ふっ、勝ったな。
その日の現場はしんどかった。
路地裏で死んでいた腐乱死体の運搬に始まり、血のニオイがまだ残る殺人現場からの死体運び、最後は首を吊って糞尿をまき散らしたオッサンの死体運びだ。
「やっべえ……さすがに死体運び3連発はきついな」
「……おぇっぷ」
「フェリ、キツいなら吐いちまったほうが楽だぞ」
「だ、大丈夫だっつーの、これくらい……」
さすがの鈍感系破壊神フェリも顔を青ざめさせている。
「……お疲れさん」
首吊り現場となったアパートメントの大家が、俺のところにやってきた。
「アンタらも役に立つことはあるんだな」
亜人種らしい大家は、俺の腰くらいまでの背の高さしかない。
このアパートメントは「蜥蜴とピッケル」が「赫牙」に管理を任されており、この大家からは毎月5万イェンを上納してもらっている。
今まで俺が上納金の回収に来てもムスッとして、金を差し出すだけだったのに、今日ばかりはちゃんと話すつもりがあるらしい。
「……まあ、それを含めての上納金だからさ」
「当然だ。今日のようなことが毎月ないと割に合わん」
いやさすがにそれは言い過ぎだろ?
毎月5万で死体運びなんて安すぎる。あと簡単に住人を死なすなよ。
「だが……助かった。ありがとうな」
大家はそう言うと去って行った。
「へへっ。感謝されるってのも悪くねーな! ニア!」
単純なフェリはすっかり回復していた。
おいおい……。
あんな感謝より俺はお茶の一杯でも欲しかったぜ。
特別ボーナスで金をもらえるならもっといい。
「……はあ、まあいいや。とりあえず帰るか」
すでに王都は夕陽に染まっている——とそこへ、
「——いたいた! 舎弟頭~!」
ピョイとベッスルのふたりが赤ら顔で走ってきた。
……顔が赤いのは夕焼けのせいだけではないだろう。足元がすでに怪しいし、「ヒック」なんてしゃっくりまでしてやがる。
「てめぇら、そこに並べ。ぶん殴ってやる」
「はぁ!? なんでっすか!?」
「気分だ」
「気分!」
じりり、とピョイとベッスルは後じさりをしながら、
「い、言われたとおりに儲け話を耳にしたんで持ってきたんすよ~」
「そ、そうっすよ。俺らほんとならこれから風俗街に繰り出す予定だったんすけど、舎弟頭に筋を通そうとしただけっつうか」
「マジで儲け話か?」
「マ、マジっすよ! マジもんのマジ!」
「そんなら聞いてやる」
風俗街に繰り出す、という部分は聞き捨てならなかったが、今の俺には金のほうが大事だ。
「実は——」
「——はい、私が薬商のマーカスです。ここであの『からくりダフニア』様に会えるとは! これは運命の神エタフに感謝しなければなりませんね!」
ピョイとベッスルに聞いた酒場で、俺はまん丸顔のおっさん、マーカスと知り合った。
マーカスは薬師ギルドではなく商業ギルドに登録している薬品商人で、俺のことも知っているらしい。
おいおい~、俺もどんどん有名になってきてるなぁ~?
……正直全然うれしくねーけど。
ひっそりと金だけ持って生きていたい。
「そんで、儲け話ってなんなんだ?」
俺は単刀直入に聞いた。
大体、ピョイとベッスルが持ってきた話だ。十中八九なんらかの間違いだろう。
ちなみにフェリは「儲け話」が万が一本物だったらいろいろと面倒なので事務所に置いてきた。
ほら、アイツ、壊したりするし。
「ええと……儲け話かと言われれば難しいのですが」
「はあ?」
なんだよ。やっぱりな。儲け話なんてそう簡単に転がってるわけねーよな。
よし。今からなら間に合うな。風俗街に行ってピョイとベッスルの邪魔をしてやろう。
「ちょ、ちょっとお待ちを、ダフニア様!」
俺が立ち上がると、マーカスのおっさんはあわてて止めてきた。
「いや、儲からないならいいよ」
「そ、それは誤解があったようです。儲けは出ると思います。ただ莫大な利益みたいなものを望まれると困ると言うことで……」
……ほう?
「つまりは手堅いビジネスの話でございます」
ほうほう。
いいねえ。手堅い話のほうが俺はうれしいぞ!
「や、やはりそういうお話は、裏ギルドの方は興味がないですかね……?」
「とりあえず話してみな。最後まで聞いて判断する」
俺はなるべく横柄に言ってみせた。
そうでもしないとただでさえ俺なんてガキに見られがちだからな。
「実は——事の発端は在庫のカウントミスに始まるのです」
マーカスのオッサンが話したことには、
・在庫の整理中に鎮痛剤が底を尽きそうだと報告。
・折悪しく大型の発注があって、あわてて大量注文をした。
・だが在庫の管理ミスが判明。
・倉庫には鎮痛剤が山と積んであり、大量注文した鎮痛剤があぶれてしまった。
「問題はこの鎮痛剤、魔術を効かせているので薬効が1年しかないのです。そこで、正規のお医者様以外の販路を探しております」
後半は、かなり声を押さえてオッサンは言った。
「ふむ……」
筋は通ってる。
通ってるけどなぁ……。
「鎮痛剤なんて、そんなに使わないだろ」
「え?」
きょとんとするオッサン。
「い、いやぁ……まさか『からくりダフニア』さんがそんな、鎮痛剤の使い道がわからないなんてことはないですよね?」
「…………」
いや知らんけど。
え? 頭が痛いときとかに飲むヤツじゃないの?
え、知らないってなんか恥ずかしいの?
俺が冷や汗をかいていると、
「ちょっとした病気はもちろん、繁華街や風俗街の女性につきものの生理痛も軽減できますし、なんなら集中を高めるための鎮静剤代わりにも使われている——」
「あ、あー! はいはい、そっちね。そっちの鎮痛剤ね!」
「そ、そうですとも。そちらの鎮痛剤です。『からくりダフニア』さんともあろう方に私はなんともつまらない説明をしてしまいました」
「そうだぜ、マーカスさんよ。まったく。そんな単純な話だとはね、うん、俺もね、思わなくてね……」
ぐび、とジョッキのビールを飲む。生ぬるいビールだ。
「それで、どうでしょうか?」
「なにが?」
「販路ですよ、販路。医者に処方させたら1錠500イェンはします。ダフニアさんには特別に400イェンで卸しますので、500イェンで売るもよし、もっと吹っかけてもよし……」
「は? 医者が500イェンで売るのに吹っかけてもしょうがねえだろ」
「それはその、医者に掛かれない者もおりますので」
「あぁ……」
世の中には確かにいろんなワケがある。
医者に掛かれない犯罪者、医者嫌い、医者とトラブッて出入り禁止のヤツ、医者に掛かってるのを知られたくないヤツ……。
そもそもがこの鎮痛剤自体がワケありだ。
そう考えると販路は多いかもしれない。
俺が毎日、王都のあちこちを歩き回って会う人数は結構多い。
「いかがです? 悪い条件ではないと思いますが……」
「俺への卸値は100イェンだ」
「——はっ? い、今なんと……」
「100イェンだ」
「ご、ご冗談を……100イェンではこちらは大損もいいところです」
「冗談を言ってるのはお前だろ。1錠売って俺の利益が100イェンだと? 俺が毎日いくら儲けてると思ってんだよ」
日給にすると、1万イェンもいかねーけどな!
ここはあえて強気で行く。
「それにな、その鎮痛剤はほっとけば1年後にはただのゴミになる。ゴミが金になるなら儲けものだろ?」
「しかし……」
「ああ、別に1年待ってもいいぞ? ゴミの処理もウチのギルドの得意分野だ」
「…………」
俺がにやりと笑って見せると、オッサンは懐からハンカチを出して顔の汗を拭った。
「わ、わかりました……ですが売値は150イェンで……」
「100イェンだ」
「お願いします!」
「90イェンにしよう」
「!? わ、わかりました、100イェンでいいです!」
ふっ、勝ったな。