第二軍団の出撃
二万の大軍が、王都に向け動き出した。
第二軍団総兵力の、およそ八割である。本拠であるザーヘダーン城砦と、第二軍団管内随一の都市である海都グワダルの防衛に最低限の兵を残した他は、実質全軍出撃と言ってよい。第二軍団としては過去最大の出兵であるが、その戦う相手は、おそらく同国人。なんやかや仕掛けを入れて兵たちの士気は上げたものの、これが内戦であることに思い至れば、軍団上層部の気は重い。勝とうが負けようが、国は荒廃するのだ。
「それでも戦って勝つしか、僕達に選択肢はないんだ」
初日宿営した天幕の中で野戦食を水筒の水で飲み下しつつ、やや辛そうな表情を浮かべながらもきっぱり言い切るアミールは、やはり王族である。
「そうだな……仕方ないさ。俺達に出来る限りの手助けは、させてもらう」
「……うん、アミールはもう家族だから」
フェレのあきれるほど単純な価値観をうらやむような表情を浮かべたアミールだが、すぐ真顔に戻る。
「王都まで二週間というところだ。第一軍団の主力と、どこでぶつかるかだが……」
そう言いつつアミールがファリドにちらっと視線を向ける。アミールの意図を理解した彼だが、賢しげに口をはさんで第二軍団の首脳陣に煙たがられるのも本意ではない。ためらっているファリドに、軍団長バフマンが声をかける。
「我々に対する配慮は無用ですぞ、『軍師』殿。十代のころすでに軍功を挙げ、アミール殿下の信頼される兄君であられるファリド殿は、軍籍に属されていないとはいえ立派なわが軍の首脳です。我々はアミール殿下を共に推戴し盛り立てる同志、腹を割って策を論じましょうぞ」
いかにも生粋のたたき上げ軍人らしい率直な軍団長の申し出に、ファリドは少し頬を緩め意見を述べる。
「では俺の意見を申し上げよう。おそらくは、王都に近いマハン平原のあたりになるだろう」
「それは随分と王都寄りになりますな。何故そうお思いになる?」
「第一軍団の総兵力は七万と聞いている。我々は二万、単純計算では勝負にならないな。だが奴らの弱みは、東から攻める我々と、西から王太子殿下に率いられ王都奪還を目指すであろう第三軍団に挟撃される形になることだ」
「その通りだね」
アミールが微笑を浮かべて合いの手を入れる。従軍に前向きでなかったこの義兄が、自分のために献策をしてくれる気になったことが、かなり嬉しいらしい。
「数の優位は活かしたい、だが二方向から攻められることは避けたい。そうなると奴らの選択肢は、兵力を一箇所に集めた上で、東西から来る第二、第三軍団を、各個に撃破するというのが自然だと思う」
「我が第二軍団が、先にぶつかるわけだね?」
「そうなるだろう。険しいザルド山塊を大軍で越えることは難しいから、第三軍団は三都から副都という風に、大回りして行軍せざるを得ない。副都の治安を安定させることにも力を割かなくてはいけないし、王都到着は我々よりも確実に遅れるだろう。本当は第三軍団を意を通じ、互いに呼応して王都を挟撃したいところだが、さすがに間に第一軍団のテリトリーが挟まっていては、連携は難しいだろうし」
「うん、そこまではわかる。ではなぜ、マハン平原なんだい?」
「背後が気になる以上、長期間王都を空けるわけにはいかない。いざとなればすぐ取って返せる……具体的には王都から二日以内の位置に決戦場を設定する必要があるだろう。そして第一軍団の兵力優位と自慢の騎兵隊を生かそうとしたら、起伏が少なく見通しも足元もよい広々とした草原地帯を選ぶことになる。そういう条件を満たすところは、そこしかないからね」
「ふむ、私も軍師殿と同意見ですな。二週間近くの行軍でわが軍が疲労しているところを撃つという狙いもあるのでしょうが」
バフマンが見事な髭を撫でながらファリドの言に同意する。アミールは益々嬉しげにうなずく。
―――ノリが軽い盟主が連れてきた怪しい素人「軍師」の進言を、これだけフラットに受け入れることができるとは……この軍団長も、なかなか器が大きいな。
素直に感心するファリドであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
敵の戦略については概ね合意したものの、それで第二軍団のやるべきことが変わるでもない。万を超える大軍を進めていくには、王都へつながる唯一の街道をひたすら行く選択肢しか存在しないのである。
ファリド達はアミールのもとを辞し、自分に与えられた小さな天幕に潜り込む。当然のように、二人用のものである。自分は一般兵士用の雑魚寝天幕、フェレも女性兵士と同室でよいと主張したファリドだが、バフマンに礼儀正しく謝絶され、このような仕儀となっている。
「あんなにものすごい魔術を見せちゃった後だし、兵士と一緒なんて無理だよ。みんな興奮してるから、寝かせてもらえないよ」
とは、アミールの弁。なるほどとは思うものの、どうもそれは自分が戦場に在ってもアレフと同衾することへの共犯者づくりではないかと疑うファリドである。
いずれにせよ、ファリドたちはここでいかがわしい行為に及ぶわけにはいかない。彼らの素行は、そのまま盟主たるアミールの信認につながるものであるのだから。
「……メフリーズは、戦場にならない?」
別々の寝袋に身体を入れ眠りにつこうとしたファリドに、フェレが小さな声で囁く。そのラピスラズリの瞳には不安の揺らめきが宿り、声も震えている。父母が在り、これからファリドと共に暮らさんとしていたメフリーズの村は王都街道沿いだ。心配するなという方が無理であろう。
「……あんなに頑張って麦を育てて、リドの言うことを聞いて果樹を植えて、ようやく落ち着いた生活ができると思ったのに……」
その眼から、流れ落ちる雫。感情表現が極めて下手だったフェレも、ファリドと過ごした二年の間に、ずいぶんと素直に自らの気持ちを伝えることができるようになった。そんなフェレを愛しいものに感じながら、ファリドは静かに答える。
「絶対大丈夫と言い切ることは無理だけど、巻き込まれる可能性は低いんじゃないかな。メフリーズは王都から数時間の距離、あまりに近すぎる。あんなところまで敵を引き付けるなんて危ない作戦を、王宮にいる人たちが許すはずがないから」
「……そう、リドがそう言うなら、信じる」
「メフリーズに限らずだけど、民が被る被害を最小限にするには、この戦を短期にきちっと終わらせることだ。フェレの魔術を効果的に使えば、戦を早く片付けられる、頼むぞ」
「……うん。リドができると言うなら、私はやるだけ」
ラピス色の瞳が落ち着きを取り戻し、キラリと光る。フェレは寝袋に入ったまま、まるで芋虫のような器用な動きでファリドにすり寄ると、その頬に一瞬だけ唇を落とした。
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