お前を誘いに行くところだったんだ
「龍舞」と「青々虎々」との抗争は長く、歴史があるという。
それは裏ギルドの構成員たちが酒のつまみによく話題にする。
16区についてもいろんな事情があって「龍舞」が今は押さえているが、「青々虎々」はそれが気にくわないらしい。
入り組んだ事情や難しい話は俺にはよくわからん。
ただやらなきゃいけないことが1つ、はっきりとわかったのはありがたい。
「……マーカスのオッサン。許さねえぞ」
俺を騙して麻薬を売らせやがって。
しかもめんどくさい抗争の火種にするなんて。
「うし、こんなもんか」
俺は初めて買った整髪料で髪を整えた。
そして買ってきたばかりのスーツに袖を通していた。
ダークスーツだ。
内側にはワインレッドのシャツ。
ゴールドのチェーンでも首から下げていたら
(……できるのか、俺に)
若頭が寄越した紙片には、数軒の酒場だかクラブだかの名前が書かれてあった。
そのどこかにマーカスのオッサンがいるというのだ。
俺がやるべきはマーカスのオッサンをひっつかまえ、治安本部に突き出すこと。
若頭は——なんか「報復しろ」みたいに言ってた気がするけど、報復しても俺への容疑が晴れるわけじゃないしな。
なるべくひっそりと、「逆毛は生き様」の連中を刺激せずにマーカスのオッサンを確保しなきゃいけない。
難易度高すぎる。
俺、特別な訓練を受けた王国騎士とかじゃないんだぞ。
「でも、やるしかねえ……!」
俺はぴしゃっと頬を叩いてから家の外に出た。
そこには相変わらずの、小汚い路地が広がって——。
「…………」
すぐそこにいたひとりの少女に気がついた。
「フェリ、どうしてここに」
壁に寄っかかってつまらなさそうな顔をしていたフェリは、つかつかと俺のほうへと歩いてくると、
「……あたしも連れてけ」
「え?」
「ニア、なんかヤベーことするんだろ? 今回こそはあたしも連れてけよ」
俺は一瞬、言葉を失った。
フェリを連れていく? こいつはどこでなにを聞いたんだ?
わからない。
だけれど、フェリを連れていったらひっそりとマーカスを連れ出すなんて絶対できっこないよな、とか、全面戦争にしかつながらないんじゃないか、とかいう考えが浮かんでくる——。
よりも前に。
そんなことよりも、前に。
——いち、にぃ、さん……ええと、まあ、大丈夫……だよな?
店を回って集金しているフェリの姿を、思い出したんだ。
俺の代わりに。
俺が大事にしている客は誰にもやらせずに自分で回ったというこいつの姿を。
バカだよな。
俺が大事にしている客なんて、キレイなお姉さんだとか、可愛い女の子がウエイトレスでいるとか、そんな意味しかないのに。
誰がやったって同じなのに。
「……お前を誘いにいくところだったんだ」
気づけば俺は、そんなことを言っていた。
やらなきゃいけないことの、成功率は下がるかもしれないし、そもそもこいつ自身が危険極まりないのは確かなんだ。
だけど、そんなのどうでもいい。
(こいつは、フェリは、フェリだけは——ずっと俺の味方だったじゃねえかよ)
そう思うと、連れて行かないなんて選択はできなかった。
「……えっ、い、いいのか?」
「ああ」
「またなんか適当なこと言われてはぐらかされるのかと思ってたんだけど……」
俺が適当言ってたってわかってるのかよ。毎回お前も騙されるなよ。
「行くぞ、フェリ。急ぎの案件だ」
「お、おうっ!」
さっきまでのつまらなさそうな顔はどこへやら。
フェリは喜色満面という顔でついてくる。
「な、なあ、ニア! 今日のニア、めちゃくちゃかっけーな!」
「まあな」
金だけは掛かってるからな。
「でもいつものニアもかっけーけど!」
「…………」
おい、不覚にもどきっとさせるようなこと言うんじゃないよ。
お前は顔だけは美少女なんだから。顔だけは。
「……それはそうとピョイとベッスルはどうしてる」
「またあのふたりの話をする……あいつらも連れてくつもりなのかよ」
「連れていかねーし、お前も飼い主を奪われた犬みたいな顔をするなよ」
「よくわかんないたとえ話しねーでくれよな! あたしは犬じゃねーよ!」
犬っぽいけどな。
「そんなことはどうでもいいから、ピョイとベッスルだ」
「あのふたりは今日は本部長に言われて現場仕事だよ。死体運びがたまってるから全部片づけてこいって。ただ下水の処理作業のほうは止まっちゃっててそっちも大変だって聞いたけど」
「そうか」
あのふたりが実は裏切り者なんじゃないかと思ったりもしたのだが、そんなことはなさそうだな。
たぶんふつうにそそのかされて俺にマーカスを紹介したんだろう。
アイツらバカだしな。
まあ、騙された俺も同じバカだったわけだが。
つーかマジでバカしかいない件。
「大量の死体運びか、ざまあねーな」
俺ひとりだけ苦しい思いをしてるんじゃないとわかっただけで、少しばかり気持ちがスッキリする。
俺はなんて小物なんだろう。
そうだ。俺は小物でいいのだ。
だから小物は小物らしく、目立つことは避けよう。
「龍舞」の娘や王女殿下に注目されるなんて、これでさよならだ。
「フェリ」
「うん?」
「今日中にカタをつける。そしたら……」
「?」
はあ、と俺はため息を吐いた。
「そしたらまた、俺と毎日つまんねー仕事しようぜ」
「おう!」
フェリはなにも考えずに返事をした。
こいつの脳天気さは、今は救いだ。