リクルート
その夜のアミールは、男どもの酒を断ることはなかった。
何のことはない、前夜ヘロヘロになるまで抱き潰されたアレフが、「お願いです、今宵は休ませて頂きたく……」と予防線を張ってしまったのである。
「振られてしまったかな……」
「初めての相手に無茶をやった報いだな、もう少し優しくしろよアミール」
「わっはっは、まあ若い男というのはそんなものなのである。私もハスティと付き合う前の若い頃は……むぐっ」
昨夜自分の娘を美味しく食べてしまった男に対して何のこだわりも持たず、夜の武勇伝を得々と語ろうとしていたダリュシュだが、フェレがつまみの載ったトレイを持って部屋に入ってくるのを見て、あわてて口をつぐむ。潔癖なフェレがそのトレイをダリュシュの頭に振り下ろす未来図が、容易に想像されたからであろう。
「まあそのお陰で、王都ギルドには一人しかいないと言われる『軍師』のファリド兄さんとじっくり話せるわけだからね、これも目的の一つだからまあいいかと」
「……目的って、何?」
猪肉の燻製をテーブルに並べ終えたフェレが、いぶかしげな表情になって問う。ふと見ればグラスが一つ増えている……フェレも今日は飲むつもりらしい。
「ああ、フェレ姉さん。今回僕は必死で休みを取って、ぶしつけな訪問をしたわけなんだけど、三つの目的があったんだ。一つはアレフに求婚すること、これは昨日果たした」
―――求婚だけじゃなく、その先まで全部済ませただろ!
思いっきり突っ込みを入れたいが、フェレがいるので胸の中にとどめるファリド。
「二つ目は姉さんの超絶魔術をこの目で見ること、これは今日実現したよね。本当にすごかった……」
「で、三つ目というやつは、何であるか?」
ダリュシュも興味津々だ。
「ファリド兄さんに、本物の『軍師』になってもらえないかと頼むこと」
「はあっ?」
さすがに驚愕するファリドである。
「軍団長と副軍団長は、自分直属の『軍師』を一人、自由に任命できるんだよ。それは民間人でもいいんだ。それをファリド兄さんにお願いしようと思って」
「いや、俺は『軍師』といったって、それはあくまでギルド内での肩書だ。実際に軍にいた経験は、そんなに長くないから、役には立たないぜ。銀鷲をもらうきっかけになった進言だって、たまたま当たっただけだしな。まあ、アミールの申し入れは俺を雇いたいというより、俺を雇えば最強の魔術師フェレがもれなくついてくるからだよな?」
ファリドの率直な突っ込みに、アミールはあっさりうなづく。
「うん、それも目的に含んでは、いるね。姉さんの魔術はとても魅力的だ……今日、さらにその思いを深くしたよ、一瞬で戦争の局面を変えてしまう力がある。だけど姉さんのこと抜きでも、兄さんに僕の近くにいてもらいたいと思っているのは本当なんだよ。僕が腹を割って心配事を相談できる相手は、残念ながら正規軍の中には、いないんだよね……」
確かにそうだろうなと、ファリドは納得する。この調子のよい王子にとって軍は居心地の良い場所ではあろうが、アミールはあくまで王族だ。いくら気さくな軍人たちであっても、さすがに一線を引いて付き合うだろう。義兄とはいえ「家族」を近くにおきたい心理は、よく理解できる。
「そうか。アミールからのご指名は、とても嬉しいな」
「それじゃあ……」
「だけど、俺は軍には行けない。大事な人を、もうこれ以上危険にさらしたくないんだ。俺自身は従軍することを何とも思わないけど、フェレが軍事行動に出るのは、ダメだ」
ファリドがきっぱり宣言すると、傍らのフェレの頬が見る間に桜色に染まっていく。「大事な人」というフレーズが、かなり気に入ったらしい。
「兄さんだけ来てくれるのでもいいんだけど、やっぱりダメかな?」
「……ファリドだけ戦場に行かせるなんてことは、絶対にしない。生きるのも死ぬのも一緒と……もう決めたから」
恥じらいによるものか適度の酒によるものか、頬をさらに染めたフェレが、きっぱりと言い切る。
「いやはや……熱いのは僕とアレフだけかと思っていたけど、兄さん姉さんもかなり糖分お高めだよね。うん、兄さんの言わんとしているところは、よくわかったよ。兄さんを正規軍に引きずり込むのは、すっぱりあきらめる」
「すまんな、アミール。戦争の手伝いはできないが……もう俺達は家族なんだ。家族が危ない目に遭った時には、みんなで助け合うのが当たり前だよな。アミールの身に危険が迫った時には、いつでも呼んでくれ。俺達は、家族として、アミールを守るから」
「……うん、もう、アミールも家族」
ファリドとフェレの言葉に、この饒舌だった王子がたっぷり十を数える間沈黙し……やがてその白皙の秀麗な頬を、真っ赤に染めた。
「そんなことを言われたのは初めてだよ、兄さん、姉さん! 僕も、アレフだけじゃなく、みんなを、家族を……幸せにするよ!」
家族の愛が薄い環境で育ったらしいアミールには、どうやら二人の気持ちが、やたらと深く刺さったらしい。勝手に大興奮した王子が、誰に話しかけるでもなく続ける。
「そうか、もう僕にも家族が! 今日は、飲むぞ!」
こうしてその晩、正体なくなるほど泥酔した王子……とかつて呼ばれていた物体……が一体生産された。へとへとのアレフにとっては、夜通し執着されずに済んで、ある意味幸せであったかも知れないが。
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