プロポーズしちゃった?
その晩は、フェレがアレフと一緒に寝るというので、ファリドがフェレの部屋「だった」ところを占領できた。ダリュシュの親父が同衾同衾と騒いでいたが、期待に応えるわけにはいかないのだ。お陰でぐっすり休んだファリドは、さわやかに朝の目覚めを迎えた。
アレフべったりのフェレは放っておいて、ファリドは村を散策する。本当に、畑の他には、何もない。作物も小麦がほとんどで、カネになる商品作物はない。これじゃ貧乏村になるはずだよなと、ため息をつくファリドである。
貧しい村だが、領民の人懐こさには癒される。少し歩いただけでも
「おお、お嬢のオトコじゃな、ええ男じゃ」
「冒険者なんてカッコいいな、お話聞かせてよ」
「あのお嬢がねえ……可愛がってやっておくれよ」
次々声を掛けられる。田舎の住民は人見知りが多いのだが、ここの領民たちは旧知の者のようにあけっぴろげに接してきて心地よい。冒険者が珍しいのであろうが、それ以上に皆、領主の娘であるフェレが好きなのだろう。
館に戻ってみると、昼飯はさっき領民が唯一自慢していた、地域の名物だという生パスタだった。ソースはバジルとチーズ。すべて自家生産品。名物って言っても結局小麦なんだな……と考えながら最初のパスタを口に運んだファリドは少し見直した。
これでも八年間オール外食のファリドはそれなりに舌が肥えているが、自家生産とは思えないもちもちした絶妙な感触は、王都でもなかなか出会えない。そもそも王国では、ほとんどの地域でパスタといえば乾麺だから、生というだけで珍しい。
「これは美味いですね!」
「そうだろうそうだろう。何しろ小麦が良いからな。おまけに……今日の麺はフェレが打ったのだぞ」
「えっ……フェレ、そんなことが出来たのか?」
ここまで、フェレを「食うのが専門」と思っていたファリドは驚く。
「……この村では、女はみんな子供のころから生パスタの打ち方を叩きこまれる」
―――お前を女の仲間に入れていいのかどうかだな!
心の中で突っ込むが、口に出すのはやめておく。
「う~ん、しかしうまい、こんなパスタなら毎日でも食わしてもらいたいなあ」
褒めて伸びるタイプのフェレだから、若干大げさに褒めたつもりのファリドだが、なぜかフェレの反応がおかしいことに気付く。耳まで赤くなって下を向いて固まっている。周囲を見回すと、ダリュシュとハスティも、ファリドの方を驚いた眼で見ながら、言うべき言葉を探しているようだ。
「あの……俺、なんか変なこと言いました?」
沈黙からいち早く立ち直ったのはダリュシュだった。
「おお、その言葉を待っていたぞ! 昨晩からの婿殿の反応を聞いていたら、『その気』がないのかと心配していたのだが、こんな場で大胆に申し込むとはさすが見どころがある男だ、うむ、これで安心だな! フェレでかした、もちろん返事はOKだな?」
フェレは益々赤くなって完全に固まっている。ファリドは何のことだかわからず呆然としている。ようやく我に返って謎解きをしてくれたのは母親ハスティだ。
「ああ、ファリドくんは意味が分かってなかったのよね。あのねファリドくん、生パスタを自宅で作って食べるこの地域ではね、男性が女性に『パスタを毎日食べさせて下さい』って言うのは、『結婚してください』って意味なのよ」
今度はファリドが赤面する番だ。
「えぇっ! いや、あの……はい、知りませんでした……」
「なんと! 知らなかったで済ましてはいかんのである! 男子たるもの一旦口に出した言葉は……」
「いじめちゃダメよダリュシュ。この地域だけの習慣なんか、いくらファリドくんが物知りでも知らなくて当然。知らないで言ったんだから、これはノーカウントよ。二人がそのつもりなら、いつかそうなるでしょ」
母ハスティが常識人で、救われたファリドである。
「うむむ……残念だ、なあフェレ」
「……」
「フェレ?」
「……本当かと……思ってしまった」
ファリドはその言葉に驚いてフェレの方に振り向き、そのラピスラズリの瞳が濡れているのを見て、さらに固まることになった。フェレは涙を見られまいと、
「……塩取ってくる」
席を立って厨房へそそくさと駆け込んでしまった。
「まだネンネのフェレには、ちょっと刺激が強すぎたみたいね。ファリドくんが悪いわけじゃないから気にしないでね」
―――と言われてもなあ。
フェレが泣いたところなんか見たのは初めてのファリドもかなり動転しており、あれほど美味かったはずのパスタの味がまったく感じられない。
「ちょっと私行ってくるわね」
なかなか戻ってこないフェレを気遣って、ハスティも席を立った。
やがて戻ってきたフェレだが、いつもは薄青い白目が赤くなっている。ファリドはフェレを正視できず、微妙な雰囲気が食卓を流れる。
―――なんとかこの空気を変えないと……。
「あ……フェレ、ここ二日鍛錬をサボっているからなまってるだろ。午後には時間を作れるよな?」
「……え、あ、はい……」
ぎこちなくうなづくフェレであった。
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