【一旦完結】デビュタント
前話からしばらくたって。
流れるように美しいつやのある銀色の髪。抜けるような白い肌に、小さな顔の輪郭。小さな鼻はつんととがって自己主張し、大きく青い瞳がとても印象的だ。薄い唇を少し残念に思う男がいるやも知れぬが、口元に常に微笑みを浮かべるその姿は実に可憐で、愛らしい。
王都カラジュの社交界にこの日デビューした騎士令嬢に、王国貴族の若者たちは眼を奪われていた。
芳紀まさに十九歳……社交デビューするにはかなり遅い年齢に感じられるが、噂によるとほんの数ケ月前まで病で床を離れられなかったという。しかし、現在はどうだ……頬には薄く血色がのぼり、大きく瞬くその瞳はくるくると健康的に動いて、いきいきとダンスステップを踏むその足取りからは、その噂はとても信じられない。
可憐な花に惹き寄せられ群がる蜜蜂たちのように、貴公子たちが次々と令嬢に話しかけ、ダンスを申し込む。令嬢は戸惑い、恥じらいつつも男に手を取られ、この日がデビューとは思えないほど熟達したステップを披露する。おおっという感嘆の声がどこからともなく上がる。今夜の主人公は伯爵夫人でも侯爵令嬢でもなく、この騎士令嬢となったようだった。
小休止した騎士令嬢に、三十代と思しき金髪の美しい婦人が声を掛ける。婦人の傍らには五十代の穏やかそうな風貌の紳士。
「まあ、すっかりお元気になられたのね。本当にお美しいわ」
「伯爵夫人様、ありがとうございます、兄姉のお陰をもちまして健康を取り戻しました。それより伯爵様もご本復なされましたご様子、お慶び申し上げますわ」
「まったく、危うく死にかけたが……君の兄上に紹介してもらった薬師殿のおかげでな。兄上にはいくら感謝しても足りないよ」
「そう言っていただけると、兄も喜ぶと思いますわ!」
と、令嬢を取り巻く人の波が、モーセの十戒がごとくすうっと割れる。そこから現れたのは二十歳そこそこと見える、長身の貴公子。
「お嬢さん、次は私と……踊って頂けますか?」
「はい……喜んで」
顔を輝かせつつ貴公子に手を取られ、再び美しく舞い始める令嬢を遠目に見て、主役を奪われた女たちが、また噂をする。
「第三王子まで、あの娘に注目するとは……」
「でも確かに、本当に綺麗……。あんな娘がアフワズにいたなんて、今まで知らなかったわ……」
「あら、ちょっと前まで病……呪いかしら? で死にかけていたって言うわよ。姉が魔女で、大魔術を編みだして妹を救ったとか……」
「ん~、私が聞いた話では兄がカーティスの司教を脅迫して、無理やり奇跡を降臨させたってことだったけど……」
あでやかに踊り続ける貴公子と令嬢を、傍らの即興絵師がものすごい速度で描いてゆく。移り行く貴重な一瞬を切り取るために、こういう特殊技能をもつ者が、身分の高い者たちの宴には必ず侍っているものなのである。ダンスを終えた第三王子……と噂された貴公子がそれに目を止め、その絵を手に取った。
「うん、これはとても美しく描けている。絵師よ、これを買おう。そして、美しい貴女に、差し上げたい」
「まあ、なんて素敵……うれしい、喜んで頂きますわ。ここにいない、私の大事な人に……見せてあげたいのです」
「ほぅ……それは、母上かな?」
「いえ。私に生命をくれた……姉と、兄です」
この日、夜会の主役であった令嬢は、アフワズ騎士ダリュシュの娘アールアーレフ……アレフであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
牛頭の魔物をシャムシールで、有翼猿を魔術であっさりと倒し、まだ暴れ足りなそうな風情のフェレ。フェレが倒した魔物から、魔石をせっせと回収するファリド。
ここは王都からほど近い、旧世界の遺跡。
出没する魔物も多く、ギルドも上級者推奨としている難易度の高い迷宮だが、二人は実に気楽そうに攻略を進めている。二人の肩にはそれぞれ金鷲の徽章が一個、それに加えてファリドには銀鷲が二個。
「フェレが全部片づけてくれるから、本当に俺のやることが無くなっちゃったよなあ……」
「……そんなことはない。リドはおとりとして重要」
「それは、ますます俺を落ち込ませようという返しだな!」
「……うまく伝えられなくてごめん、リドには……とても感謝してる」
「うん、わかってる……この辺は安全になったし、しばらく休憩しようか」
二人は傍らの岩に並んで腰かけつつ、持参した水筒からベルガモットの香りが付いた紅茶をマグに注ぎ、のんびりと飲み始める。
「……アレフと王子の絵姿、とても綺麗だった……見たかったな」
「そうだな。元気になってほんの数ケ月であんなに立派な令嬢になったんだから、大したもんだ」
「……アレフは私と違って、社交界で必要な勉強をちゃんとやってた。ダンス以外は」
「ダンスも、いざ習い始めたら、三日でフェレを抜いたけどな」
「……リドがいじめる……でも、おしゃれしたアレフ、本当に綺麗だった」
「元がいいからな。フェレそっくりの妹なんだから」
「……」
頰が桜色に染まっている。相変わらずほめられると照れまくるフェレである。
「フェレだって、ドレス着て化粧すりゃ、王都でも立派に通用すると思うけどな」
「……ふふっ。さすがに二十三歳の社交デビューとか、ありえない」
フェレはくっくっと小さく笑っている。
「なあ、フェレ……」
ファリドが話題を変える。
「フェレにとっては、妹を……アレフを救うのが、冒険者やってる理由だったよな。その願いは、いろいろあったけど……かなった。でも、まだ冒険者を……あんまりまともな職業じゃないが……続けてくれてる理由は、何なんだ?」
「……え?」
フェレは一瞬きょとんとした顔をして、それから破顔した。
「……あはっ。だって、新しい望みが出来たから」
「望み?」
「……うん。リドの……隣にいること……ずっと」
二人お揃いの魔銀ピアスにあしらわれたラピスラズリが、一層輝いた。
皆様、お付き合いありがとうございました。読んで頂けてうれしいです。
このあとカクヨムと同じ後日談十四話を、ゆっくり上げていきます。
その続きを書くかどうかは、考え中ですw