成り行き指揮官
ルード砦の明け渡しと降兵の再編は、実にスムースに進んだ。部族兵だけでなく正規兵の中でもほとんど不満の声が聞かれなかったのは、フェレの壮大なパフォーマンスが城兵たちの心理に影響を与えたゆえであろうか。
降伏した正規兵の将校はすでに部族軍に殺し尽くされており、一般兵はトップが第二王子だろうと第三王子だろうとこだわりはない。「これまでと変わらず軍務に励むように」でおしまいだ。念のため二千の兵を十部隊に分割し、第二軍団の各大隊にそのまま吸収して配属する。
「いやあ、あんなすっげえ魔女様と一緒に戦えるなんて、幸せだな! これなら、生きて帰れそうだ」
むしろこんなことを言う兵が、大部分なのだ。
一方部族軍五千の扱いは、かなり微妙である。彼らは部族ごとに各々三百騎から千騎ほどの部隊を組んでおり、兵が従うのは軍団の長ではなく、それぞれの部族長だ。正規兵より戦闘力も機動力もともに数段優れた精兵たちだが、正規軍の指揮官から見れば使いづらく、最悪は背く可能性もある危ない者たちである。それゆえ、第一軍団はかれらを捨て石として、不向きとわかっていながら、ルード砦に籠城させたのだろう。
第二軍団長バフマンも彼らの処遇に頭を悩ませていた。彼らを従わせるには能力もカリスマも必要だが、自分以外の高級将校に、それが出来る者は思いつかない。頭を抱えるバフマンを前に、アミールが即断した。
「うん、彼ら部族軍は、軍師……ファリド兄さんの指揮下に置こう」
「は、いや……殿下の決断に否やはございませぬが、軍務経験の乏しい義兄君が、扱いにくい彼らを束ねることは、荷が重くありますまいか?」
「兄さんなら、何とかするだろうさ。そして部族軍は、フェレ姉さんを熱く支持するだろうし」
かくして、戦闘には強いが癖も強い部族軍は、ファリドの指揮下となった。もちろん、それを嫌がるであろうファリドには、事後承諾であったのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「はあぁ……アミールの奴、無茶振りもいい加減にしろと思うけど……やむを得ないか」
深くため息をつくファリドである。彼の後方には安定の仏頂面でフェレが立ち、前方には部族軍を構成する各部隊を束ねる、十人の長が並ぶ。彼らの視線は、これから自分たちを指揮するであろう若者を、値踏みするがごとく鋭い。
そもそも重苦しい組織が嫌いで、自由業たる冒険者を志したファリドだ。こんな立場に置かれるのははなはだ不本意であるのだが、アミールの無邪気すぎる期待に少しでも応えるように、家族として努力せねばなるまい。
「というわけで、貴兄らの指揮を任されることになった、ファルザームの子ファリドだ。『軍師』などと言われているがそれは冒険者ギルド内での呼称、本格的な軍務経験は多くないし、大部隊を指揮した経験などない。私のような若輩者に指揮されることは誇り高い部族軍には不本意であると思うが、曲げて協力をお願いする。そして私が誤った判断をしたときは、遠慮なく貴兄らが正してもらいたい」
卑屈にならない程度に腰の低いファリドの態度に触れて、長たちの緊張が和らぐ。何しろこれまで彼らを指揮する立場であった正規軍指揮官はみな、高圧的に自分の指示を押し付けるだけであったのだ。
「率直な言葉、恐れ入る。我々は『軍師』の下知に従うゆえ、ご心配召さるるな。ファリド殿はルード砦の攻囲作戦を立案され、しかも我々部族軍が正規軍に反旗を翻すことまで予期されておられたという。我らを指揮されるに十分な見識をお持ちだろう。部族軍の力を、ぜひ活かして頂きたい」
代表するような形で、最大勢力であるブワイフ族のシャープールが力強く宣言すると、周囲の長たちも静かにうなずいて応える。
「ありがとう、期待している。貴兄らの部下も長い籠城に耐え、疲れているはず。まずは補給を受けて休息されよ。明日から調練の様子を見せていただく」
「はっ!」「御意!」「承知仕った」
長たちが一斉に応える。第一印象では、まずまずの信頼を得たようだ。
と、ファールス族の長が、ちょっと遠慮がちにファリドに問いかける。
「誠に失礼ながら……後ろに立たれている魔女殿と、『軍師』殿のご関係を伺っても?」
「……『つがい』」
何と答えようかとファリドがごく短い逡巡をしている間に、フェレが強烈な一言を放った。おおっというざわめきが、長たちの間で広がる。
「おお。ならばファリド殿の指示は、魔女殿の……いや女神様のご神託。我々は、命を懸けてそれを果たすでありましょう」
「そうだ!」「我が一族も!」「ぜひ下知をっ」
勝手に盛り上がる長たちを前に「いやただの婚約者で、まだ『つがって』ないんだけど」とは言えないファリド。一方フェレは、頬を桜色に染めつつも、クールフェイスを保っている。
―――フェレ、お前のそれは、わざとなのか? それとも、自覚がないのか??
無自覚な小悪魔に振り回され混乱する、哀れなファリドである。
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