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スーザンちゃんからお呼ばれ

 逆毛とのもめ事……と言うには小さいもめ事があったけれど、この日、13区の仕事で俺は気合いが入っていた。

 なんでかって?

 13区には、王都3大風俗街のひとつがあるからだ!


「そんなわけでフェリ、ここからは二手に分かれて仕事をしよう」


 クソピンク……もとい、敬愛する本部長閣下がおごってくださる高級風俗も、もちろんこの13区の風俗街を想定しているはずだ。

 ていうか他の区の店になんて行ったのがバレたら、めっちゃ怒られる。「敵対裏ギルドに金落としてどうすんだ? ついでに小指も落としていくか?」ってな。まあ本部長には落とす小指がもうないけど。大体小指を落とすっていう文化はなんなんだよ。不便にもほどがあるだろ。


「えぇ、なんでだよぉ、あたしはニアの仕事ぶりを見たいんだよぉ」


 さっき珍しく俺が褒めてしまったものだから、今日のフェリは殊勝な態度だ。

 そうしてるぶんには美(略)(1日に何度するかわからない嘆き)(その後バカさ加減を目の当たりにしてため息を吐くまでがセット)。


「今日一日でこなさなければならない仕事は多い……そして、この仕事ならお前に任せられると思ったんだがな……」


 ため息を吐きながら、チラッ。


「あたし、やる!」


 ちょれー。

 いや、演技派の俺のスキルが高すぎたのかな? ハハッ、俺のスキルは「演技」ではなく「幸運」なんだけどなぁ。自分の多才が怖い。


「じゃ、行ってくる!」

「おう、頼んだぞー」


 フェリに頼んだのは、この辺りにある裏ギルドへの挨拶回りだ。同じ派閥、同じ三次団体である。

 情報交換が主な目的なので、頭が残念なフェリが行ったところで残念な結果にしかならないのだが、見た目は可愛いのでマスコット的に可愛がってもらえれば親睦が深まってそれでよし。


「……さて、と」


 ペラペラのジャケットをピンと伸ばし、糸くずのゴミを取って——取ったらべろんと裏地が剥がれ掛けたのであわてて戻す。ゴミじゃねーわ、ほつれてんだわ。どんだけ安物なんだよこれは。


「行きますか、見回り!」


 俺はウッキウキで風俗街へと足を向けた。

「見回り」という名の「下見」に!




 幼児の言葉で「お腹」のことを「ぽんぽん」と言うよな。

 最近じゃ大人も腹が痛いときに「ポンポンペイン」とか言ったりするけど、まあ、可愛くポンポンペインと言ったところでお腹の急降下を止めることはできない。

 俺だったらやっぱりこう言うね。「腹が痛てぇ」と。「ふくつう」とか「ぽんぽんぺいん」じゃ伝わらない切迫感があるんだよな、「腹が痛てぇ」という言葉には。

 で、なんの話だっけ。

 そうだ、ポンポンだ。

 これに「まっさらの」みたいな意味を持つ「素」という言葉をつける。

 そうすると、どんな意味になるかわかるよな?

「見回り」を開始して30分後……俺はスッポンポン(・・・・・・)だった。

 俺がいるのは雑居ビル1階の小部屋。

 風俗店「まりりんごーるど」の小部屋。

 ゴールデンな店名とは裏腹に、小部屋の装飾はピンクが主体である。いやはや、ピンクと言うと某霊長類クソゴリラを思い出すけど、今ではあのゴリラ顔すら微笑ましく思えてくる。


 ——あの、もしかしてダフニアさんですか? え~、うっそぉ。本物はとっても可愛いんですねえ~。


 と「まりりんごーるど」の嬢であるスーザンちゃんに声を掛けられた。

 まったく……。

「可愛い」って言われても、フェリと違って俺はちっとも怒ったりしないね。むしろ気分がいいまである。

 おっぱいの大きい、とろんとした目のスーザンちゃんに言われたらなんだって気分がいい。


 ——店長からぁ、ダフニアさんにはたっぷりサービスしろって言われててぇ。


 はい、確定。

 これは確定ですわ。

 本部長の「おごり」と俺の「童貞卒業」が確定ですわ。

 俺はスーザンちゃんとともに、夕暮れどきの「まりりんごーるど」に入店し、この部屋に通された、というわけである。

 スーザンちゃんは今、脱がせた俺の服を「畳みますねぇ~」と言って持っていったので俺は部屋にひとりだ。


「……高級(・・)風俗かって言われると、高級感はちょっと足りないかな……?」


 魔導ランプに照らされたピンクの室内は、そもそも壁とか天井のピンク色が安っぽいというのもあるし、小さな窓がついたシャワールームはたいそう狭いし、ベッドはなぜかデカいが(ほんとうに、なんでデカいんですかね~、プロレスでもするのかな~? ボクわかんないな~)安っぽい。

 シャワールームは狭いけど、これは困らないね。

 ふたりで入ったら密着しちゃうしねぇ!


「お!」


 壁に掛けられた鏡(少々曇っているあたりが高級感がない)を見て、俺は思わず声を上げた。

 金色の髪が逆立ち、目から金色の光が放たれている。

 来た。

「幸運」スキル。


「おいおいおいおい~~! ここで『幸運』スキルが発動したらどうなっちゃうんだよぉ! ちゃんとスーザンちゃんは避妊してるよねぇ!?」


 これから起きることを想像するとウッキウキの俺である。

 初めてのときは緊張してたたない(・・・・)なんて聞いたこともあるのだけど、今の俺は金色の髪の毛同様——よくよく考えたらこれ「逆毛」じゃねーか——ムスコも臨戦態勢だ。

 シーツを掛けてもしっかりとわかる盛り上がり。

 イキッてますねぇ!

 なんせこれからが初陣ですからねぇ!


「にしても遅いな……」


 服を畳みに行くだけでこんなに時間掛かるか? ってくらい待たされていると、ガチャリと音がしてドアが開かれた。


「ごっめ~ん、ダフニアさん! お待たせぇ~」

「ううん、全然待ってないよぉ~!」


 スーザンちゃんの肉感たっぷりの身体が、「お、おいおい、こんな服じゃ冬は越せないぞぉ?」と思ってしまうほどの被覆面積が少量の布によって覆われており、彼女の体感温度と免疫機能が心配される。

 いきなり難しい言葉を使い出したのは、そうでもしないと俺のマグナムが暴発しかねないからだ。

 は? 小型拳銃(デリンジャー)が偉そうに、だと?

 バカ言うんじゃねえや、このマグナムを見せてやりたいぜ。ベッドのシーツをかけてもなお、大きさを主張するんだぜ、コイツはよ。


「? なんか雰囲気変わった? 髪の色とか……」

「そ、そうかなぁ? 俺は前からこんな感じだぜ」

「そっかぁ」


 スキルが発動しているのをさらっと流してくれるのもありがたい。さすがプロ。安心感が違う。

 どさっ、と俺の横に座ったスーザンちゃんから目が離せない。

 体温を感じる。

 いいニオイがする。

 あぁぁぁぁぁ……ドキドキしてきた。

 田舎の父ちゃん、母ちゃん、俺はこれから男になります——じゃねーよ。両親のこと思い出したせいで俺のマグナムが中折れ式の散弾銃になりつつあるわ。


「ダフニアさん……目をつぶって」

「!? ひゃい!」


 人差し指を唇に当てられ、俺の心臓が跳ねた。下半身も、弾の装填が終わった散弾銃のようにしゃきんとした。

 目を閉じた俺の耳に聞こえるのは、どくん、どくん、どくんといううるさいほどの心臓の鼓動。

 そして、


「……ごめんね、ダフニアさん」


 スーザンちゃんの謝罪。


「…………」


 ……はい?

 なんで「ごめんね」?


「反社会的団体、通称裏ギルドである『蜥蜴とピッケル』の構成員ダフニアだな!!」


 目を開けた俺が見たのは、小部屋に入ってきた2人の男。

 ダークブルーの制服に身を包んでおり、腕章にあるのは「治安本部」の文字。

 スーザンちゃんはその後ろにいて、さらに向こうの廊下には多くのむさ苦しい男たちが詰めかけている。


「いや、ちょっ、え?」

「貴様には、王都上空にて魔導爆薬を違法に爆発させ、王都民を混乱に陥れた容疑が掛かっている」

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