裏切り者は
やっと勝ったかと思ったら・・・
ファリドが必勝の確信をもってシャムシールを中段に構えたその時……ファリドの右肩を、巨岩がぶつかったような衝撃が襲った。
ファリドの肩から短槍が「生えて」いた。何者かが背後から槍を投げ、それがファリドの身体を貫いて串刺しにしたのだ。
「……リドっ!」
フェレが叫ぶが、先ほど全力を出した影響が身体に重く残っていて、動けない。ファリドがその場に膝をつき崩れる隙に、クーロスが素早く距離を取る。
「ふむ、俺は出しゃばらないつもりであったのだがな……クーロスを殺られてしまってはアガリが無くなってしまうから、やむを得んだろうなあ」
やや呑気な台詞を吐きつつ姿を現した人物に、フェレもファリドも見覚えがあった。二人を引き合わせ、ペア結成を熱心に勧めてくれた恩人のはずの……カシムであった。そしてカシムが左わきに抱えている、ぐったりと力を失っている娘は……
「……アレフっ!」
「くそっ……カシム、何で……?」
「嬢ちゃんにカネが必要な理由があるように、俺にもカネがいるのさ。だからクーロスに協力して、分け前をもらう、それだけだ。おっと嬢ちゃん、魔術は使っちゃいかんぜ。可愛くて病弱なこの娘を大事にしたいなら、な。嬢ちゃんの魔術を見せてもらったが、ありゃあ、すさまじいものだな……火竜を凍らせる魔術師なんて、王国、いやこの大陸でも他にいないだろう。半端魔術師の嬢ちゃんをあそこまで成長させたのは、坊主の力だな……坊主と嬢ちゃんを組ませたのは、危うく俺の最大の失敗になるところだったぜ」
「何で……俺とフェレを……」
「最終的に、こうやって殺すためさ。坊主の知恵は、多くの冒険者に軽視されているが、大したものだと俺は思っている。坊主が戦闘能力の高いパーティに迎えられたら、相乗効果で依頼はうまく回るだろうし、危機管理もしっかりしてクーロスといえども手が出しづらくなる。だから、足を引っ張ってくれそうな嬢ちゃんと組ませたんだがな。まさか魔術の使えない坊主に、魔術師の育成能力まであるとは予想できなかったのは、我ながら不覚だった」
「おほめ頂いて光栄、というべきところかな……」
軽口を叩いたファリドだが、出血がひどくなって意識が薄らいで来たことを感じる。
―――ギルド内に協力者がいることまでは承知していたが、まさか手練れのカシムが出てくるとは……俺がうかつだった。何か、何か逆転の策を考えねば……が、血が足りなくて頭がうまく働かない、畜生。せめてフェレとアレフだけでも……
「これで終わりだ。さあ、やれクーロス、この嬢ちゃんから先に、な」
十分距離を取ったクーロスは、かなり長い呪文の詠唱を今や終えんとしていた。そしてその手をフェレに向け……
「英気の槍、空間の刃……死ね、半端魔術師よ!」
その瞬間のファリドは「軍師」ではなかった。頭で考える前に、本能的に身体が動いていた。クーロスとフェレをつなぐ射線上に飛び出し、クーロスの魔術を自らの身体で受け止めんとする。魔術のもたらす衝撃波がいくつもファリドに命中し、そのうち一つが右胸を突き抜けた。
―――ああ、これは、ダメなやつだ……もう助からんな。だけど、最後に好きな女を守って死ぬってのも、決して悪くない終わり方かもな。
そしてファリドは、フェレに別れの言葉を告げることも能わず、そのまま地に倒れた。
「……リドっ! リドっ!」
フェレは男を・・自分を愛していると言ってくれた男を力の限り呼んだ。しかしもはや、この数ケ月の間フェレが頼り切っていた男からの返答は、ない。
「……リド……う……うわあぁぁぁぁっ!」
その瞬間、フェレが切れた。
そのラピスラズリの瞳をクーロスに向け、一瞬でフェレの全身が蒼い輝きに包まれる。クーロスが一歩下がって攻撃魔術の準備をしようとした刹那、彼の全身の衣服は燃え上がり、皮膚は瞬く間に炭化していった。二十を数えずして、天才魔術師であったはずの「もの」は、単なる炭と煤の塊に変わっていた。
「嬢ちゃん……なんだその魔術は……?」
「……リドが教えてくれた、空気の粒は揺れていると。そしてその揺れを魔術で止めれば、火竜をも凍らせる極限の冷気が造れると。そして……その逆もできるのだと。粒の揺れを大きくしてやれば、炎よりはるかに強い熱気が造れるのだと……。リドは私ならそれが可能だと言った……リドができると言ったなら、私は……できる!」
「おいちょっと待て……おいっ! この娘がどうなってもいいのか? この短剣が見えないか? おいっ!」
カシムは右手に持った短剣を、アレフの喉元に擬し……いや、擬そうとした。
しかし、右手が動かない。カシムが自らの右手を見ると、それはすでに氷の彫像であるかのように霜に覆われ、感覚も失われていた。
「……リドが教えてくれた『氷結』は竜をも凍らせる。人間の腕など、一瞬で動かなくできる!」
「うぉ……この、化け物が!」
「……ありがとう、いい誉め言葉」
カシムの上半身が感覚を失い、左腕に抱いていたアレフをとり落とす。フェレは悠々とアレフを抱き上げる。
「う……お姉様、お姉様……」
「……ごめん、アレフ……もう、大丈夫」……
「お兄様が……お兄様が……」
「……っ!」
ぶち切れていたフェレが、アレフの言葉で我に返る。
我に返ると急に全身が震え、ファリドが自分の人生からいなくなる不安がフェレを襲う。そして急に感情を取り戻したかのように、涙があふれてくる。
「……リド……死んじゃやだ……」
「……」
ファリドの胸がわずかに動いて、まだわずかに命の灯が残っていることを示しているが、大量の出血で意識はなく、もちろん言葉を発することもできない。
「……やだっ……!」
やはり反応は……ない。
「……好きって言ってくれたのに……まだ何もしてないのに、勝手に逝っちゃったらダメなの……」
「何かした後」なら死んでもいいのでしょうか? アレフは素朴な疑問を抱くが、もちろん口に出せない。代わりに提案する。
「あの……お姉様。姉様の魔力を……お兄様に生命力として分けて差し上げることはできませんか?」
「……あ、確かに……身体強化に使えるんだから、魔力は生命力になる……かも。……でも、どうやって分ければいいの?」
「そこまでは私も……」
フェレは眼を閉じて考えている。この数ケ月、頭を使うことは全部ファリドに任せてきた。しかし今は自分で、最善手段を判断しないといけない……やがてフェレは、ラピスラズリの眼を開いた。
「お姉様、わかったの?」
「……わからない。でも、やるしかない、何かを」
フェレが眼を見開くと、全身の蒼いオーラが輝きを増す。その輝きが頂点に達した時、フェレは自らの唇をファリドのそれと重ね合わせた。
そのまま百を数えるほどの時間が流れた。フェレは力尽きたようにファリドの上に倒れこむ。ファリドの意識は相変わらずないが、その身体全体から薄白い光が発せられている。
「お姉様……成功……したの?」
「……どうかな……でも……力は、渡せたと思う……」
「そう……きっと大丈夫、とっても素敵なキスだったから」
「……それ、なんか関係ある?」
別の意味で、お互い残念な姉妹であった。
次回でメインは完結します。⇒間違いです。次々回です><
そのあとカクヨムで投稿した後日談と同じものを十四本ほど上げる予定です。
なぜかここ二~三日、とっくに完結したカクヨムの本作アクセスが増加しています。もしかしてこちらで読んで頂いた方がおいでになっているのでしょうか。ありがたいことです。