敵の策略が見えた?
「なるほどな。これで話が見えてきた」 とファリドがつぶやく。
「……何が?」 とフェレ。
「いや、そのサイード師が、フェレや俺を狙う理由が、さ」
「……さっぱりわからない」
ファリドはネーダの方に向き直った。
「なあ、ネーダちゃんよ。そのサイード師は、薄青色の髪じゃなかったか?」
「そうだけど、何で知ってるの?」
「年の頃は三十過ぎくらい、フェレと同じようなラピス色の瞳、極めつけは、片目なんじゃないか?」
「そ、そう、そうだけど……」
うろたえるネーダ。
「……ん? それって、こないだ聞いた副都の魔術師?」
「そうさ。ここんとこ冒険者を殺しまくっている魔術師クーロスが、ネーダの村ではサイードと名乗って、村人たちに救世主と崇められているってわけさ、笑っちゃうだろ」
「……そうか、だからアリアナさんに、冒険者を誘い出すような依頼を出させては、抹殺してたんだ」
「そして、俺達に対しては度重なる失敗に焦れて、直接に殺害する命令が下ったというわけだな」
ネーダは二人の会話についていけず、口をはさんだ。
「意味がわかんないわ。サイード師があんた達を殺す動機は何なの? 何もメリットがないはずよ!」
「いや、あるんだよ。ものすごく直接的なメリットが、ね」
ファリドは薄笑いしながら、そう答えるのだった。
それからファリドとフェレの二人で、ギルド互助会で起こっている問題を残る二人に丁寧に話していった。
ギルド互助会の仕組み。その積立金が三十万ディルハムに達していること。そしてそれを分配するべき互助会メンバーの急激な減少、つまりは配当独占を狙う者が暗躍していること。生き残りの五名のうち二名が、当のファリドとフェレであること。残る三名の中に首魁がいるはずだが、その手口から副都を本拠とするクーロスという魔術師が最も怪しく、その風貌はネーダがサイード師と呼ぶ者に酷似していること……
しかしネーダはまだ納得していない。
「いくらそのクーロスがサイード師と似ていたって……いや仮に同一人物だとして、クーロスという人がなぜ一番怪しい、となるの? サイード師は魔物から私達を守ってくれた人、おカネのためにそんなことをする人ではないわ」
「ああ、説明が足りなかったか。ここんとこ消された『互助会』メンバーは、いつもなら高位の魔物なんか出ない都市の近くに、突然出現した強力な魔物にやられているんだ。これって、お前の村で起こったことと、似てないか?」
「う……それだけでは……」
「そして、そのクーロスは魔術全般の天才だが、特に得意とする魔術は魔物を意のままに動かす『使役魔術』だ。王国にその魔術をまともに使えるのは一人しかいないそうだ。さてネーダ、そのサイード先生が『使役魔術』を駆使できるクーロスだという前提で、村で起こった出来事を振り返ると、どうなる?」
「まさか……そんな……」
ようやく真実にたどり着いてうろたえるネーダ。
「……自作自演ということ、だね」 とフェレ。
「そうさ、使役魔法で自分が引っ張ってきた魔物を村の近くで暴れさせ、そこにさっそうと現れて魔物を倒し、救世主となる。もちろん不老の何とかいう魔具は、クーロスが自分で井戸に放り込んだものだ。それまでの恐怖が裏返しになって、村人たちの信頼は……というよりもはや信仰だが……極めて強固なものになるだろう。ネーダの村は今やクーロスにとって自分の信者で固められた最大の安全地帯であり、副都から姿を消している現在は、おそらく村を本拠として行動しているはずだ」
「そんな……そんな……」
ネーダが震えながらつぶやいている。
「さあ、そういうことだ。俺達としては放っておけないな。クーロスの本拠地がわかった以上、それは潰す」
「村を滅ぼすということ?!」
ネーダがきっとファリドをにらむ。
「村を滅ぼしたって何の利益もないよな。村全体だまされてるだけなんだから。クーロスを追い出して、帰ってこられないようにすればいいだけなんだが……きっとみんな信じ込んじゃってるよなあ『サイード師』とやらを。さっきのネーダみたいなのが何千人もいたら、説得しきれないわな、どうしようか……」
「私が参りますわ。これは領主家の責任です」
「アリアナさん、志は尊いのですが、村の連中はいまや伯爵家を敵とみなしているんですよ? かえって水に油を注ぐことになりませんかね。何千人の村人が鋤鍬を持って襲い掛かってきたら、俺とフェレじゃ守り切れませんよ?」
「ネーダを連れて行きましょう。村の者を説得するためには、『中の人』が話さねばなりません。もちろん、フェレさんに今晩の出来事を許していただけることが前提ですが……」
「俺もそれはいい考えだと思いますが、さて、肝心のネーダがその気になるかということですが……ん?」
ファリドがネーダの方を見ると、フェレが何やら微笑みながら、甲斐甲斐しく世話を焼いている真っ最中だった。ファリドが不必要なまでに強く拘束した銅線を勝手にほどき、銅線が食い込み血行が悪くなって痺れた手先を、必死で揉みほぐしたり温めたりする姿は、先ほどまでのいきさつを考えなければ、微笑ましいのだが……
「あの……フェレ、嬉しいのだけど……私はフェレを殺そうとしたのよ?」
「……うん、わかってる……とても悲しかった。だけど、ネーダが悪い子でなかったことがわかってうれしい」
強いて言えば美しい友情と言えなくもないが、どこかズレているところが残念だ。伯爵とフェレに一服盛り、アリアナを脅迫し、あまつさえフェレに短剣を振り上げたネーダは十分「悪い子」である。信念に基づいて危険を冒していた、というのは事実であるのだが……
「あ……うん……ごめん、ごめんなさい……」
ネーダの眼から熱いものがこぼれる。
「……うん。でも、もう私とファリドは襲わないでね」
フェレは天使のように微笑んでいる。
―――なんと大きな慈悲と友愛……じゃないよな。フェレはニワトリみたいなもんなんだろう。三歩進んだら何されたか忘れてる、みたいな……
とんでもなく失礼なことを考えているファリドである。
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