オッサンの罠
「…………」
「…………」
あれ?
「……え、ええと? どなたですか?」
そのオッサンは、マーカスとは似ても似つかない、ただのデブの商人だった。
「あ、えっと、その」
「ニア、こいつが悪りーヤツか?」
「ち、違う、そのすみません、人違いでした!」
今にも手が出そうなフェリを押さえ、俺は太った商人から離れる。彼らは一様に「?」という顔をしていたけれど、それはともかく!
(どうなってんだ!? ここにもいねーじゃん、マーカスのオッサン!)
そのときだ。
「あ」
店の奥にある便所から出てきた、
ハンカチで手を拭いているそのオッサンを俺は見間違えるわけもなかった。
「ダ、ダ、ダ、ダフニア……!?」
「マーカスのオッサン!?」
いた。
いたのだ。
オッサンはいたのだ!!
「ひいいいいい!?」
「あっ」
あまりのことにびっくりしている隙にオッサンは回れ右して走り出した。
向かった先は店の奥、バックヤードに続いているだろう扉。
オッサンは迷いなく飛び込んで行った。
「追うぞフェリ!」
「あいよ!」
俺たちが走って追うと、店内の客たちはあっけにとられて見送ることしかできなかった。
よかった。
俺が逆毛だから変に怪しまれなかった。
スキル発動で逆毛になることに、感謝する日が来るとは思わなかったぜ!
「く、来るな!」
オッサンは裏口から外に出ると、狭い裏路地を走っていく。
すると前方の、裏路地の出入りを制限している鉄扉をガションと閉めてしまった。
「——ワハハ! 鍵はこっち側についているんだ!」
オッサンの高笑いが聞こえる。
「なにぃ……!?」
鉄扉に飛びついたが、確かにドアノブを押しても引いても開かない。
「フェリ!」
「任せろ!」
俺がどくと、
「ぜえああああああああ!!」
フェリが構えとともに鋭いキックを繰り出した!
グヮガラガッショオオオオオンンンンンン!!
扉が破れて向こうに吹っ飛んでいく。
「やったよ、ニア!」
「おう! って、えええええええ!?」
違うよ、違うよフェリ! 俺は「破壊」スキルで鍵を壊して欲しかっただけだよ! こんな解決方法期待してなかったよ!
「ひいいいッ!?」
前方のマーカスが顔を青ざめさせる。
その気持ちは俺もわかる。
もし……もしもだぞ、俺がフェリの期待を裏切るようなことをしたら、この鉄扉みたいに真ん中からブチ折られてしまう——。
「…………」
ぶんぶんぶんっ、と首を横に振って俺は走ってマーカスを追うことにした。ひしゃげた鉄扉は見なかったことにして。
「——ハァ、ハァ、ハァッ」
マーカスは意外と足が速く、すぐに追いつけない。
俺たちは裏路地を出て、広めの通りに入る。
道幅はあっても薄暗い。
息が上がってくる。
フェリは平気な顔でついてくるけど、フェリを先にやってマーカスを捕まえさせる——ということはできない。
さっきの鉄扉を見ただろ。
殺しちまうよ、コイツ。
そしたらマーカスの証言が得られない。それは困る。
「よ、ようやく止まったかよ……!」
寂れた通りのど真ん中でマーカスは止まった。
かなり荒んだ一画だ。
人が住んでいないのだろう、窓はすべて割れたような建物が並んでおり、ホームレスさえもいない。
こんなところが16区にあったのか。
「ハァ、ハァ、ハァ……し、しつこいですよ」
両手を膝についてぜえぜえしているマーカスのオッサンが振り返った。
「う、うるせえ、も、元はと言えばアンタが、お、俺を騙すから——」
ふらっとしたところをフェリが支えてくれた。
いやほんとこいつどうして息一つ乱してないわけ?
「騙す? いいえ、あれは正当な取引だったでしょう? あなたもボロ儲けしたんでしょう?」
「そ、それはそうだけど——って論点はそこじゃねえよ! 俺は、自分が治安本部に捕まったり『龍舞』ににらまれたりなんてしたくねえんだよ!」
「これはこれは……『からくりダフニア』『血煙ダフニア』という異名を持つあなたとは思えないお言葉ですね」
マーカスのオッサンが不敵に笑っている。
俺に対してへいこらしていた卑屈な態度もまた、演技だったのだろう。
「……お前は、『逆毛は生き様』の構成員なのか?」
「ブホッ、がっ、ごほっ、ぶははははは!」
いきなりマーカスは噴き出した。
「なに笑ってんだよ!」
「あはっ、あははははは! そんなわけないでしょうが? あんな脳みそ足りてない逆毛といっしょにしないでいただきたい!」
……そう言われるとそうだな。
「逆毛」の連中はバカだ。ウチと同じ、三下ギルドであることが十分理解できるほどにバカだ。
じゃあ、なんでマーカスは「逆毛」のたまり場にいた?
「まあ、種明かしくらいしましょうか」
マーカスは息が整ってきたのか、ハンカチで額を拭ったあとに、それをパッと背後に放り投げた。
「——みんな、出てこい」
すると——ぞろぞろと、およそ30人ほどの人間が出てきた。
その全員がジーンズのジャケットを羽織っていた。
「ま、まさか」
俺はごくりとつばを呑んだ。
ここまで揃いの格好をしているのなら、連中は同じギルドであることは間違いない。
「青々虎々」がジーパンを穿いているのなら、ジーンズのジャケットは、
「——『
「青浪鯱々」は「青々虎々」の子に当たる裏ギルドだ。
「龍舞」にとっての「赫牙」みたいなものだ。
つまり——ウチの若頭みたいなのがごろごろいるようなギルドである。
トップギルドには並ぶこともできないが、逆に言えば「逆毛」なんかとも比べものにならないほどだ。
腕っ節が強そうなヤツ、あちこちに刃物をぶら下げたブッ飛んでるヤツ、これ見よがしにデカい拳銃を持っているヤツ、どこの工事現場から持ってきたんだと言いたくなるような鉄骨を両肩に担いでいるヤツ。
全員が全員、スキルを発動している。
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