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悪のニオイがします

 ヤバすぎ。

 ついに俺の二つ名がバカを引き寄せるまでになってしまったのか。


「で、そのバカはどうなったんだ?」

「そいつは……本部長が相手をしたんだけど」

「なんだ本部長がいたのか」


 焦って損した。

 こういうときくらいは本部長を働かせないとな。ラリッたバカの処分とかゴリラ向きの案件にもほどがある。


「本部長はそいつを帰らせたあとに、あたしに言ったんだ。『ニアのクソッタレを連れてこい』って」

「はあ? なんだそれ、迷惑かけやがってってこと? むしろ俺が今まで散々本部長の尻を拭いてやったってのに……」


 汚した事務所の掃除とか、書類の記入漏れで役人に謝りにいったりとかな。


「違う。本部長は……ニアが『ドラッグを売った』って」

「……はあ?」

「そんなわけねーよな!? ニアがそんなクソダセーことするわけねーよな!?」

「バカ力で引っ張るなバカ! 痛い痛い! ——ってスキル発動しとるがな!?」


 胸ぐらつかまれてぐわんぐわんされたところで「破壊」スキル発動とか俺が死んでしまうわ!

 スーツの襟がおかげさまで一部粉末状になっちまったんだが……。


「だ、だよな。よかった~。それじゃ本部長のところに戻って言おうぜ! そんなクソダサ坊主じゃねーって! ニアは漢の中の漢だって!」

「……それはいいや」

「え」

「まだ舎弟どもを残してるからよ、先に帰っててくれや」


 じゃあな、とばかりに手をさらりと振って俺はフェリに背を向けた。

 俺を(ヤク)の売人だと勘違いした本部長と会うなんてまっぴらごめんだ。

 せめて先にフェリの口から伝えてもらって、それから一晩おいて明日あたりに会いに行けばいいか。


「ニ、ニア、戻ろうぜ! 事務所に!」

「本部長の相手は頼んだぞー。俺はもう少し飲んでくから」

「……バカ! バカニア!」


 捨て台詞みたいにフェリは言って、走って去った。


「なんなんだよ……お前みたいなバカになんでバカ呼ばわりされなきゃなんないんだ」


 むしゃくしゃしつつ酒場に戻る。

 すると、


「あ! 兄貴! 兄貴のぶんも頼んでおきましたから!」

「…………」


 テーブルに載ってるジョッキの数がおかしいんだが? この短時間で数倍にふくれあがってねえか?


「今日はちょっと酔っ払ったんで帰りますね! それじゃあ!」

「あ、おい待ててめえら!」

「ごちそうさんっした!」

「した!」

「シャァァァッス!」


 蜘蛛の子を散らすようにチンピラたちが店の外に飛び出していく。

 あのバカども……俺に支払い任せてバッくれやがった。


「……あ、あのう、『血煙ダフニア』さん。お勘定がこれくらいになってるんですが」

「ひょあい!?」


 変な声が出た。

 こんな安酒場で、どうやったら10万超えの請求書が出てくるんだよ!?




 は~~~ムカつく。

 今日一日の稼ぎがバカどものせいで吹っ飛んじまった。

 まあ、それでも懐は温かいんだけどさ。


「……まだ日付も変わってねーか」


 俺はムカつきながらひとりでぶらぶらしていた。

 王都13区の大劇場前には時計台があり、23時を過ぎたところだった。

 劇場の公演はとっくに終わっているのであたりは閑散としているが、繁華街方面はまだまだ活気がある。


「…………」


 いや、しかし……事務所に押しかけてきたラリッたバカってのが気になるな。

 確かに、昨日今日と鎮痛剤を売りに行くと、客の目が血走ってたりするんだよな……。

 とはいえなぁ、マーカスのオッサン、怪しいところがないんだよ。

 俺に「まだまだ在庫があるんです……」なんて涙目で言ってくるくらいだし。薬品がある倉庫で直接取引までしてるし。

 ヤバイ薬だったら、倉庫なんて見せないよな?

 倉庫には他にも大量の薬品が積んであったもんな。


「おん?」


 そのとき、近くのショーウィンドウに映る自分の姿に気づいた。

 来た来た来たァ。

 来ましたよ!

「幸運」スキルが発動してますよ!


「これはアレだな!? 細かいこと気にしないで、幸運に身を任せろってことだな!?」


 よっしゃ! 今日こそ行くか……女の子のいるお店……!

 金も回ってくるようになった。

 バカどももいない。

 スーツは……まあ、ちょっとぶっ壊れてるけど、ちょうどいいタイミングじゃないか。

 今日こそ俺は、童貞を捨てるのだ!


「いやぁ、でもなぁ、『幸運』スキルを発動しながら女の子とえっちなことしちゃったら、アレだよ、ほら、俺のジュニア(ムスコ)ジュニア(息子)を授けちゃうんじゃないのぉ~~?」


 でゅふふふふ。

 いや、気持ち悪い笑い声出たわ。

 ていうか、こんな思考を以前も俺はしたような気がするが……。


「……悪のニオイがしますわぁ」

「!!?!??!?!?!?」


 耳元で囁かれて振り返ると、そこには完全武装済みのアティラ=ストーム王女殿下と、彼女の引き連れる騎士たちがいた。

 みんな馬には乗っていなかったけど。


「な、ななな」


 なんでこんなところにいるんだよ!? 王女様ってヒマなの!?


「下郎、離れよ!」

「うごっ」


 騎士が割り込んできて俺を突き飛ばす。

 数歩後ろによろめいた俺は、ガシッと両肩をつかまれた。

 俺をつかんだのは——。


「……なんだ、王女と犬どもか。こんな時間に出歩くとはいい身分だな」


 レレレレイチェルティリア様!?

 今日はヴェールをせず、いつものスレンダーなチャイナドレス姿だ。

 だけど、だけど、なんで視線は俺のズボンに向いていますかね……?


「貴様ら、裏ギルドの者が大手を振って歩くなど言語道断。姫様、この際ここで一網打尽にしましょう」


 と騎士が憤れば、


「おいおい、なんの罪もない俺らを騎士様がいたぶるってのかぁ? それじゃあ、こっちも反撃しなくちゃならねえなあ。正当防衛ってヤツだ」


 と「七若龍」のひとり、筋肉のオッサンが言う。

 レイチェルティリア様の後ろには「七若龍」が他にひとりと、「龍舞」の腕利きらしい連中が何人もいる。

 ヤツらの頼もしそうなこと!「蜥蜴とピッケル」のバカどもにも見習わせたい。

 これは……またも「幸運」スキルによる逃亡チャンスじゃないのか? さすが「幸運」スキルだぜ! アティラ様に見つかる前に逃げられる道を教えて欲しかったけどな!


「——レイチェルティリア、『龍舞』の娘よ。なぜその若い男を気にするのですか?」


 抜き足差し足で逃げようとすると、アティラ様の声が聞こえた。

 若い男。

 若い男って……えーっと、誰のことかな?


「彼は『蜥蜴とピッケル』の構成員。『龍舞』の孫に当たる」


 はい、俺の話ですね!


「——なんだ、姫様はなんの話をしている? あのうだつの上がらない男がなんなんだ?」

「——さっきも耳元でなにか話しかけていたような……うらやましい!」

「——殺すか。殺そう」

「——そうだな。治安行動に事故はつきものだ」


 騎士たちがなんか物騒な話してるんですが!


「そちらこそ、彼がいったいなにをしたと? 王女殿下は王宮に戻られたらよろしいのでは?」

「……今のわたくしは騎士。騎士は王国のために動くだけですわ」


 ふたりの、美女と美少女が向き合って対峙する。

 その迫力に俺は息を呑み、騎士たちは腰の剣に手を掛け、「龍舞」の戦闘員はいつでも動けるように身をかがめる。


「……最近、タチの悪い違法薬物が出回っていますわ。知っていることがあるならさっさと言うのをお勧めしますわ」


 違法薬物?


「知らない。ウチは麻薬を扱ったら破門よ」


 レイチェルティリア様が即座に答える。


「兵隊をぞろぞろ連れて歩いているところを見ると、『龍舞』も売人を見つけられていないということかしら?」

「……騎士に言う必要はない」

「『龍舞』がこの件に一枚噛んでいたら、あなたたちも無事ではいられなくてよ」

「余計なお世話」


 違法薬物。

 麻薬。

「龍舞」も騎士も、それに目を付けて動いている。

 ラリッたバカが事務所にやってきて、俺を出せと言ってきた。


(……も、もしかしてヤバイ……んじゃ?)


 俺はひとり、滝のように冷や汗をかいていた。

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