札幌2歳ステークス いくぞ重賞初挑戦!
『夏を締めくくる重賞、札幌2歳ステークスGⅢ。2歳 芝1800 14頭です。
1番人気は8番テクノスリング。前走レコードで勝ち上がり、人気を集めています。
ゲートイン順調に進みまして、最後に本レース唯一の牝馬、大外14番バインバインボイン、収まりまして各馬発走体制整いました。
……スタートしました!
ややばらついたスタート。好スタートを決めたのは8番テクノスリングと14番バインバインボイン。
2頭が前に出たところ、内から3番ジェットスキー抜け出して先頭に出ました。2馬身、3馬身、更に突き放し4馬身のリード。
ジェットスキー大丈夫でしょうか、騎手と折り合いがついていないように見えます。やや掛かり気味か。2コーナーのカーブに差し掛かります。
一番人気テクノスリングは2番手。内から上がって来た4番レッドパウダーが3番手、テクノスリングとは2馬身差。ほとんど差がなく外にバインバインボイン4番手。
前半800mの標識を通過しました。
あっと、先頭ジェットスキー、後続との差が見る見る縮まっていきます。テクノスリング早くも先頭をとらえるか。
テクノスリング、先頭との距離をじわじわと詰める。もう差は半馬身も残っていない。レッドパウダー、バインバインボインも併せて上がってくる。最後方に控えていたヘビーノベルも上がってきているぞ、現在6番手。
第3コーナーカーブ、ジェットスキーここまでか。先頭入れ替わりました。
先頭はテクノスリング、いや、カーブを曲がりながら内からレッドパウダー、外からバインバインボインが並びかけてくる。3頭横並びだ。3頭ほぼ横並びのまま第4コーナー曲がり切りました。
最終直線だ。3頭横並びのまま最終直線。その後ろからはヘビーノベル。ヘビーノベルが駆け上がってきている。札幌の直線は短いぞ間に合うか。
3頭横並びのまま。騎手達も必死で鞭を振っている。この横並びはいつまで続くのか。勝利の女神は誰に微笑む。
先頭に出るのは誰だ。抜け出すのは誰だ。このまま横並びでゴールするのか。膠着を破るのは……テクノスリングだ!
テクノスリングが今、首一つ分抜け出し、いや、バインバインボインだ! バインバインボインも負けじと前に出る。テクノスリング抜けられない!
レッドパウダーを残し、2頭が前に出た。レッドパウダーずるずると後退。テクノスリングとバインバインボイン、2頭に絞られた。
さあ、勝つのはどっちだ。紅一点と若手騎手が意地を見せるか。エリート馬とベテラン騎手が矜持を示すか。
2頭並んだまま、いや、じわじわと、じわじわと、バインバインボインが前に出ている。
テクノスリング伸びない。前走で見せた末脚はどうした。バインバインボイン首一つ分抜け出した。テクノスリング伸びない。バインバインボイン半馬身抜け出した。テクノスリング伸びない。テクノスリングは伸びない!
半馬身差を保ったまま接戦を制し、バインバインボイン今1着でゴール!
勝利の女神はバインバインボインッ に微笑みました!
なんという粘り! 根性の走り! 牝馬の力を見せつけてバインバインボイン、重賞初勝利です!
そして鞍上藤木騎手も、今レースが重賞初勝利となります!
2着に惜しくもテクノスリング。3着はここまで追いつきましたヘビーノベル。4着にはレッドパウダー……』
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勝った。重賞と呼ばれるレースを勝った。競走馬として生を受けてから2度目のレースを、勝った。
2回のレース経験を経て一つ分かったことがある。
私は、私と言う馬は、勝つことが好きだ。
毎日必死にトレーニングし、勝てるか不安な中で出走し、敵である他の馬達と文字通りに競走する。
そしてゴール後に訪れるやり切ったという解放感。沸き上がってくる達成感。勝った私を包む、人間達の歓声と拍手。
勝つことによって、自分の何もかもが満たされるのを感じることができた。
私は私の価値を証明できたのだと、実感することができた。
思えば、私は前世では勝負というものをしてこなかった。
スポーツは苦手で極力避けた。争いごとも苦手で、親や友達ともほとんど喧嘩することなく過ごした。
勉強は頑張った方だが、あれは目標を達成するための努力であって、誰かとの勝負ではなかったように思う。
今生で初めてだ。前世含めて、馬になって初めて、私は勝負というものを経験した。
本気の、全力を振り絞る、命すら掛かった戦いというものを、経験した。
『勝つ』ということがどういうことなのかを、体験した。
その上で、今日分かった。私は、『勝つ』ことが好きなのだと。
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札幌2歳ステークス。重賞GⅢのレースを制した私は、口取り式で関係者との記念撮影会を行っていた。
新馬戦の時の口取り式は、調教師の郷田先生と馬主の大泉笑平と一緒の撮影だった。今回は仕事で来られなかった大泉笑平の代わりに、生産者代表として友蔵おじさんが来ていた。
巴牧場の馬が重賞を勝ったのは久しぶりだったらしく、友蔵おじさんの喜びようは凄まじいものだった。
郷田先生や私に乗った騎手に何度も何度もお礼を言い、私のこともよくやったよくやったと何度も褒めた。
『トモエロードの仔が、ようやく重賞を勝ってくれた。俺の育てたトモエロードの仔が、ようやく。ダイ子お前は、本当に見上げた孝行娘だ』
そんなことを言いながら、友蔵おじさんは笑顔で涙ぐんでいた。
もっとも、大喜びしていたのは友蔵おじさんだけではない。
私に乗った騎手の青年も、レース後からうっとおしい程はしゃいでいた。やたらと私を撫でたり、無意味に私の首をペチペチと叩いたりしてくるので、正直迷惑な位である。
郷田先生ですら、いつもより明らかにテンションが高かった。先ほどからニコニコ笑いっぱなしで、いつもの怖い顔が30%オフといった風情である。
もっとも、テンションが上がっているのは私も同じだ。
人間達の喜びようと驚きようから、自分が結構凄いことを成し遂げたのだと分かる。
実際、よく勝てたものだと自分でも思う。今日走った馬達はとんでもなく強い馬ばかりだった。
最終直線で横並びになって競った2頭の馬はもちろん強かったし、最初に先頭で逃げていた馬も、あのままゴールされてしまうのではと不安になるほど速かった。
レース中ほとんど姿は見えなかったが、後ろから迫って来る馬の気配もずっと感じていた。
そして、その恐ろしい程強く速かった馬達は、しかし重賞馬ではないのである。
今日は私が勝ったから、重賞馬になれたのは私だけ。
あんなに速い馬達が、一頭残らず重賞未勝利のまま。そしてひょっとすると、この先も今日のように重賞で勝てず、重賞未勝利のまま引退することになるかもしれないのだ。
そう思えば、重賞で勝つということの難しさと重みが感じられる。勝つことの出来た自分が、どれだけ幸運だったかが分かる。
幸運。そう、幸運だ。間違っても実力ではない。
多分今日走った馬の中での実力№1は、2着になった馬だろう。あの馬は最後明らかに、もうひと伸びしようとしていた。
もうひと伸びして私を軽くかわし、1着になろうという気配があった。
ただ、実際には伸びなかった。伸びないことに馬自身が動揺していた。隣を走る私には、その動揺が伝わってきた。
動揺したということは、本来は伸びるはずだったのだ。本当はゴール前で更に加速するだけの力を持った馬だったのである。
ただ、私にとって幸運なことに、そしてあの馬にとっては不運にも、その加速はなかった。道中で気付かぬうちに体力を使い過ぎたのか、単純に体調が良くなかったのか。
何かしらの、馬も騎手も気付かぬボタンの掛け違いがあって、本来残っている筈の脚が、残っていなかったのだ。だから最後あの馬は私に抜かされて負けた。
そしてそれは私にも起こりえた事態である。
抽選で一番外側の、他の馬に囲まれにくい枠でスタートした。もっと内側の枠だったら、他の馬に囲まれて前に出るのに体力を使い、終盤粘れなかったかもしれない。
序盤に一頭の馬が逃げた時、その馬を追うか私は迷った。もし追っていたら、逃げた馬と一緒にスタミナ切れを起こし負けていただろう。
第3コーナー入り口付近で先頭との距離を詰めた。あの時私は、もう少し待つか、このまま前に出るかで迷っていた。隣の馬が動くのを見て、迷いながらそれについていく形で横に並んだ。
あの時ついていかなければ、1着争いに加わることすら出来なかっただろう。
思い返すほど、ぎりぎりの勝負だった。迷いながら選んだ選択が一つでも間違えていたら、勝てなかった。運よく正解を当てたから、幸運にも勝てた。
だからこそ、思う。この幸運はあとどれだけ続くのかと。
だからこそ、思う。今日のGⅢでこの有り様ならば、そこから2ランク上のGⅠレースで勝つには、どれだけの幸運が必要になるのかと。
GⅢに勝ったことで、GⅢに勝てなかった馬達の強さを知ったことで、私は自分が挑戦しようとしていることの難しさを改めて思い知った。
GⅠに勝つという、漠然と抱いていた目標の、途方もない難易度を思い知らされたのである。
幸運がいくつも重なって、奇跡的にGⅢは勝てた。
だが、私にとっての本番はあくまでもGⅠだ。
前世の乏しい競馬知識に基づけば、馬である私が殺処分されない未来を確保するのに必要なのは、あくまでもGⅠの勝利であるはずなのだ。
そしてそのGⅠはもう間近に迫っている。
12月に私が走る予定だという阪神のGⅠは、たった3カ月先に開催されるのである。
このままで勝てるのか不安だった。
GⅠに今日よりも更に強い馬達が出るならば。今日の2着の馬のような奴らが、万全の状態で出走するならば。自分のような運がいいだけの馬など、何もできず負けてしまうのではないだろうか。
そしてもう一つ、私の不安を大きくしている存在がいた。
私の背中に乗る、私の騎手だ。
新馬戦で何の役に立たなかった騎手は、今日も何の役にも立たなかった。
レース中様々な場面で私は迷い、こんな時どうしたらいいのかを誰かに教えて欲しかった。
けれど、私の騎手は私の背中に乗っているだけで、何の指示もくれなかった。
いや、もちろん一応の指示はあった。だが、例えばスタートの合図は、走り出そうとする私の意識よりワンテンポ遅い、無意味なものだった。
全力で走り出す合図であるはずの鞭は、私が全力で走っている最中に打たれ出し、私にとっては気を散らす不快なものでしかなかった。
つい先ほど、騎手本人が友蔵おじさんに言った言葉が引っかかっている。
『この馬は本当に賢い馬で、僕が何も指示をしなくても、勝手に勝ってくれるんです』
ふざけるな。何も指示をくれないのなら、お前などただの重りではないか。
今日戦った他の馬の騎手達は、皆どうにかして自分の馬を勝たせようと必死になっていた。
彼らのゴールを睨むような眼光を、歯の食いしばりを、悶えるような息遣いを、確かに私は感じた。
この青年だけだ。私の背に乗ったこの青年からだけ、必死さを感じなかった。この青年だけが、全力でなかった。
鞭を振って一生懸命なフリをするだけで、実際は何もせず、ただ私に跨っているだけだった。
勝てるのか?
記念撮影後、楽しそうに郷田先生と談笑する騎手の青年を見て思う。
あんな何の役にも立たない重りを背に乗せた状態で、次のGⅢを、そしてその次のG1を、私は勝てるのだろうか?
今日私を勝たせてくれた幸運が、次もその次も続くなんてことがありえるのだろうか?
勝った喜び以上の不安を呼んで、私の重賞初挑戦は幕を閉じたのだった。
調教師の先生のことは大好き。騎手に対する好感度は急下落。
そんな主人公の明日はどっちだ。
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