アルテミスステークス出走 ~最終審判の日~
10月末、アルテミスステークス当日。
私はすでにパドックでの周回を終え、背中に東條騎手を乗せてゲートインを待っていた。
今日は右を見ても左を見ても牝しかいない。アルテミスステークスは牝馬限定のレースなのである。
今までの2戦を牡馬に混じる形で戦ってきた私としては、女しかいない戦いというのは逆に新鮮だ。
だが、パドックでライバル達の毛艶をチェックした限りだと、私を超える美馬はいなかった。
母譲りの私の美しい栃栗毛を越える毛並みは、重賞に挑戦するようなトップクラスの牝馬達の中にもいないようである。
パドックで私の前を歩いていた大外12番の馬など、ブス過ぎて可哀想だったほどだ。
色のくすんだ栗毛の馬で、まだ2歳なのに毛並みの艶が完全に枯れていた。
女の戦い、まずは私の先制1勝といったところだろう。
「どうした? 藤木騎手のことが気になるのか?」
私の毛艶の引き立て役になってくれた12番の馬を眺めていると、鞍上の東條騎手に声を掛けられる。
藤木? 誰のことだ。12番の騎手のことか?
言われて確認してみると、12番の背には私の前任の騎手が乗っていた。
言われて初めて気が付いた。あいつ、私の騎手をクビになって、今はあんなブス馬の騎手をやっているのか。
うん、心底どうでもいい話である。今の私には東條騎手がいるし、相手が誰であってもやることは変わらない。勝つだけだ。
そんなことを考えていると、係員に誘導され、私はスタートゲートに入った。
今日の私は1枠1番。偶然にも新馬戦の舞台となったこの東京競馬場で、新馬戦と同じ枠からのスタートだ。
違うのは、今日走る距離が新馬戦より200m長い1600mであること。一緒に走る相手が牝馬しかいないこと。
そして、鞍上が東條騎手に変わっていることだ。
他の馬達のゲートインを待ちながら、私の背に乗る東條騎手の様子を窺う。
東條騎手はチラチラと、まだゲートインしていない馬の様子を見ているようだった。
その視線の先にいるのは12番。今日一番最後にゲートインする予定の馬だ。
どうやら私の前任の騎手を意識しているのは、私ではなく東條騎手の方らしい。
誰をライバル視するのかは勝手だが、なるべく私の騎乗に集中して貰いたいものである。
何せ今日は、東條騎手と私の初レースなのだ。
いわば、私が東條騎手を相棒として認めるかの最終テストである。
今日までのトレーニングの中で、東條騎手が凄腕のジョッキーだということは十分理解した。
だが東條騎手がその優れた騎乗技術を、レース本番でどれだけ私の為に役立ててくれるかは未知数である。
初めて会った日、東條騎手は私をGⅠで勝たせると約束してくれた。
その約束が本物かどうか確かめるためにも、私が自力と運だけで勝ったGⅢのレースくらい、見事に勝たせてくれないと困る。
そう、今日はいつもの勝負の日であると同時、最終審判が下る日でもあるのだ。
私が一緒に戦ってくれる相棒を得るか、あるいは今後も一人で戦っていかなければならないかが、今日決まるのである。
そのあたりのことを、こうしている今も私が東條騎手を審査していることを、果たして東條騎手は分かってくれているのか。
一抹の不安がよぎると同時、東條騎手が私の首を優しく撫でた。
「大丈夫だ。レース前に、これ以上よそ見なんてしないよ」
言って、東條騎手は手綱を握り直した。
「今日はただ勝つだけじゃだめだ。お前に騎手として認めて貰わなきゃならないんだからな。だから、俺も本気を出すよ。本気でお前を勝たせてみせる」
その言葉を聞き、ああ、通じているとほっとする。
馬と人、言葉は交わせずとも、この人は私の思いを正しく汲み取ってくれている。
12番の馬がゲートインする。私が良い姿勢でスタートを切れるよう、東條騎手が私の首を押し、私の首を低くする。
ゲートが開くと同時、私は飛び出した。
東條騎手からスタートの合図はなかった。合図がなくとも自力でスタートを切れる私に、東條騎手は意味の無いスタートの合図など送ってこなかった。
代わりに、コース最内の位置を維持することと、私を抜いていった馬達を無理に追いかけるなという指示がスタートと同時に送られてくる。
判断が早い。何をすればいいのか明確な指示がある。そのおかげで、不安なく走ることが出来る。
過去2戦との違いを感じながら、私と東條騎手の初めてのレースは幕を切ったのだった。
上手くまとめられず短くなってしまいました。
続きは本日12時投稿します。次話でアルテミスステークス決着までいきます。
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