なぜか実家の居心地が良い件
できるだけ簡潔にしゃべろうと思いながらつい長くなってしまった、と反省しつつファリドが話を終えると、父ダリュシュがいたく興奮していた。
「まさに凄い活躍であるな! フェレ、でかした! お前はすごい婿殿を捕まえたものである。いやはや、無口で洒落っ気も色気もなく、これは無理かと親を心配させてきたお前が……うむ、父は嬉しいのである」
―――いや、「婿殿」じゃねえから……この親父、人の話聞いてねえな……
ちょっとはフォローしろよとフェレの方を見れば、桜色になってうつ向いている。
―――これじゃ益々誤解が大きくなっちゃうじゃねえか!
「いや、あの、さっき言ったように、何か約束をしたわけではないですから……」
「うんうんそうであるな、『まだ』だったのであるな。まあ『いずれ』そうなるのであるから、良いではないか。フェレもその気みたいであるし、なあ」
フェレはもはや桜色を通り越して耳まで赤くなっている。ただでさえ口の重いフェレに、事態を否定してもらうのは難しいようだ。親父はますます上機嫌だ。
「しかし、軍事の専門家ではないのに、書物から吸収した知識だけで一軍の危機を救うとは、大したものであるなあ」
「まあ、読んだ本の数だけは多いですが……あの出来事はたまたま当たっただけです。むしろ、素人の俺が言うことをよく聞いてくれて、思い切って採用してくれた大隊長や将軍の人徳、だと思いますよ」
「うむ、私も若い時には正規軍にいたが、むしろ硬直的な組織が気になっていたのである。ファリドくんの話に出てくるような物わかりの良い将軍なんていうのは……もしやイマーン将軍であるか?」
「そうです、よくご存じですね」
「正規軍の上層部でそのような柔軟な貴族はあの方くらいであったからな。その大隊長も含めて、よい指揮官に恵まれたわけであるな。しかし婿殿のような活躍をしたならば、正規軍に入れと誘われなかったのであるか?」
―――だから婿殿じゃねえって……言っても聞いてくれないしな。
「ええ、特に大隊長からは熱心に誘われました。すぐにでも将校にしてくれると言われて。ですが、俺は両親を戦争で失っているので、正式な職業軍人、というのには抵抗がありまして」
「む~ん。それは仕方ないのである。まあ冒険者に戻ってくれたおかげでフェレと出会えたわけであるからな、我が家にとっては重畳重畳」
どうやっても、そっちの方向でまとめたい父親ダリュシュであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
母親ハスティと使用人の中年女で調えた夕食を、妹アレフを除いた四人でとる。アレフは自室で、より軽い食事をするようだ。堅いパン、鶏とじゃが芋とブロッコリーのスープ。お客様扱いされず、一家のいつもの食卓に招かれたような雰囲気が、ファリドを和ませる。
「ごめんねファリドくん、急なんで普段食べてるものしか用意できなくて」
「こっちこそ急に押しかけて、ご馳走になって済みません。このスープ、すごくおいしいですよ。それに、こういう風に家族で食卓を囲んで、っていう食事を、もう何年もしていないので嬉しいです」
「あら、嬉しいことを言うわね。何なら、ずっと一生ここで食べていっても構わないのよ~」
―――何気に怖いこと言うなあ。この一家、グイグイ来るよなあ。
「ねえ、フェレ?」
「……わたしは、アレフのためにがんばりたい。ファリドは、一緒にやってくれると言った」
「あら、頑固な子ね。でも、ファリドくんにあまり負担をかけてはダメよ……まさか、お金を出させたりしてないわよね?」
「……」
フェレはもじもじとフォークをいじくりまわしている。さすがに金銭的にファリドに全部ぶら下がっている現状は、親には言いにくいらしいが、嘘もつけないフェレである。
「ん……どうなの?」
結局、少し問い詰められると、フェレは白状するしかない。
「……ご飯はおごってもらってる。服も、装備も買ってもらった……宿代も、私は出してない」
「まあ、あきれた子! ファリドくんごめんなさい、わが子ながらこんな図々しいとは思わなかったわ。かかったお金は……すぐとはいかないけれど、必ず返しますからね」
「いえ、それはいいんです。俺は冒険者として仕事をしたかった。だけど一緒にやってもいいと言ってくれる相手がフェレだけだったんです。飯はフェレが十分に戦える体力をつけさせるためですし、装備は俺とパーティを組むためにフェレが戦い方……主武器まで変えないといけなくなったからですし……まあ宿は、一部屋に一人でも二人でも、料金は変わりませんから」
「でもねファリドくん……」
ハスティが言い募るところに、突然ダリュシュが勢い込んで口を挟む。
「なんと、二人は同室なんであるな! うむ、すでにそういう関係であったか。でかしたフェレ! これで婿殿と呼んでも差し支えなかろうて」
―――しまった、そっちに突っ込まれたか……
「いや、きちんとベッドは別ですし、何もやましいことはしてませんので……」
「む? やましいこととは何であるかな? 若い男女が同衾すれば、なるようになるのは自然の成り行きというものであるのだがな?」
「だから同衾してませんって!」
「じゃあ、なんで部屋まで一緒にしてるの?」
ハスティも不審を抱いたらしい。
「あ、それはですね。フェレがとんでもないところに泊ってるということで……決して不埒な動機では」
「とんでもないとこってどこなの、フェレ?」
「……農家の……納屋」
今度はハスティとダリュシュが黙り込む番だ。やがてハスティが
「それで……一緒の部屋にしようって言ったのはどっちなの?」
「……私が……泊めてほしいと言った」
ハスティが、はぁ~っと深い深いため息をついた。
「フェレがアレフのために一生懸命に、あれもこれも切り詰めてくれてるのは理解できたわ、とってもいい子ね。だけど私たち、あなたの育て方を何か間違えたかも……」
さすがにフェレはうつむいている。いくら「残念な魔女」でも、自分の行動が世間の常識から外れていることは、理解しているらしい。
「いやいやいや、フェレの育て方は間違っていなかったのである! 婿殿を落とすためのその積極的な行動……ううむ、成長を感じるのである。我が娘よ」
―――この親父……能天気というか何というか。フェレの性格は親父によるところが大きい気がするぞ。
「……落ちてない」
―――こらフェレ! その返しはないわ~。てか「婿殿」を否定してくれ。
「頭が痛くなってきたわ……」
どうもこの中で常識人は、ハスティだけであるらしい。
「俺もです……」
一方非常識人二人は、まだ漫才を繰り広げている。
「もうこの人たちに構わないで、ご飯食べちゃいなさいな、ファリドくん」
ブクマ、評価など頂けると喜ぶ作者です