエライ馬になるとは、思ってなかったですわ」


 言って、大泉笑平はおどけるように笑った。


「この馬はねぇ、ホンマにすごい馬なんですよ。ただ脚が速いってだけじゃなくて、勝負根性がある。ゴール前でとてつもない負けん気を見せる。おまけに賢くて、郷田先生の言うことを良く聞いて、東條騎手の指示にも利口に従う。強くて速くて賢くて根性がある、文句のない完璧な馬」


 大泉笑平はそこで言葉を切ると、思い悩むように腕を組んだ。


「ただ一個、唯一欠点をあげるとすれば、馬名がアホってことで。GⅠ獲って、競馬史にこいつの下品な名前が刻まれてしまったと思うと、申し訳なくて俺は夜も眠れん。ほんまに、誰がこんなアホな名前つけたんやろ」


 私の名付け親はお前だろうがあああああああああああああ!!!!!


 私は激怒した。積年の恨み晴らさでおくべきか。絶対に許さん!


 私は馬房の柵の隙間から名一杯首を伸ばし、馬房の前で呑気に取材に応える大泉笑平の頭に噛みついた。


「あ、あいたたたたたたた!?」


 残念ながら頭にはかぶりつけず、私の歯は大泉の髪を噛んだ。だがもう離さない。

 下ネタみたいな名前を付けられた女の子の恨み、思い知れ。


 突然の痛みに尻もちをついた大泉の頭を、髪の毛を噛んだまま振り回す。


 郷田先生やテレビのスタッフが慌てて止めに入るが、もう知ったことか。


 このままこの髪を引きちぎり、大泉の持ちネタにハゲネタを加えてくれるわ!


「や、やめてくれぇ! すまんかった。俺が悪かった。許してくれぇ!」


 私に振り回され、馬房の前を転げながら、大泉が情けない悲鳴を上げた。


 すまんで済むか! 私の名前はもう変えられないんだ。私の名前は競馬史に刻まれ取返しが付かないんだ。全部お前のせいだ。罰を味わえ!


 あともう少しで大泉の髪の毛をごっそり引きちぎれるというところで、郷田先生が私の顎の下に手を入れた。


 そして、私の喉をグイっとやって口を開けさせてしまう。


 私の口から解き放された大泉は、四つん這いになって逃げだし、私の馬房から遠ざかる。


 くそ、後もうちょっとで、大泉の頭頂部の毛をごっそり引き抜いてやれたのに。


 大泉は自分の頭に触れ、髪の毛が残っているのを確認すると、立ち上がり、私のことを睨みつけてきた。


「ご主人様に向かって何をするんやこのアホ馬がぁ!」


 そして、私の首が絶対に届かない遠く離れた場所から、私を指さしながら大泉が喚き散らす。


「お前、さては何か勘違いしとるやろ。自分はもう何をしても許される、何もしなくても許される、そんな存在になったと思い上がっとるな」


 そしてそのまま、ずんずんと私に近づいてきた。


「言っとくがな、2歳GⅠなんざ所詮クラシックの前哨戦や。お前はまだ、予選を1位で通過しただけや。甲子園を優勝しただけや。金メダルもとってなきゃ、プロ野球で成功した訳でもないぞ」


 なんだとこいつ、私のGⅠ勝利にまでケチをつける気か。


 私の首に抱き着くようにして私を必死に宥めようとする郷田先生を余所に、大泉笑平が近づいてくる。


 もう一度噛みついてやろうと首を伸ばすが、あと1cmで届くというところで、大泉は脚を止めた。


「お前はまだ、何者にもなってへん。思い上がりのただの小娘や。トモエロードにはほど遠い。2歳戦でこんだけ期待させといて、今年のクラシックGⅠ1個も獲れずに終わってみろ」


 そこで大泉声量は声量を絞った。私にだけ聞こえるように、決してカメラのマイクには届かないように、私を押さえつけることに必死の郷田先生に気づかれないように、小声でこう付け加えた。


「そんな駄馬、馬肉にして供養してまうからな」


 吐き捨てるように、脅すように、大泉笑平が言う。


 その言葉に、私の頭に更に血が上る。


 この男は、まだ私に走れというのか。まだ戦えというのか。阪神JFはゴールではなかったのか。


 …………。ああ、そうかい。分かったよ。やるよ。やってやるよ。勝ってやる。


 3歳でGⅠ獲らなきゃダメだっていうなら、獲ってやる。私の命は、人間の都合で簡単に奪っていいものじゃないってことを、思い知らせてやる。


 お前が認めざるを得ないほどの勝利を、誰もが認めざるを得ないほどの勝利を、この脚で掴んでやる。


 首にしがみつく郷田先生を振りほどく。目の前の馬主を、真正面からにらみつける。


 私の初めてのテレビ取材は、こうして波乱の内に幕を閉じたのだった。



GⅠ獲って燃え尽き症候群気味だった主人公に喝が入りました。


明日は朝6時と昼12時の2回投稿です。



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