フェリはあきらめない
それから数日、俺は家で寝て過ごした。
もうなにもやる気が起きなかった。
王都からオサラバしてしまいたかったけれど、保釈中だと門で捕まる可能性が高く、そこで捕まると捜査と裁判が終わるまでは留置所にぶち込まれてしまう。
「……なんもできねーじゃん」
「龍舞」が俺を保釈したということは、「蜥蜴とピッケル」にも情報は伝わっているだろう。
本部長はそもそも俺を疑っていたわけだし、俺が騙されたのだと訴えてもどうせ信用しないか、むしろそれをネタに俺を死ぬまでこき使おうと思うかもしれない。
だったら最初から事務所になんて行かないほうがいい。
そうなると本気でなにもやることがない。
俺の王都ライフって、マジで事務所しかなかったんだな……。
「……ていうかこれ、もう終わってんじゃねーの?」
治安本部は俺を不法侵入の現行犯で逮捕した。
麻薬の密売の容疑でも捜査を進めている。
ラリッた連中は俺から「鎮痛剤」を買ったと証言するだろう。
そうなれば、今保釈されたとしても俺は近々また捕まって、今度は本格的な牢獄行きだ。
保釈なんてされたところで意味がないのだ。
「……あと少し、シャバの空気を楽しんでおけってことか?」
そんなことのために1千4百万イェンもの保釈金を「龍舞」が——レイチェルティリア様が出してくれたのか?
「…………」
目をつぶると、まぶたの裏側に見えるのはレイチェルティリア様の意味ありげな視線だった。
自動車での去り際、あの人はなにを言いたかったのか。
「七若龍」は殺せって言ったのに、あの人は止めてくれた。さらには高額の保釈金まで払ってくれた。
「……どうすりゃいいんだよ……」
「知りたいか?」
「ああ、知りたいよ。俺は今なにをするべきなのか——」
え、誰!?
がばりと身体を起こしたそこにいたのは、ピンクのシャツを着た毛むくじゃらの、
「ゴリラァァァァァ!!」
「誰が霊長類最強だ。お前、ついに悪口を誤魔化すこともしなくなったな?」
クソピンクゴリラ本部長がしゃがんで俺を見ていた。
ていうか毎度毎度不法侵入してくるんじゃねえよ。治安本部は早くこのゴリラを取り締まるべき。
「な、なんか用っすか……ま、まさか『小指落としてケジメつけろ』とか言わないっすよね?」
「言わねえよ。お前の小指なんざ犬も食わねえ。どうせお前は刑務所にぶち込まれて小指落とすどころかもっとキツい目に遭う」
ひいいい!?
やっぱり、刑務所って過酷なところなんだ!?
俺がガタガタ震えていると、本部長は、
「……んで、お前どうすんだよ」
わけのわからない質問をしてきた。
どうするもクソもない。
俺はまた治安本部に捕まるんだ。
そして刑務所にぶち込まれるんだ……。
「はーっ、たく。この俺様が見込んで舎弟頭にしたってのに、なんだその体たらくは」
「い、いや、全然望んでなかったっす……」
「ちょっと来い」
「へ。——うわっ、ちょ、ちょっとちょっと!?」
襟首をつかまれて持ち上げられる。
「首、し、しまる、しまりますって! 歩きます、ちゃんと歩きますから!」
「さっさとそうしろってんだ」
手を離されると狭い家の床にどちゃっと俺は落ちた。涙目になってぜえぜえと見上げるとクソゴリラは、
「ついてこい」
と言った。
ゴリラとお散歩なんてする気持ちではまったくなかったけど、余計なことを言ったら保釈期間の——貴重な俺の最後の自由時間——残りを病院で過ごすことになりそうだったので、俺は大人しくついていった。
見覚えのある繁華街にやってきた。
見覚えもあるはずだわ。俺が毎日のように集金やら御用聞きやらで走り回ってた繁華街だもんな。
「な、なんなんすか。まさか、保釈中の今も仕事をしろとか言わないですよね?」
「当然仕事はしろ、ボケ」
「…………」
「なんだその目は」
「……どうせ刑務所に入るだけの俺が、あくせく仕事するなんて……」
「馬鹿らしいか」
「……ええと、はい、まぁ……」
殴られるかもしれないと思ってぎゅっと目をつぶったが、拳は降ってこなかった。
「見ろ」
「……はい?」
本部長が指差したのは、1軒の酒場だった。
そこはウェイトレスのジーナちゃんが働いてる俺も行きつけの酒場だ。ここの集金だけは他の誰にもやらせなかったっけ……そう言えば今日が月の集金日だったか。
「え」
するとその酒場から出てきたジャケット姿の——女。
「蜥蜴とピッケル」の構成員であることがわかる、ぺらっぺらのジャケットだ。
「——いち、にぃ、さん……ええと、まあ、大丈夫……だよな?」
集金してきたのか、手にした貨幣を数えてから革袋に入れる。
ちっとも大丈夫じゃねえよ、ちゃんと数えろよ——フェリ。
「お前がいねえ間はよ、フェリがああして仕事してくれてんだよ。お前が絶対他のヤツに渡さなかった仕事は特にな。アイツはバカだから、金勘定が間違ってたりして煙に巻かれるんだが、そういう相手には何度も何度も向かっていってる」
「……なんで、そんな……」
「お前はヤクの売人なんてクソダセー真似はしてねえってよ。だからすぐにギルドに戻ってくると。そんときまでお前の仕事をやるのは自分だって言ってんぞ」
「……フェリ」
なんなんだよ。お前は。
バカでチョロくてぶっ壊すことしか能がないのがお前だろ。
なのに……なんでそんなこと。
「なあ、ダフニアよ。今のお前、マジでクソダセエよな」
「…………」
言い返す言葉がない。
「……はい」
声が震える。
俺はなにしてたんだ。何日も家でふてくされて寝転がって。
俺のせいじゃない俺のせいじゃないって言って。
自分に、向き合おうともしなかった。
わかってたのに。違和感を無視していた俺にだって悪いところがあるってことも。
薬物の売人として活動してしまったということも。
「わかったんならいい」
そのとき初めて本部長が——信じられないくらいの優しい声で言った。
「行くぞ、ダフニア」
「行く……? どこへ?」
「いいから来い。皆さんお待ちかねだ」
え。「皆さん」?
なに、なにどういうこと?
フェリはいい子。