可愛い妹
玄関先の広間で……やはりファリドが睨んだ通り領内の大小行事を挙行する場所であるらしい……旅塵を拭う。ハスティとダリュシュという名であるらしい母親と父親も一緒だ。
「……アレフの調子は、変わりない?」
「大きくは変わっていないわね。でも、フェレが最後に会った三年前よりは、弱っているわ」
ハスティが答える。
「……そうか」
「ねえフェレ、無理しないでいいのよ、『カーティスの奇跡』なんて上流貴族か大商人くらいしか受けられないものなのだから」
「……可能性があるなら、その間はがんばる」
「フェレは優しい子ね……」
止めても無駄、と悟った様子の母ハスティ。
「妹君はご病気と伺いましたが?」
「あら、そんなよそゆきの言葉使いはいいのよファリドくん、もう家族なんだからね」
―――いや、それ絶対誤解だから、暴走だから。
「病気といっても、原因も治療法も、よくわからないのよ。若い娘がかかりやすい病なのだそうで、最初は微熱や目まいから始まって、十年以上かけて徐々に体が弱っていくのよ。病気というより、呪いのようなものではとも言われているわ。私たちの力で診せられる薬師や治癒魔術師には、もう匙を投げられているの。ただ、ケルマーン伯のご令嬢が同じ症状になった時に、カーティスの奇跡を願われて快癒した、というのだけは事実……だからフェレは『奇跡』にこだわっているわけなの」
「そこまではフェレ……シュテフさんから聞きました」
「あら、まだ話し方が硬いわね、いつも通りにしなさいな。そうね……でも、『奇跡』を願うにはね、教会に二十万ディルハムも寄進が必要なの。余程良いご領地をお持ちの大貴族様か、王都の大商人でもなければ、払えるものではないわ。そして、もし寄進ができたとしても、その年に奇跡を願ってもらえるかどうかは、聖職者様の裁量……ようは、コネがあるかどうか、で左右されるの。私たちのような騎士階級には、教会に働きかける力はないわね」
「……あきらめたら終わり。アレフが生きてる限り、あきらめない」
「こういう子なのよねえ」
「そうですか。私……いや俺にも当然そんな大金稼げませんけど、フェレの望みに少しでも近づくように、手助けできるところは、していくつもりです」
「ファリドくん、君がフェレを大事に思ってくれるのはありがたいのであるが、アレフ……妹のことまで背負ってもらっては申し訳ないのである。フェレのことだけ考えていてくれればいいのである」
何かまだ深い誤解があるように思うファリドだが、いまさら違うんですと主張するのもはばかられる。それにしてもこの両親はずいぶん気楽であけっぴろげな人たちであるらしい。
「アレフ様が起きられました」
使用人の中年女が呼びに来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アレフ……妹の寝室は二階の南向き、一番眺めの良い位置にある。
寝台の上で上半身を起こした少女が、フェレを見て目を輝かせる。
「お姉様! 会いたかった!」
こぼれるような笑顔は実に愛らしい。大きな目と小さな鼻、薄めの唇などはフェレとそっくりだが、顔色はフェレの桜色を帯びた白と違って、ずっと部屋にいるせいだろうか青白い印象だ。長い髪はフェレの漆黒に濃紺が混じった不思議な色とは真逆の、銀を流したような美しさ。父親の髪は黒、母親は銀髪、バランスをとって遺伝したものだろうか。
「……うん、帰ってきた」
「もう三年だよ……忙しかったんだね。お姉さまは私のことになると無理ばっかり。少しは自分の幸せを考えて」
「……アレフが笑っているのを見るのが私の幸せ」
「ありがと……」
しんみりとするところに、父親が割り込む。
「それがなあアレフ! フェレが婿を連れてきたのである! こいつは驚きなのである!」
「あら……初めまして、ダリュシュの娘アールアーレフですわ。こんなだらしない格好で申し訳ございません、お兄様」
―――いやお兄様じゃねえし! 面倒な誤解がどんどん増殖していくじゃねえか!
「いや、まだお兄様というわけじゃ……。俺は、ファルザームの子ファリド。」
「あら、『まだ』ですのね。では、『もうすぐお兄様』、こんな妹ですけど、よろしくお願いしますわ」
「いや……ああ……」
―――またやってしまった。しかしこの家族、みんなこんなに口が達者なのか。フェレだけあんなに口が重いのは、神様とやらのいたずらか。
アレフは天使のように、ころころと笑っていた。フェレはそれを見て幸せそうに微笑んでいる。宮廷画家を連れてきて描かせたいほど絵になる二人だな、とファリドは思った。
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