再出撃
結局、絶好のチャンスに何も進展しなかった二人は、たっぷりした朝食をとってから宿を出て、アリアナたちと合流した。
「では、タブリーズ伯領に向かいます。アリアナさん、覚悟は良いですね」
「もちろんです。ネーダとも昨晩よく話し合いました。ネーダが村の有力者を説き伏せてくれるはずです」
「道中、敵に襲われる危険も、大きいですよ?」
「もちろん承知しています。でも、それは仕方ありません……そう、もう私達は護衛対象ではないのですから、私達にも働かせてくださいね。戦闘は護身術程度しかできませんから、生活面は任せてくださいね。夜中の不寝番も私達が担当しますから」
「……それは助かります。これからは野営が基本になりますし、寝不足だと索敵が億劫になってしまうので……」
「そうだと思いました、ぜひ任せてください。うん、昨日は二人とも気持ちよく眠れたみたいですね。それとも……もっと気持ちのいいこと、したのかしら?」
「いや、それはまだ……」
「ふ~ん、『まだ』ってことは、する気は満々なのね」
―――ああ……またやってしまった……。
打ち解けてくると、結構キビしく攻めてくるアリアナだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
タブリーズ伯領まで馬車でおよそ五日。最短距離となる街道沿いには大きな都市がなく宿場もまばらであるため、野営が基本となる。
夜はファリドとフェレが馬車のキャビンで眠り、アリアナとネーダが交代で見張りをする。逆に昼はファリドとフェレで馭者と索敵を担当し、アリアナ達はキャビンで揺られながら寝るということになる。夜眠れる分、ファリドの負担は大いに減っている。鈍感なフェレが索敵に役立たないのは以前と同様なので主に手綱をフェレに預け、周囲の気配にアンテナを張ることに集中する。
隣に座るフェレは、ぼんやりと馬を操っている……ように見えるのだが、ファリドから受けた「宿題」に挑戦しているのである。
火竜まで使役するであろう敵クーロスの攻撃を防ぐには、砂粒と唐辛子だけでは難しい。フェレの「細かい粒ならどんなものでも、いくらでも」動かせる念動魔術をより拡張し、ごく短時間で相手を無力化する魔術を編みださねばならない。
すでに、何をどんなふうに動かすかというイメージは、ファリドから与えられた。だがそれはとてつもなく高度で難しく、時折フェレが蒼いオーラを身にまとわせるそのたびに、ため息をついている。それを見るファリドは、妹を見るような優しい眼で微笑みつつ、彼女の頭を撫でる。
―――焦っても仕方ない。もういくつかのバリエーションは出来るから一定レベルでは戦える。だげ、火竜が出てくるとなると、今練習している奴が欲しいんだよな……。
と、ファリドの感覚に何かが引っかかる。
「フェレ、止めて」
素直に馬車を止めるフェレ。次の瞬間、ファリドが叫んだ。
「左から弓! フェレ、『烈風』を!」
間を置かず、左前方から二十数本の矢が一斉に、馬と馭者席に向かって殺到してくる。とても切り払える数ではない……が、丁度その時吹いた強烈な横風にあおられ、運よく一本も命中しない。
「よし、いいぞフェレ! そのまま!」
風は止まない。しかも不定期に風向きを激しく変えつつ猛烈な風速で吹き続ける。ファリドが馭者席から飛び降り、矢の飛び来た方向へ全力で走る。そこに居たのは……弓を持った小鬼だ。
小鬼……ちょっと魔力の溜まるところに住まったらすぐ猛烈に繁殖する魔物である。それほど膂力は強くなく複雑な戦術眼も持っていないので単独では人間族の脅威にはなりえないが、弓や刀剣を一定レベルで使いこなす。数を恃んで力押しで襲ってこられると、少数の人間ならば簡単に殺され、食われてしまう厄介な奴だ。
幸いなことに猛烈な突風が吹き続けているため、弓は無用の長物と化している。ファリドはシャムシールを縦横に振り回し、存分に小鬼どもを蹂躙した。集団で襲ってくれば脅威だが、集団を分断し一対一に持ちこめば、あきれるほど弱い。ファリドは二十一体の小鬼を斬り殺し、周囲の残敵がいないのを確認した。
「こいつらを使役しているご本尊……クーロスはここには一緒にいないみたいだな。この辺を俺達が通ることを予想して伏せておいたのかな。フェレ、もういいぞ」
あれほど荒れ狂っていた暴風が、ぴたっと止む。
「うん、考えていた以上にフェレの魔術は役に立つなあ、よくやった、ありがとう」
「……うん、『烈風』は、もう簡単」
褒められたのが余程うれしかったのか、頬を桜色にしながら満面の笑みを浮かべるフェレ。
騒ぎに驚き起きてきたアリアナとネーダが、目を丸くしている。
「さっきの風はフェレさんの魔術なの? すごい……」
「自然を操るなんて、びっくりですわ……」
―――本当にびっくりだよな。俺もここまで急速に伸びるとは、思ってなかったよ。
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