逆毛との遭遇www
「なーなー、ニアー。なんであたしは行っちゃいけねーんだよー」
さすがに破壊神フェリを避け続けるにも限度が来た。
「俺の仕事は危険だからさ……大切な友人であるお前を傷つけたくない——」
「そんなら事務所のピョイとかベッスルとかはいいのか? アイツらはよく連れて行くじゃんかー」
ピョイはモヒカンでベッスルは出っ歯だ。
事務所の中でも比較的、言葉を理解できるヤツなので俺はよく声を掛けて連れて行く。飯をおごってやるのもこのふたりが多いだろう。
ただしバカである。
「俺の仕事は数字の計算もしなきゃならないし——」
「計算はニアがやって、あたしはニアのボディーガード! な、それならいいだろ?」
よくないんだよなぁ。
そうやってお前、ほら、つかんでるデスクが「破壊」スキルで今もえぐれてるんだぞ。
俺は敵対裏ギルドだけじゃなく、仲間のはずのお前も警戒しなきゃならんだろうが。
「絶対ついてくからな! あたしはニアについてって、『漢の中の漢』に一歩近づくんだ!」
だからお前は女だよ。
「そんでな、そんでな!『
こいつ……なんのかんの俺に懐いてるんだよな。懐き過ぎまである。
ちなみに「龍舞」は「蜥蜴とピッケル」の親の親である一次団体。
スーパー裏ギルド。
綺羅星のごとく燦然と輝くギャングたちである。
「七若龍」というのはボスの娘を護る7人で、ひとりひとりが軍の一部隊に相当するくらい強いって話。
強さについては俺もまったく興味がないのだが「ボスの娘」には興味がある。
ていうか、遠巻きに一度だけ見たことがあるんだよな。
めっちゃ足が長くて、深いスリットの入った真紅のスレンダードレスを着てて——後になって聞いたらアレは「チャイナドレス」とか言うらしいけど——ドンッ、と出た胸も気になるけど、それ以上に目を惹くのは——。
目、だ。
青いショートヘアをかきあげながら魔導自動車に乗るところだった。
そのときチラリと、切れ長の瞳がこっちを向いたんだ。
長いまつげ。
濡れたような瞳。
やっっっっっっべえよ、アレは。魔性の目だよ。「色っぽい」とかそういう次元じゃない。もはや「色」だよ。なに言ってるかわかんねーと思うが俺もわからん。すげえいい女だってことは確かだ。
あの人の名前は……。
「レイチェルティリア様だっけか。フェリが『七若龍』で俺を護るんなら、俺はレイチェルティリア様のポジションってことだろ。畏れ多いにもほどがある」
「あっ、ニアはレイチェルティリア様を見たことあるんだっけ?」
「あるぜ。あれは……いい女だ……い~い女だぁ……」
「そ、それじゃあたしがレイチェルティリア様で、漢の中の漢のニアがあたしを護るってのは!? どう!?」
「はんっ」
「鼻で笑った!?」
「お前な、笑われただけマシだぞ。完璧に無視するという手もあったわけだが、お前の身の程知らずを思い知らせるにはしっかりリアクションしたほうがいいと俺も判断したのだ」
「むー! 難しい言葉はよくわかんない! 身の程知らずってなによ!」
「手を振り回すな。当たったら痛いだろ。……おいぃ『破壊』スキル出てんぞ!?」
あわてて後ろに飛びのいた。
「……で? ついてくるのか?」
「とーぜん! 目指せ、『七若龍』!」
やっぱり俺が護られる姫ポジションかよ。
仕方ない。
フェリもバカには違いないので、そのうち飽きていなくなるだろう。
放っておこう。
俺はフェリやチンピラを連れて事務所を出た。
朝から役人のところに行き、次回の大規模下水清掃についての打ち合わせをする。「ダフニアさん、辞めないでくださいね? 話の通じる人がようやく来てくれて助かってるんです……」って役人からは涙目で言われた。裏ギルドの犠牲者がここにもいた。下水道は詰まりがちだし、ガスとやらが溜まると地上も危険、さらにはなかば迷宮化しているらしくコントロール不能という、実は王都エルドラドの弱点でもあるらしい。
まあ、臭い物には蓋、汚い物は見たくないよな。だから裏ギルドに仕事が回ってくる。
バカがひとり脱落してどこかに消えたが、フェリは欠伸をしながらもついてくる。
その後、契約店舗を回ってなにか変わったことがないか聞いていると、「逆毛は生き様」の連中を最近よく見かける、というイヤな情報が入ってきた。
連中は敵対裏ギルドで、「蜥蜴とピッケル」とは派閥が違う。
同じ三次団体ではあるがゆえに、共通点もある。
バカしかいないところとかな。
「ふーむ……」
「なにを悩んでるんだ、ニア?」
契約店舗のひとつである酒場で昼飯のパスタを食っていると、フェリが話しかけてきた。
すでに他の舎弟はちりぢりに消えており、モヒカンと出っ歯しか残っておらず、このふたりは昼からジョッキでビールを飲んでいる。ブチ殺すぞ。
「いや……王都16区まではうちの
「ふむふむ」
フェリがうなずく。
うなずいている姿は美少女なんだよなあ。
「しかも17区は『逆毛』の親の親、トップ裏ギルドの『
「つまり『逆毛』をぶっ飛ばすってこと?」
もうやだコイツ。なんですぐ暴力なの?
頭の中チンパンジーなの? いや、チンパンジーだってもうちょっと賢いけど?
「15、16、17……」
両手を使って数字を数えているフェリ。指10本じゃ足りねーから。
もうフェリは無視して俺はひとりで考える。
「16区はシマとシマの境界線だから絶えずきな臭い……」
若頭も何人か殺されてどーのって言ってたしな……(聞いて寿命を縮めたくはなかったので、途中から心を無にして聞き流していた情報)。
でもここは13区だぞ。
13区は「
ここに逆毛がいるの?
16区までも、17区までも、当然距離がある。
「……まあ、これ以上考えても意味ないか」
俺は考えるのを止めて立ち上がった。
願わくは、俺に火の粉が降りかかりませんように。
それだけだ。
「これ以上数えても意味ないな!」
いや、数は数えられるようになれよフェリ。腕組みして偉そうに「わたしはバカです」って宣言するなよ。
「ん?」
とそこへ、店に入ってきたのは、服装はバラバラながら全員派手で悪趣味。
共通項と言えば——逆立った毛。
「逆毛は生き様」の連中だ。
おいおい……マジかよ。
マジでこいつら13区に来やがった。
わかってんの? うちのトップ「龍舞」様の根城だぞ。
怖い物知らずだなー。
「店長、勘定置いとくぞ」
俺はテーブルに銀貨を数枚置いて立ち上がる。あわててピョイとベッスルがビールを飲み干している。
「え? え? ニア、あいつらって……」
「おら、さっさと行くぞフェリ」
どうせフェリのことだ、「敵だよ!? ぶっ殺さないの!?」とか思ってるんだろうな。目の虹彩が「殺」って文字になってるもん。殺さねーよ。ふつうに犯罪だわ。
ていうか俺のポリシーからしたらこんなところでケンカとか百害あって一利なし。「逆毛」が出張ってくるならウチのギルドじゃなく、もっと強いところに相手をさせたほうがいい。
そんなことを考えている俺が店から出て行こうとすると、
「あーん?w なんだなんだ、安っぽいジャケット着た冴えない連中がいるなぁwWw」
「おいおい、アレって、最近ウワサになってる『期待の新星』とか言うヤツじゃねーの?w」
「は?w そんなワケねーだろwWw 見ろよ、あのしょっぺえジャケット、紙でできてるんじゃねーのかw」
「さっすが、『蜥蜴の
俺はドキリとした。
こいつら……。
(語尾に草生えてんじゃん!)
ここまで見事に生え散らかしたヤツら見たことないぞ。
髪の毛をおっ立てるだけでいいのかと思ってたけど、話し方まできっちり統一してくるとは……「逆毛は生き様」、すげえ。
感動と同時に、俺はこうも思った。
お願いだ。
うちの
「……おいおいw マジで俺ら無視して出て行こうとしてんのwWw」
「こっちの子、可愛いじゃんw 俺らと酒飲んでこうぜ!w」
「!」
そのとき逆毛のひとりが近づいてきてフェリの手首をつかんだ。
ハッとして俺は言う。
「や、止めろ!」
「おいおいおい~~wWw 止めろだってよ!w 一体なにを止めて欲しいんですかねえw」
「止めろ、
「え?w」
俺の制止は遅かった。
手首をつかまれたフェリだったが、もう片方の腕は空いている。
彼女の身体は半回転し、そのまま拳が逆毛の腹にめり込むと——なんと、逆毛の身体が少し浮いて「く」の字になった。
「なに考えてんだこのボケカスクソども~~~~……」
パンパンッ、と手をはたくフェリ。
そして、いきなり起きた出来事に逆毛立ちも唖然とする。
「『可愛い』じゃねえだろそこは『男らしい』とか『しびれる』だろうがボケカスクソどもぉぉおおおおお!!」
マズい。
これはマズい。
ただでさえ壊滅的なフェリの語彙が完全に死んだ。
こいつはケンカっ早いだけじゃなくて、ふつうに
見た目で誤解されっけど!
そんで器物損壊で弁償しなきゃいけないのは俺なんだよぉ!
「こ、このアマァ!w」
バタフライナイフを抜きながら叫んだ逆毛の、とっさの状況でもきっちり草を生やすその「生き様」は見事ではある。
でも、それは悪手だ。
「ボケカスクソがぁあああああああ!!」
「えっw」
フェリはなんと、そのナイフを素手でつかんだのだ。
ナイフは、まるで砂糖菓子のように崩れてハラハラと銀粉になって落ちていく。
ケンカっ早くてケンカも強くて凶悪な「破壊」スキル持ち。
な?
だから「止めろ」って言ったんだ、俺は……まあ全然間に合ってなかったけど。
逆毛たちが驚愕して叫ぶ。
「ええええええええ!!wWw」
なに笑ろてんねん。
「ば、ば、ば、化け物だぁwWwWw」
逆毛たちは尻尾を巻いて逃げていった——最初にフェリに沈められた逆毛を残して。
いや残すなや。連れてけよ。薄情だな逆毛は。
ていうかフェリ、その逆毛を蹴ってんじゃねーよ。
「オラッ、オラァッ! 誰が『賢い』って!? 誰が『優しい』って!?」
「その辺にしとけ、フェリ。誰もお前を『賢い』なんて思ってないし言ってない」
「そ、そうだよな、ニア!」
俺が声を掛けるとハッとしたように振り返る。
目が血走ってるのが怖えーよ。
そういうとこだぞ、まったく賢くねえよ。
「お前はしびれるほどの男前だ」
「!」
ぴくん、と背筋を伸ばすフェリ。
「……そ、そんなに褒めんじゃねーよぉ……」
頬をうっすら染めて視線を逸らし、もじもじし始めた。
ちょれー。
コイツ本気でちょれー。
そしてそうしているぶんには美少女だからタチが悪いんだよな。
俺はフェリとふたりで、残された逆毛を表通りに放り投げた。
「邪魔したな、店長」
「お、おう……」
店長も唖然としている。
フェリが暴れると、大体こうなる。
「行くぞ、フェリ。仕事の続きだ……仕事をしっかりやるのも男の務めだ」
「おうっ!」
いや、男も女も仕事はしっかりやらなきゃダメだけどな。
「……あれ? ニア、なんか忘れてないっけ?」
「なにも忘れてない」
ピョイとベッスルは「もめ事が起きた」とわかった瞬間、裏口から逃げていったのでここにはいない。
「……忘れてないし、問題もない」
問題がないのが問題なんだよな。