剣の手合わせ
模擬刀が激しく打ち合わされる音が、領主館の庭に響き渡る。
ファリドのシャムシールが上下左右あらゆる方向からアミール王子を襲うが、王子はそのすべてを両刃の長剣ではじき返す。
―――さすが正規軍の幹部様だけのことはある。正統派剣技の腕は、王族の生兵法ってレベルじゃない。俺じゃとても敵わないな。
まともに打ち合って勝てないとなれば、本来なら冒険者の剣技を……足払いを掛けたり砂で目つぶしをしたり……繰り出すファリドだが、さすがに王族かつ自分の義弟になるであろうこの対手に、それはできない。
やがて攻勢に転じたアミール王子に一方的に押しまくられ、庭の隅に追い詰められたところで、ファリドは模擬刀を下ろした。
「負けました、さすがです王子」
「ありがとう義兄上。だが、『王子』とかいう他人行儀はやめましょう。アミールと呼んでください」
「わかった、アミール。俺のこともファリドと呼んでくれ」
戦い終えた二人はがっちりと握手を交わす。
「おおっ! あの若殿が負けたぞ! 王子様というが、なんとも見事な剣技だな!」
「強いだけじゃなくてカッコいいわ・・」
二人の手合わせを絶好の見世物として集まってきた領民が、柵の外に鈴なりになって騒いでいる。ここは平和だが、娯楽が少ない村なのだ。
「ファリド様、アミール殿下は軍の大会で昨年三位に入られた御方なのです。お気になさらぬよう」
副官が気を遣って慰めてくれる。もっともファリドは自分が負けたことは気にしておらず、当然と思っている。ファリドは冒険者が十人集まって剣技を競えば、安定の二番目程度なのだ。正規軍で腕に覚えのある者に、そもそも勝てるわけはない。
「まあ、あくまで俺は前座だからな、アミール。主役はフェレだ。存分に立ち会ってみてくれ」
ファリドと同じシャムシールをびゅっと音を立てて振ったフェレが王子と向かい合う。
「……んっ……」
ごく軽い気合を入れたフェレの身体から薄蒼いオーラが溢れるのを見て、アミールが眼を輝かす。
「なるほど、義姉上は身体強化の魔術を使われるのか。ならば、本気でお相手する!」
そう叫ぶなりいきなり横薙ぎに長剣を振るうが、すでにそこにはフェレの姿はない。はっとする間もあらばこそ、側面からフェレの超高速攻撃が。それをとっさに受け止めたアミールの技量こそ、賞賛に価するであろう。アミールは力任せにフェレを押し返し、姿勢の崩れた対手に長剣を振り下ろす……女性に怪我をさせまいと剣の腹を向ける余裕をもって。
しかし、フェレの飛び退く速度は、予想を超えていた。しかも次の瞬間には体勢を立て直し、ものすごい手数と速度をもって逆襲に転じてくる。
「は……速いっ!」
模擬刀の打ち合わされる音が速すぎて、まるで連続音のように聞こえる。速度特化に強化されたフェレの打ち込みをすべて受け止めているアミールはさすがに達人の域だが、それにも限界が近づいてくる。
「く……くそっ!」
局面を変えるには、もう一度押し返して距離を取らねばならない。アミールは長剣に力を込めるため、わずかながらテイクバックを大きくする。その瞬間、彼の右手首にごく軽い痛みが走り……フェレは素早くアミールから離れ、シャムシールを下ろす。
「うむ……負けました義姉上」
ほんのわずかだけ大きくなったアミールの動きを鋭敏にとらえ、関節に打撃を与えて素早く飛び退く……万一にも王子を傷つけぬよう、刀の腹で打つ余裕をもって。ファリドの指南で鍛えてきたフェレのスピード刀術は、すでに師たるファリドが遠く及ばないレベルに到達していたのだ。
「……私のは、強化魔術を使っているから反則。アミールは、本当に強い」
フェレも、素直に王子の実力を賞賛する。
「義姉上の魔術は軍事レベルの威力とうかがっておりましたが……刀術に応用されてもこの強さとは恐れ入りました。ここまで鍛えたのはファリド兄さんと聞いていますが、さすがとしか……」
「……うん、リドはすごい」
真顔で応えるフェレに、やや照れ気味のファリド。
「……アミール、負けの罰は、私を義姉上じゃなく、姉さんとよぶこと」
どうやらフェレもこのお調子者の王子を、かなり気に入ったようだ。
「はい、姉さん。 ……ん? あ、アレフ~っ! 見てた~?」
突然アミールが明るく手を振り始める。その視線の先には、外の馬鹿騒ぎのせいで二度寝から覚め、二階の窓からこちらを見下ろしているアレフが。
アレフは照れたように小さく手を振り、アミールの方を見つめる眼差しはどこまでも優しい。残念な執着王子アミールはもはやフェレやファリドなど目に入らぬかのように、全力で二階に向けてアピールしている。
―――もう、もげてしまえ。
昨夜の寝不足被害を思い出し、毒づくファリドであった。
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