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裏ギルド会議 前

 わからないままついていった先は、なんのことはない、窓ガラスに応急処置で木板を打ちつけたままの我が「蜥蜴とピッケル」事務所だった。

 数日空けただけで事務所の散らかりっぷりがヤバイ。本部長が戻ってくると、事務所でサイコロ賭博をやってたチンピラどもが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「——あれ、本部長、部屋はこっちじゃ」

「いいんだ」


 本部長は自分の部屋じゃなく、その隣の若頭の部屋でもなく——ボスの部屋の扉をノックした。


「戻りやした」

「——入ってください」


 背筋を氷でなでられるような声は、若頭のものだ。

 ボスの部屋に若頭が……? 頭の中が「?」でいっぱいの俺だったけれど、本部長とともに部屋に入る。

 ボスの部屋はシンプルだった。

 デカい机とイスがあって、その後ろ、壁面にはデカいピッケルが飾られている。

 ピッケルの上にはデカい蜥蜴の頭蓋骨だ。

 デカさこそがすばらしい、とでも言うべき価値観なのか、残りの家具である応接セットのソファもデカい。そこにちょこんと座っているボスは小さいのだけど。

 ボスの向かいには、冷たい目をした若頭がいた。

 ここに本部長が加わると「蜥蜴とピッケル」の幹部が勢揃いということになる。


「話は聞きました」


 若頭が短く言った。

 話……ってなんの話をどこまで聞いてるんだ……?

 今日いちばんの震えが俺を襲う。


「まさか……巷で話題の薬物売人が、ダフニアくんだったとはねえ……?」


 ひいいいいいっ!?

 すごい目でにらんでくる!?

 絶対二桁は殺してる目!!


「ち、ちちち違います! 俺そんな、そんな大それたことなんて……!」

「冗談です」

「……え」

「わかっていますよ。ダフニアくんみたいな小心者が、ギルドに隠れて麻薬の売買なんてできるわけありません」

「————」


 にこりと笑った若頭は、だけどいつも通り目が笑ってない。

 でもその顔は「いつもの顔」なのだ。

 俺は本格的にからかわれていたらしい——力が抜けてその場にへたり込んでしまった。


「……カシラ、ちょいとばかり薬が効きすぎのようで」


 本部長が珍しく俺をかばうようなことを言ったけど、相変わらずの微笑を浮かべたままの若頭と、なにを考えてるのかわからない——なんていうかボケちまったんだろうなこの人、って感じのボス。

 それにしたところで冗談きついよ、若頭……。


「ダフニアくん、自分が置かれた状況をどれくらい理解していますか?」

「え、ええと……俺、マーカスってオッサンに鎮痛剤を転売して欲しい買ってくれって言われて、それで転売してたんです。そしたらそれが麻薬だったみたいで、捕まって……」


 若頭と本部長が視線を交わしている。呆れた顔で。


「おめえ、マジのバカだな。医師や薬師ギルドを通してない薬の売買なんて、どのみち逮捕モンだぞ」

「そ、そうなんですか……?」

「大体、そんな美味い儲け話が転がってるわけねえだろ。転がっていたとしてもお前んところにゃこねえよ」

「…………」


 ぐうの音も出ない。

 すると若頭が、


「——いずれにせよダフニアくんは、先代の第4部長を葬ったという功績をフイにしたわけです。残念でしたね。実はダフニアくんが欲しいと『赫牙』から声が掛かっていたんですよ。裏ギルドの中でもイケイケドンドンの特攻部隊がありますからねえ、あそこは」

「いや全然お断りです。行きたくないです」

「カシラ、ダフニアは『蜥蜴とピッケル』にもっと尽くしてぇってことでしょうな」


 なに本部長はしたり顔で注釈いれてんだよ。違うんだが。足を洗いたいんだが。

 若頭は絶対俺のことをわかっているだろうにもっともらしく「なるほど。殊勝な態度です」なんてうなずいている。


「『赫牙』はもちろんのこと、『龍舞』からも、ダフニアくんについて厳重注意の連絡がありました。君を野放しにするなと。まあ、野放しにしたところで治安本部にもう一度出頭するのは時間の問題でしょうが」

「うっ……」

「ですが一方で、こういう見方もできます。なぜ、君は『保釈』されたのだと思いますか?」

「え……それは『龍舞』がお金を払ってくれたから……?」

「物事の一面だけしか見ていないですね。よく考えてください。明らかに君が罪を犯したとわかっていて保釈なんてしますか? 裁判が始まったら有罪で収監される運命なんですよ。意味がないでしょう」

「あ……確かに、そうっすね……」


 さらっと言わないで欲しい。俺の真っ暗闇の未来を!


「だが、君を今すぐ裁判に掛けることはできない事情が治安本部にはある……そう考えればまた違った見え方をする」

「な、なんですか、その事情って!」

「証拠が足りないんでしょう」


 え?


「どういうことですか? 俺、不法侵入の現行犯で捕まったんですよ」

「そうです。不法侵入だけならすぐに刑罰を与えられますが、問題は麻薬の売買です」

「あ……そうか! 俺、鎮痛剤持ってませんでした!」

「そのとおり。治安本部は君が鎮痛剤を所持していると踏んでいた。ですが君は持っていなかった……そうなると、どうなるか。不法侵入なら初犯は罰金程度で済みます。今や刑務所も過密状態でチンケな盗人のために檻を空けたくはないですからね。治安本部の狙いは『麻薬の取り扱い』による立件。つまり彼らは君が鎮痛剤を売ったという証拠、証人を捜します」

「お、俺が鎮痛剤を売った相手を証人にするってことですか」

「それもありますが……それだけでは弱い。なぜならアレが違法薬物だと気づいていたら、使っていた人間も逮捕の危険がある。彼らはだんまりを決め込むでしょう」

「なるほど……」

「あと、君にとっては朗報であることに、あの薬物はおそらくそう長く効かない(・・・・)。中毒性は低いんです」

「えっ、それじゃ、鎮痛剤を使った人たちはすぐに元に戻るってことですか?」

「ええ」


 よ、よかった……。

 麻薬中毒になった人たちのことまで背負わなきゃいけないとなったら、俺の小さなハートが粉々になるところだった。

 めちゃくちゃホッとした。


「ふつうに考えればおかしい話です。中毒が続くほうが麻薬は売れるわけです」

「それは……まあ、そうですね」

「ですが製造者はそうしなかった。なぜか?」


 なぜか? 俺にわかるわけがない。


「……ダフニアくん、もう少し頭を使うことを覚えましょうか?」


 呆れたように若頭は言うけど、本部長も仏頂面のまま黙ってますよ。絶対この類人猿はわかってないですよ。


「製造者、いえ、マーカスはわざとそうしたんですよ。中毒が長く続かないように。治安本部の動きが遅ければそれだけダフニアくんが儲けてしまうからですよ。つまり、ダフニアくんにそこまで儲けさせたくなかった。ただ、『麻薬を売った』という事実だけを作りたかった」

「俺を……逮捕させるために?」

「そのとおり。治安本部も一応、マーカスという男を捜しているでしょう。そもそも君が単独で麻薬を製造できないだろうとも考えているでしょうし、今ごろは協力者を徹底的に捜していると思われます。つまるところ、見当違いの方向に捜査の手を伸ばしています」

「あの……マーカスはどこに行ったんですかね?」


 俺が捕まるならマーカスだって捕まらないとおかしい。

 マーカスはどこに行ったんだ?

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