困ったらタバコを吸え
「おお、ケンカか!? ケンカだよな!?」
「待て待て待て待て!」
指をポキポキ鳴らしながら前に出ようとしたフェリを止める。
このバカタレ。よく見ろ。向こうは30人だぞ。お前がいくら強くっても30人相手に勝てるわけがねーだろ。「逆毛」とはワケが違うんだぞ。
「おや、どうしましたか? 顔色が悪いようですよ」
冷や汗が噴き出る。
頭に血が上って、俺の小さい脳みそがフル回転し始める。
頭を使え、と言っていた若頭の言葉を思い出す。
(マーカスは「逆毛は生き様」を道具として使っていただけだったんだ。「逆毛」を13区まで送り込んで情報を収集する。そのために「逆毛」のたまり場に顔を出していた。「逆毛」が仮に「龍舞」の逆鱗に触れて滅ぼされても「青浪鯱々」は痛くもかゆくもないからだ)
考えろ、考えろ、俺。
(マーカスは「青浪鯱々」の幹部なのか……少なくとも戦闘員をあごで使えるようなヤツであることは確かだ。こいつらをこの辺りに潜ませていたのか? 俺のために? んなわけない、さっきマーカスは驚いていた。ってことは近々大ゲンカでもやるつもりだった? 16区への進出が間近だったってことか……!? じゃあ俺なんてまさに「飛んで火に入る夏の虫」じゃねーかよ!? どうすりゃいい——)
連中を観察する。
少しでも、なにか情報はないのか。
ああ、クソッ、さっきの酒場に入る前に嗅いだ臭いニオイがまた漂ってきた。
むしろさらにニオイが増してる。なんだよこの臭さは! アイツらの能力か?
「……ひとつ取引をしましょうか?」
不意にマーカスが言った。
「『からくりダフニア』『血煙ダフニア』なんて名前を持っているくらいです。これから先の可能性を買うと思えば」
「なに……言ってんだ?」
「『青浪鯱々』に入りなさい」
えっ……。
スカウト? この期に及んで?
俺を麻薬の売人に仕立て上げた上でそんなこと言ってんのか?
「『龍舞』一味の中でも、まれに見る新星が『青々虎々』一味に加わる、となればちょっとは面白いニュースになるでしょうし。どうですか。ウチに入れば、身代わりで刑務所に送り込むのなんて何人でも用意できますよ」
「……てめえ」
俺の腹は決まっている。
(なんてすばらしい提案なんだ!!!!!)
俺が捕まることもなく、しかもこの場でボコボコにされることもないなんて、最高過ぎんか?
いいのか、そんな好待遇で? しかも三下ギルドを卒業させてくれるなんて!
(…………)
ちらりとそのとき、「蜥蜴とピッケル」のみんなの顔が脳裏に浮かんだ。
ボケたボス。
俺を精神的にいじめる若頭。
俺を鉄砲玉にすることに血道を上げているクソピンクゴリラ。
そして俺に迷惑を掛けることしかしないバカども。
(ん~~~やっぱ「蜥蜴とピッケル」は無理だわ!)
よし、決めた! 俺、「青々虎々」一味になりまぁす!
「俺——」
「いい加減にしろ! ニアが、『漢の中の漢』のニアが、ギルドを裏切るわけねーだろが!」
俺の横でいきなりフェリが啖呵を切った。
「フェリさん!?」
「ここはあたしに任せてくれよ、ニア!」
なに、いい笑顔で親指立ててんだよ! 任せたら地獄へ一直線じゃねーか!
「あたしは今の話とか半分もわかってねーけど、お前らがボケカスだってことはわかってんだよ。ニアの男気を逆手にとって騙しやがって! クソみたいにくせーニオイがぷんぷん漂ってんだよ!!」
「ち、違っ、そのっ」
「……なるほど」
俺が訂正する前に、
「やはり、なびきませんか。そうだとは思っていましたが——『血煙ダフニア』は狂犬、つまり派手に暴れる場所を、死に場所を求めていると……むしろウチの兵隊を見て喜んでいるってことですか」
誰だよそのトチ狂った野郎は!?
「そーだよ! わかってんなら話は早えーや!」
フェリさん、違うよ!! 俺は裏切るよぉ!
「ま、ここで『龍舞』を裏切るなんて言い出したら、それこそその話を広めてやろうと思ったんですけどねぇ……あなたを血祭りにした後で」
「えっ」
は……?
ま、まさかそれも罠だったってこと!? 俺が「裏切りますぅ!」って言ったらボコボコにされた上で、その話もばらまかれ、つまりはクソピンクゴリラにも追われる展開だったってこと!?
あぶねえ! 引っかかるところだった! フェリがバカで助かった!
「そうは——させねーから!」
フェリが足元に落ちていた石を拾って投げる。
その速度はすさまじく、正直目には見えないレベルだった——のだけど、
——チュインッ。
小さな音とともに火花が散り、石は爆散した。
「フッ。こちらには『早撃ち鬼命中のスコット』がいますからね……そんなもの当たるわけがありませんよ」
マーカスが言うと、その後ろに立っていた小太りの男が、くるくるくるとデカい拳銃を回した。
(おいおい……こいつ)
誰?
すごいけども。あの石に弾丸を命中させたってことだろ? それはすごいんだけども。誰?
ていうか拳銃デカい。
消音のためのサプレッサーとかいうのがくっついてるせいだろう。
「さ、おしゃべりはそろそろ終わりにしましょうか」
「待て……」
俺は精一杯すごんだ声を出した。
そして胸ポケットからタバコとオイルライターを取り出す。
(おいおいおい! どうすんだよ! 前から思ってたけど銃は反則だよ! 逃げらんねーじゃん! 死ぬじゃん!)
ちなみに言うと騎士とかは銃を持たない。アイツらは弾丸くらい斬るからね。
いやほんとワケのわからんヤツら。
俺を巻き込まないで欲しいって切に思う。
(クソ、クソ、考えろ考えろ考えろ、ここをどうやって切り抜ける……?)
クソピンクゴリラはこう言っていた。
——いいスーツを着るんなら、たとえカッコつけでもマシなタバコを吸わねぇとな。スーツ決めて一服つけりゃぁ、大抵のことはうまくいくって思えるもんだ。
いや全然思えないんだが!?
そもそもオイルライターが湿ってるのかなんなのか、シュッ、シュッて擦っても全然火が点かねえよ!
「……無駄な時間稼ぎは止めなさい。もう始めましょう——」
ああ……。
(ダメだこりゃ)
あきらめた。
もうあきらめたよ、俺は。
俺にはどだい無理だったんだ。こんな超人が集う王都で、堅実に生きるなんて。
冷や汗も出きってなにも出てこない。
なんかニオイはますます臭くなる。
こんなところにいちゃいけない。
ビビリ、ひ弱、童貞と三拍子そろった俺みたいなヤツは、こんなところにいちゃいけないってことなんだよ。
「では」
マーカスのオッサンが右手を挙げる。
俺はフェリの手を左手でつかむ。
「フェリ」
「ん? なに?」
マーカスが右手を振り下ろす——。
「逃げるぞ」
俺はオイルライターをぶん投げた。
それがどうなるかなんて見もしなかった。
フェリは俺に引かれるがままに走り出す。
誰かが逃げたぞ、とか、追え、とか言ったような気がする。
そして誰かが撃ったのだ。
きっと俺がぶん投げたオイルライターを。
「鬼早撃ち鬼なんとか鬼」ってヤツもいたし。
銃声とともにパァッ、と背後が光った。
オイルライターにはちゃんとオイルが入っていたということだろう。
それはいい。それはいいんだ。
俺にはもう逃げるしかないんだから。
ただ——予想外だったのは。
撃たれたオイルライターが燃え上がって炎が出る。
その次だ。
「————」
暗闇を白く染め上げる光。
続いて、爆音とともに、
——ドンッ。
という衝撃波。
(え? なにこれ?)
なんて思う余裕もなかった。
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