遭遇(MAPPA)
「えええええええええええ!?」
人は、本気で驚いたときには肺から絞り出した呼気とともに大声を上げることしかできない。
そんな状況でも
「すげぇ」じゃねーよ!
なにがどうなってんだよ!?
確かに爆薬ドカンしましたけども!!
「ススススーザンちゃん!?」
説明を求めてスーザンちゃんを見ると、
「えっとねぇ、あたしの彼氏がぁ、麻薬所持とかで捕まっちゃって……それでね、捜査に協力してくれたら、罪を軽くしてくれるってぇ。司法取引? っていうの?」
そんな取引あるかぁ! いや、治安本部が「ある」って言ったらあるのかもしんないけどぉ!
「貴様が『蜥蜴とピッケル』の業務でこの界隈に出没することはわかっていたからな。『童貞』には女を当てる。それだけのことだ」
「どどど童貞ちゃうわ!」
おい……なんで捜査員どもは顔を見合わせて「フッ」とか笑ってやがりますか?
そんなに俺って童貞臭ありますか?
くんくん。
……少々ニオイはある。3日はシャワー浴びてないし。
「ダフニア……貴様はあまりにも許しがたい。我らがゼノス部長を破滅に追い込んだ罪、つぐなってもらうぞ!」
「麻薬持ってたのはあのオッサンのせいだろ!? 俺関係ねーよ! つーか逆恨みかよ!?」
「反省の色もないのか!! 全員、確保ー!!」
全員、って言ったってこんな小部屋じゃ身動きも取れない。
とりあえず室内にいるふたりが手錠を取り出し、飛び掛かってきた。
「なんで風俗店で男に飛び掛かられてんだよ!?」
股間を隠していた——俺のマグナムはすっかりデリンジャーだ——シーツをぶん投げる。
一瞬、ほんの一瞬だけど目隠しになる。
「無駄な抵抗をするな!」
「リーダー、シャワールームに逃げました!!」
「バカなヤツだ」
狭苦しいシャワールームではあったけど、内側からカギをかけられるのは幸いだった。
「鍵を開けろ。さもなくば蹴り破る」
それは俺の
「リーダー、なんなら銃弾をぶち込みますか?」
ひぃっ!?
股間がキュッてなった!
「それもいいが、生きて逮捕せんと、地獄の責め苦を味わわせられない」
「確かに……」
確かにじゃねーよ! 治安本部はどうなってんの!? 人でなし集団なの!?
「コウモリを大量に殺し、血肉を降らせた人でなしにはしっかりと罰を与えんとな」
……ふむ。
俺も、まぁ、そこそこ人でなしなことをしたかもしれん……。
って、そんなこと考えてる場合じゃなかった! どうしよ、どうしよ、どうしよ!
俺はきょろきょろ見回して——
「……ん? スーザン、なんだ? ああ、鍵があるのか。それならこれで開けよう。——全員、ダフニアが飛び出してくるかもしれん、構えろ!」
「おうっ!」
カチャリ、と鍵が開いた。
扉がサッと開かれる——。
「な……!?」
そこで、連中は見たはずだ。
「!!」
そして、もうひとつ。
「窓だ!! 小窓から出て行ったぞ!!」
開けっぱなしの窓を——ガチムチ捜査員では絶対に通れず、俺くらいのヒョロガリでなければ通れないほどの空間を。
「あっぶねえ! 間一髪助かった! だけど事態はなんも変わってねえわ!」
俺はいまだにスッポンポンだし、裸足だ。
風俗街の裏路地なんてなにが落ちてるかわからない。日も沈んだので足元は真っ暗だ。
さっきヌチャッとしたものを右足が踏んだけどあれはなんだったんだ……きっと風俗嬢の落としたパンツが先日の雨で濡れたんだな。きっとそうだ。
「——どこ行った!?」
「——こっちの路地じゃないか!?」
クソ、捜査員どもが走り回ってる。
幸い店舗同士の裏口がつながりあっていてここは迷路状態になっている。
だけどいつまでもこのままではいられないし、やがては追っ手に捕まってしまう。
(どうした、「幸運」スキル! 発動中だろ!? 今が輝きどきだろ!? もっと燃えてみせろよ!!)
そういや前回スキルが発動したときは花火の燃えかすが落ちてきて魔導爆薬の導火線が燃え上がりましたっけね。
これもしや「不幸」スキルなのでは?
「あそこにいたぞ! ダフニアだ!」
サーチライトの明かりが飛び込んで来て、俺の身体を——文字通り一糸まとわぬ身体を照らし出した。
ああ……。
なんなんだよ、俺の右足が踏んだの……よくわからん緑色の物体がへばりついてんだけど……。
「追えーっ!!」
「ちきしょー!!」
走り出した俺の目の前、急に扉が開いた。
「お?」
そこにいたのはくわえタバコの、眠そうなバーテンダーっぽい男。
どうやらゴミを出すために扉を開けたらしい。
「ちょっと! 失礼するよ!」
「え!? なんだよお前、なんで裸!?」
「——あの建物に入ったぞ!!」
「うお、まぶしっ、なんなん!?」
男の横をすり抜けて中に入ると、すぐに厨房があった。
広々として、ピカピカの厨房はなぜか無人だった。
クソッ。ここにも俺の身体を隠せるものも服もない! 皿一枚ない!
俺は厨房を通り抜ける。
すると店舗内に出たのか、生演奏らしい落ち着いた音色の音楽が聞こえてきた。
その通路はダークレッドの幕によって仕切られており、フロアに出ずに店員が行き来できるような仕組みなのだろう。
ただ、まあ、ここにも誰もいないけど。
(なにこの店! なんで誰もいないんだ!? ていうかなんの店!? 風俗じゃないっぽいけど……)
後ろからどたどたと音がする。
捜査員たちがやってきたらしい——。
「やばっ」
足元はふかふかの絨毯だったので、安心して走り出した俺。
だけど、こういうときに人は失敗するのだ。
「いでぇっ!?」
右足がなにか踏んだ! 踏んづけた! とんがったヤツ! 俺の右足は不運に見舞われ過ぎだろ!
痛みのあまりに前のめりにすっころんで、ダークレッドの幕を押しのけてフロアへと転がり出てしまう。
「いつつつ……」
足の裏に刺さっていた小さいガラス片を引っこ抜いて放り投げた俺は——緑色の液体は絨毯を走ったせいでだいぶなくなっていてよかった——ようやく周囲を見回した。
「————」
丸テーブルが3つ、左右のテーブルには4人と3人が座って食事——というよりお酒を楽しんでいる。
そして残り1つのテーブルにはたった
「あ……」
俺と、その人との目が合った。
ていうかこの場にいる全員の視線が俺に注がれていた。
その人、見たことがある。
忘れるわけもない。
こんなに
——あれは……いい女だ……い~い女だぁ……。
自慢げに、俺はフェリに語った。
深い青色をしたつややかなショートヘアは、彼女を大人びて見せている。
耳元にのぞく真紅のルビーピアスがさりげなく、しかしはっきりと彼女の魅力を引き立てている。
怜悧な瞳は父親譲りなのだろうか。彼女の父は——
だけど相変わらずの色っぽい瞳だ。
彼女は俺が以前見たときのようなチャイナドレスを着ていた。
手にしたワイングラスで赤ワインを口に含もうとしていたところで。
いきなりの闖入者である俺に、戸惑っていた。
彼女だけじゃない、残り2つのテーブルの7人もなにが起きたのかわからないって顔してるもんな。
そりゃそうだ。
なんせ、スッポンポンの男が——。
「ひゃん!?」
俺ぇぇぇぇぇぇ裸じゃあああああああああああんんんんん!!!!!!
あわてて両膝を閉じて両手で股間を隠したけれど、ばっちりと、見られてしまった。
ボスの娘に。
親の親、一次団体、輝けるトップ裏ギルドのひとつ——「龍舞」のボスの娘であるレイチェルティリア様に!!