出世の花道はゴリラから
「ダフニアくぅん♪」
「ゴリィィィイッ!?」
朝起きたら目の前に
王都15区の下町……もとい、スラムにある俺の寝床は、「蜥蜴とピッケル」の構成員が寝泊まりできる場所である。
「お前今ゴリラっつった?」
「……ゴ、五輪に出場するべくトレーニングを積む毎日なので、寝言で五輪五輪と言ってしまいました」
「ほぉ? お前いつからアスリートになった?」
お願いだからその指が4本しかない手でアイアンクローを決めないでください。朝イチでこれはキツイです。なんなら昼でも夜でもキツイです。
「で。俺がなんでここに来たかわかってんだろうな?」
股間がヒュッと縮み上がった。
昨晩、血の雨を降らしたあと、俺は怖くなって逃げ出した。
その後、安酒場(「蜥蜴とピッケル」が用心棒契約を結んでいる店)に乗り込んで「価格は安いがアルコール度数は高い」という庶民の味方、その名も「ストロンゲスト・ゲロ」というアホっぽい酒を浴びるように飲んで、ふらふらの足取りでこの寝床に帰ってきたのだ。
ちなみにウェイトレスのジーナちゃんはいなかった。ゲロは出た。
「な、な、な、なんでしょう……ち、ちっとも、想像もつきません……」
バシンッ、と俺の肩に分厚い、指が4本しかない手がめり込んだ。
イデェエエッ!!
だけど声を出さなかったのは、目と鼻の先に毛むくじゃらの類人猿の厳つい顔があったからだ。断じてこれは「賢人」などではない。
「す、すみませんえぇぇんんッ!」
もう謝るしかない!
すでに俺の目は涙目だ。
「ほほほ本部長、おお、お、俺、間違って魔導爆薬を——」
「よくやったァッ!!」
「——ぶん投げて……え?」
ゴリラの表情を読むトレーニングを積んだことがないのでわからなかったが、どうやらこの本部長という肩書きを持った類人猿は笑顔を作っているらしい。
「お前がぶち込んだ爆薬がよォ、俺たちを目の敵にしていたクソハゲデブ野郎……おっと、口が滑ったぜ。治安本部の
「…………」
「知らねぇとは言わせねぇぞ。屋上プールにいたデブの話だよ!」
え、なに。
なんなん。
とりあえず、屋上プールに血の雨を降らしたのが俺だってことがもうバレてるの?
どうして?
「お? なんで爆薬を使ったのがもう知れてんのかって顔してんな? あの爆薬は特別製だからな。発動したらすぐにわかるんだ」
魔術怖えぇ! そんなことまでわかるのかよ!?
「『逆毛は生き様』の裏ギルドとまったく関係ねえところで爆発したから、はは~ん、ダフニアの童貞野郎はしくじったなと思って俺が現場に向かったわけだ」
童貞は余計だよね? 事実だとしても余計だよね?
「そしたらよぉ、王都騎士団が治安当局と揉めてんのよ。なんだなんだと思って、顔見知りの騎士に袖の下渡したら教えてくれたんだが……」
騎士まで腐ってる! 騎士は「王国最高の武力」とか言われてるのに!
「ビルの上から血まみれになった包みがいくつか落ちてきたってよ。その包みにゃ、最近流行の
「…………」
なんだよ、それ……俺が逃げた後にそんなことになってたのかよ……。
「だけどまぁ、ドラッグっつうブツが出ちまった以上、誤魔化せねぇよな! 騎士団が強行突破して、血まみれの部長殿を連行してきたのを見たときには腹ァ抱えて笑ったぜ! よくやった、ダフニア! まさかコウモリの群れを使って爆薬を運ばせるとは、恐れ入ったぜ。伊達に童貞じゃねえな!」
もう一度言うけど童貞は余計だよね?
「どこぞの裏ギルドのボスを弾くより、すげえことだ。俺ァ、お前を見くびっていたようだぜ……へっ、やるじゃねえか」
なんで照れくさそうに鼻の下をこすりながら俺を見ているんだろう、このゴリラは。
ばしーん、と肩に手を置かれた。
だから痛いっての!
「今日からお前は『蜥蜴とピッケル』の舎弟頭だ!」
「へ?」
「気張れよ!」
がっはっはっは、と笑いながらゴリラが去っていく。
ゴリラのシャツは今日もピンクだ。
「へ……?」
俺は今の話を反芻する。
爆薬が黒い霧——コウモリによって運ばれて爆発した。
コウモリの血や肉が降り注いだ。
その屋上ではドラッグパーティーが開かれていて……誰かが、屋上から大通りへと麻薬を落としてしまった。
下にはパトロール中だった騎士団がいて、治安当局を押しのけて、裏ギルド対策部長を逮捕した。
その裏ギルド対策部長は、最近「蜥蜴とピッケル」を目の敵にしていた男だった。
「これ……もしかしなくとも『幸運』スキルの影響だよな?」
でなければ、そんなミラクル起きるわけがない。
「こんなん……あり得ねえ」
スキルのおかげ、と言われなければ説明がつかない。
そしてもっとあり得ないのは、その事件を、ピンクゴリラに把握され、俺が舎弟頭になってしまったこと。
「あり得ねぇ! なんで俺は
ぼふっ、と固い寝床に倒れた俺は、窓ガラスに映る自分の顔と目が合った。
そこには冴えない目と、くせっ毛の茶髪、うだつの上がらない15歳の俺がいるだけだった。