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裏ギルド会議 中

「マーカスはどこに行ったのか、を考える前に、もうひとつ考える必要があります。そもそもなぜダフニアくんを騙したのか、です」

「え? それは、鎮痛剤を注文しすぎたから……」


 俺が言うと、本部長ことクソピンクゴリラ(ごく稀に優しい)は大仰にため息をついた。


「おめえなあ、騙されたってんだからなにからなにまでウソに決まってんだろ」

「そ、そそ、そんなことわかってますぅー」

「最初からお前をハメるための罠だったんだ。問題はその目的がなんなのかってえことだよ」

「目的……? 俺みたいな新人が目立つのがイヤだった……? いでっ!?」


 分厚いゴリラの手(小指はない)のチョップが振り下ろされた。

 痛い! 目の前に星が飛んだ!


「調子に乗るな、バカタレ。お前、マジで気づいてねえのか。最近いろいろおかしなことがあったろうが」

「おかしなこと……」


 はた、と気づく。


「……『逆毛は生き様』」

「それだよ」


 なるほど。

 そうか。

 そういうことか。

「逆毛は生き様」なんていう三下裏ギルドが——ウチも三下だが——「龍舞」の本拠地である13区まで荒らしに来るなんて、ふつうなら考えられない。

 わざわざ俺を捜して事務所にまでお礼参りに来てるのも変だ。

「全面戦争も辞さない」みたいなスタンスじゃないか、それじゃ。


「で、でもアイツらの行動とマーカスが俺を騙したことになんの関係が?」

「あのなあ——」

「本部長、そこは私が話しましょう。現場で毎日汗を流しているダフニアくんには難しい話です」


 そんな難しい話なら俺にしないで欲しい——と言いたいところだけど、俺に関わっている話なので聞いておきたい気持ちもあった。

 わかりやすくお願いします、若頭……。


「ダフニアくんが目立ったのは事実です。そしてそれが『龍舞』ファミリーの名声を高めたこともね。問題は、そのことが邪魔だったヤツら(・・・)がいるということ」

「邪魔……俺が、ですか?」

「はい」


 ほら。それじゃさっき俺が言った「俺が目立ったらイヤだ」ってのも合ってるんじゃん。

 恨みがましい目で本部長を見ると、ぎろりとにらみかえされた。

 おっかねえ。野生の獣おっかねえよ。


「それでヤツら(・・・)がなにを考えたのかと言うと……むしろダフニアくんを利用しようとしたのです」

「利用」

「『逆毛は生き様』みたいなチンピラをけしかけて、『からくりダフニア』なんてたいしたことないということを知らしめたかった」


 なんて迷惑な話だ。


「ですがそれはうまくいかなかった」


 フェリがぶちのめしたからか。


「そうなるとヤツら(・・・)は焦る。あの手この手で君を貶めようとした」

「まさか、『まりりんごーるど』のスーザンちゃんも……!?」

「風俗店の女の子は、治安本部が手を回したからですね。しかし君も敵が多いですね」

「…………」


 うれしくない情報ありがとうございます、若頭。


「結果として君は麻薬売買の片棒を担がされた。ヤツら(・・・)にとっては『龍舞』ファミリーにヒビを入れることができたから、大喜びでしょうね」

「そ、その『ヤツら』って一体誰なんです?」

「『龍舞』と敵対することになんのためらいもない者……そう言えばわかりますか」

「————」


 俺は思わず背筋が伸びた。


 ——しかも17区は『逆毛』の親の親、トップ裏ギルドの『青々虎々(インディゴタイガー)』の本拠地だ。なのに『逆毛』みたいな木っ端団体が16区どころか、俺らが今いるここ、13区にまでちょっかいを出すのは妙だな……と思ってさ。


 俺はそう、フェリに講釈を垂れた。

 トップの敵はトップ。

 つまり、


「『青々虎々』……!?」


 若頭はうなずいた。

「青々虎々」——それは王都エルドラド最大の武闘派集団。

 ギルド単体の人数で言えば「龍舞」の倍以上、1千人ほどを擁する。

「蜥蜴とピッケル」にとってのスーツみたいに、ジーンズを必ず穿くのがモットーだが、多くの市民もジーンズを穿いているので彼らは市中に紛れ込んでいる。

 彼らのギルドのモットーは「裏には裏の正義がある」。

 表だって非合法な行いをしていないがために、任侠集団だと思われ、多くの市民から慕われている。

 華々しいケンカの名手が集まる「龍舞」と違い、より市民に近いような存在ではある。


「でも『青々虎々』が違法薬物を……?」

「彼らが直接手がけたかどうかはわかりませんが、子、あるいは孫の裏ギルドが扱ったのは間違いないでしょう」

「で、でもそんな大物がバックにいて、なにをしようっていうんですか」

「シマですよ。王都16区を奪りたいんでしょう」

「なっ……」


 俺は——そんな、全面抗争になるかもしれないところに、巻き込まれてたのか?

 むちゃくちゃだ。

 俺の手に負えるはずがない。


「ダフニアくん」

「…………」

「ダフニアくん」

「…………」


 さっきからへたり込んだまま、うなだれている俺は、もはやなにも考えられなかった。


「——顔を上げろィ!」

「!」


 しゃがれた声で、俺の背筋はまたもぴんと伸びた。

 それは——本部長でも若頭でもなく、それまでボケッとしていたボスの声だったのだ。

 ボスは俺を見据えていた。

 その眼光は鋭く、いつもフェリを猫かわいがりしている姿からは想像できないほどの存在感を放っていた。


「ワシらァ半端モンは、人様のようにまっとうに働くことはできねェ。だからってうつむくんじゃねェ。だからこそうつむいちゃならねェンだ。この胸に灯した誇りの炎が消えちまったら、半端モンですらなくなっちまう」


 ぶん殴られたような気持ちだった。

 だけど、だけどさ。


「ボス……お言葉ですが、俺がやらかしたことが、全面抗争の火種になっちゃ——」

「おめェはこの()のモンだ。ってェことは、どんなに出来が悪くったってワシの子であることには変わりねェ。子の失敗は親の失敗だッ!!」


 立ち上がり、ダンッ、とローテーブルに足を載せたボスは、ふだん持ち歩いている杖を引き抜いた——なんとそこからはぎらりと白刃が現れたのだ。

 仕込み杖だ。

 切っ先がすぐ近くにいた若頭に当たりそうになったけれど、若頭はなんでもないふうに上体を反らすだけでそれをかわしてしまう。


「全面戦争? 上等じゃねェか! おい、組員(・・)を集めろォ! 討って出るぞォ!」


 え、え、え、え、えええええええ!?

 こっちから攻め込むっての!?

 どどどどうすんのよこれ!

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