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旅立ちに、供はひとりでいい

「え?」


 さすがにそれには驚いたようだ。


「で、俺はこの仕事を辞める」

「え、な、なんで。あっ、まさかニア……表舞台に復帰するんだな!? そうなんだな!? すげーぜ!『からくり血煙殺すニア』の復活だ! あたしの考えた二つ名が輝くときが来たんだな!?」

「ちげーよ。ていうかあの頭の悪い二つ名、お前が考えたのかよ?」


 確かに、俺のこと「ニア」って呼ぶのはこのバカしかいなかったわ。1年越しに知る恐るべき真実だわ。


「違う? そんじゃどうしてこの仕事辞めるんだよ」


 ずっと考えていた。

 俺がほんとうの意味で自由になることを。

 それには「裏ギルドで大成功する」なんていう命がいくつあっても足りないような夢を見るんじゃなく、俺の身の丈にあったことをやらなきゃならんのだ。


「王都を出るからだ」


 だから、結論はこれしかない。


「王都を……? 出てどうするんだ?」

「仕事をする。誰かをぶん殴って金をもらうようなことじゃない、まっとうな仕事だ」

「今だってやってるじゃん」

「そうだ。下水の仕事は、その練習みたいなもんだ。王都にいたらダメなんだ……ここは、人間を狂わせる。欲望が渦巻いて、人の理性をゆがめる」

「なにが言いたいのかわかんねーよ。ニアは難しいことばっか言うんだもん……」

「……そうだな」


 フェリだもんな。

 こいつはバカだもんな。


「じゃあ、こう言えばわかるか? お前にもいっしょについてきて欲しいんだ」


 バカだけど、こいつだけはずっと俺の味方だ。


「え……」


 フェリはきょとんとする。


「な、なんで。あたし、ニアがてっきり……あたしを置いてどっかに行きたいって言うのかと思ったのに……」

「俺、今までそんなん言ったことないだろ」

「でもなんか誤魔化して逃げたりした」

「それは……ある」


 フェリがいると女の子のいる酒場に出入りしづらいんだよ。


「あたし、バカだし。ニアの話についていけねーし」

「知ってるよ」

「きっとニアの足を引っ張る」

「……お前そんなこと気にしてたの? いっちょまえに?」


 俺は驚いた。

 フェリは——フェリなりに考えていたのだ。


「大丈夫だよ、そんぐらい。俺が受け止めてやる」

「あ……」


 俺は——このとき言った「受け止めてやる」という言葉がフェリにとってどんな重みがあるのかを知らなかった。

 そのことをフェリが話してくれたのは、何年も後のことだ。

 ただ、このときフェリは、ただ一筋の涙をこぼしたのだ。


「え? な、なんだよ、なんで泣く?」

「こ、これはくっせーニオイが目に染みたんだよ!」

「そう、なのか?」

「そーだよ!」


 ごしごしとフェリは目元を拭った。


「わかった、ついてってやる! だから難しいことはニアが考えてくれよな! その代わりあたしは、またニアの前に鉄扉でも出てきたら蹴っ飛ばしてブチ開けてやっから!」

「おう、期待してるぜ。——そんじゃ行こう」


 俺は来た道を引き返す。


「え? どこ行くんだ?」

「王都を出るっつったろ」

「え、もう!?」

「そうだよ」


 あのクソピンクゴリラの感じだと、今日にはピョイとベッスルに接触するだろう。

 そうして俺がどれくらい儲けてるのかを調べるはずだ。

 それでバレるような情報管理はしてねーけど、隠されたとわかったらますます怪しまれる。怪しまれたらその後が面倒だ。


「先立つものはあるからな」


 俺は懐から革袋を出してフェリに見せた。


「お? なんか白い金が入ってる。きれーだな!」

「だろ? なんと30枚もあるんだ」

「いっぱいじゃん!」

「そうだ、いっぱいだ」


 聖白金貨が30枚。

 3千万イェンだ。

 俺が儲かった金を全部ゴリラに貢ぐわけねーだろってね。

 ピョイとベッスルにもそこそこ金を渡してきたのであのふたりも特に文句は出ていなかったが、本部長に焚きつけられたらどうなるかわからない。1千4百万のことは俺も本部長も他言してなかったからな。

 俺がそんだけ稼いでると知ったら、ピョイもベッスルも腹を立てるだろう。

 でも、ここで俺がいなくなれば、連中は全員満足するはずだ。仕事を引き継げば俺と同じように金を稼げると、そう思うだろうからな。


(ふふん。そうは問屋が卸さないっての)


 俺が手にしている下水道のマップは、9割方できあがっており、残りは役人がちょっとがんばれば完成するという段階だ。

 実のところ、役人が俺に支払っている金のうち大半がこのマップだったりする。それくらい情報は重要だ。

 これからは下水道のメンテナンスでぼちぼち稼いでくれたらいい。ピョイとベッスルが遊ぶくらいの金にはなるだろう——裏ギルドが大喜びするような金にはならないけどな?


「お? 先立つもの……ってなに?」

「あー、いいや、お前は知らなくて」

「またバカ扱いしたな!」

「それはバカじゃなくて無知って言うんだ」

「ムチ……?」

「また今度教えてやるよ」


 フェリに教えなきゃいけないことが多すぎる。

 だけどまあ、いいだろう。

 王都を出る俺たちには時間がたっぷりあるんだから。


「……なあ、フェリ」


 下水道から外に出ると、マシな空気が俺の肺を満たした。

 タバコでも吸えば格好がつくのかもしれないけれど、俺はもうタバコには懲りたわ。

 そこはまだ裏路地で、建物に切り取られた青い空が見えた。


「俺が持ってるスキルの話ってしたことなかったよな。俺のスキル……正直微妙なんだ。でもついてきてくれるか?」


 後ろから、フェリが下水道から出てきた。


「スキル? スキルなんてなくてもニアはカッケーよ!」


 振り返るとフェリは白い歯を見せてニカッと笑っていた。

 俺は——なんでかわからないけどすごく安心した。


「そっか……サンキュな」

「うん! でも、ニアが金髪になるのもカッケーよ!」


 フェリが横に並んだ。

 彼女の瞳をのぞきこめば、そこには金髪になっている俺の髪の毛、瞳の色が映っているのかもしれない……とそんなことを思った。

 でも、見なくていいや。

 フェリがついてくるっていうそれだけで、十分だろ。

 それにすぐそこで建物が切れて、昼下がりの陽射しが降り注いでいるのだ。

 お日様の下では、俺の金髪なんて些細なもんで、すぐに目立たなくなる。

 光がまぶしく見えるのは闇があってこそだってのは、俺は、身に染みてよく知っている。


「よーし、軽くなんか食ったら、荷造りして今日中には王都を出るぞ」

「おーっ!」


 このフェリの軽いノリよ。

 王都を出るってのは引っ越しってレベルじゃねーんだぞ?


(……ま、いっか)


 俺はもう少し、フェリを見習って楽観的になったほうがいいのかもな——。

 そんなことを思いながら帰り道をフェリとふたり、歩いた。

 今は帰り道だけれどこの道は、旅立ちの道になるのだと信じて。

完結となります。お付き合いありがとうございました!

「メイドさん」「三拍子俺」と新作2本、どうしても書きたくなって書いてしまいました。

楽しんでいただけたなら幸いです。


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