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金が欲しいんじゃ〜

3章開幕です。

 金が欲しい。

 切実に金が欲しい。

 金さえあればあのクソゴリラに負い目を感じることもなく、いやそもそも、裏ギルド稼業なんかとっとと足を洗えるのだ。


「…………」


 大量の肉が吊されている肉店。

 金持ち向けの菓子店。

 日用品を扱っている金物店。

 魔道具の修理工房。

 仕事の斡旋所——俺たちとは違う表ギルド。いや、ふつうのギルドはわざわざ「表」なんて言ったりしない。ただの「ギルド」だ。

 王都は広い。

 そのどこにでも働く場所はあるというのに、俺はなぜか裏ギルドで、毎日靴底を磨り減らして駆けずり回っている。


「なあ、ニア! やっぱ『からくりダフニア』より『血煙ダフニア』のほうがカッケーよな!」


 しかもフェリの頭の悪い会話を聞かされながら、だ。

 モヒカンのピョイと出っ歯のベッスルは昨晩の賭博で小金を儲けたらしく、今夜はどの店に繰り出すかなんて話している。


「あのなぁ……血煙じゃねえよ。あれは謎の赤い汁だ」

「だけど血まみれでみんな倒れてたぞ」

「むしろお前がぶん殴ったチンピラどもが血を噴いてただろ」

「そうかなぁ?」


 そうだよ。

 お前の「破壊」スキルとかのほうがよっぽど血煙に近いよ。


「そんで、次はどこの現場行くんだ?」

「ああ……身元不明の死体の運搬だってよ」


 俺がフェリに答えると、ピョイとベッスルの身体が硬直した。


「あ、あのぅ……舎弟頭。俺ら、今夜はビッと決めるつもりなんで、悪臭がつくような仕事はちょっと……」

「あと汚れもちょっと……」

「ウチの仕事で臭くもなく汚れもしない仕事なんかねえよ」


 俺がにっこりしてみせると、ピョイとベッスルは足を止めて後じさりした。


「おいおい……お前らまさか、現場を前に逃走(イモひく)なんてダセェことする気じゃねえだろうな?」

「だ、だけどっすよ!? 今日に限ってそんな最悪級の現場やるこたあねえでしょうが!?」

「いつもならバカどもにやらせてるっしょ!?」


 お前らもバカだけどな。


「ピョイ、ベッスル……そんなにやりたくねえのか?」

「……はい」

「俺、やりたくねえっす!」


 なにイイ顔して仕事放棄を宣言してんだよ。


「……そんじゃ、今日は勘弁してやる」

「マジッスか!?」

「さすが舎弟頭! 話がわかるゥ!」

「その代わり——金儲けの話があれば持ってこい。ただし博打はダメだぞ。あと明日はキツイ仕事やるからな、汚れていい服着てこい」

「わっかりやした!」

「そんじゃこれで失礼しやす!」


 ピョイとベッスルのふたりは拳を天に突き上げてジャンプしながら去っていった。

 ていうかまだ昼の2時なんだが。なに勝手に仕事終わりにしちゃってんだよ。

 そういうところがバカなんだってのに。


「…………」


 むっすー、とした顔でフェリが俺を見てくる。


「……なんだよ」

「なんで、ピョイとベッスルを甘やかすんだよ? 確かにニアは手下につらいことさせて自分はなんもしねーなんてダセーことやらないけどさあ!」


 いや、やるけどね?

 俺だって左うちわで暮らしたいけどね?


「……いいだろうが。今日くらいは、お前とじっくり話したかっただけだよ」

「!?」


 俺が言うと、フェリは、


「そ、そ、そそういうことなら、しょ、しょうがねーなー! ニアと対等に話せるのはあたしだけだもんなー!」


 顔を赤くして、後ろで結んだ髪をぴょんぴょんさせながら上機嫌に歩き出した。

 ちょれー。

 フェリさんちょれーっすわ。

 ていうか、俺だってピョイとベッスルをなにもさせずに遊ばせる気はない。

 ちゃんと「儲け話」を持ってこいと言ったし。

 うちのギルドでまともに話ができるのがほとんどいないから、ピョイとベッスルを使うしかないのだ。

 そう。

 俺には金がないのだ!


「……まあ、期待は薄いけどな」



     ●~*  レイチェルティリア  ●~*



「お嬢、これ以上調べてもなんも出てきませんって」


 重厚なインテリアで整えられた、真紅と黒の空間。

 魔獣の革を張ったソファに腰を下ろしているのは「龍舞」の娘、レイチェルティリアその人で、彼女の向かいにはムキムキのオッサンがひとりだけ座っていた。


「…………」


 レイチェルティリアは「ダフニア構成員調査結果」と表に書かれた紙束をぺらぺらとめくっている。もう何往復もしている。


「お嬢、何度見ても中身は変わりませんって。あの構成員は『蜥蜴とピッケル』所属。ウチから見たら孫に当たる裏ギルドです。ダフニア本人もなんも出てきませんわ。王都(エルドラド)から馬車で1か月はかかる田舎出身の田舎者。借金をこさえて『蜥蜴とピッケル』にいいように使われてる、これまた絵に描いたようなチンピラ」

「…………」

「いったいお嬢はなにを気にしてるっていうんですか? そりゃ確かに、治安本部の第4部長を——」

「ちん……」

「——魔導爆薬で追い詰めたのはすげえ……って、お嬢、今なにか言いましたか?」

「…………」


 レイチェルティリアはふるふると首を横に振った。


「……まあいいや。とにかく、ラッキーボーイってだけでしょう。大体俺は、第4部長失脚の件だって、裏で糸引いてるヤツがいるんだとにらんでますよ。田舎から出てきた田舎者が、魔導爆薬で大金星なんてシンデレラストーリー、できすぎでしょう? 表に出られない野郎が、仕組んでるんですわ」

「…………」


 レイチェルティリアの視線は一箇所で止まっていた。


『所有スキル:不明』


 するとそれに気づいたように、


「ん? ああ、ダフニアのヤツはスキル鑑定が終わったらすぐに王都に来たみたいで、ほとんど地元のヤツに言わなかったようですわ。スキルがなんであっても、今のヤツの動きとは変わりないっすからね。お嬢みたいにブッ飛びスキルだったらそのうちイヤでもわかるでしょうし」

「…………」


 レイチェルティリアのスキルは「氷」。

 星の数ほどあるスキルのなかでも、「自然系」のものは珍しく、強力無比の力を発揮する。

 暴力で人を支配する裏ギルド界隈では、最高のスキルとも言える。


「ともかく! しばらく泳がせときましょう。なんか問題がありゃ、尻尾を出すでしょうし。お嬢には他にもやらなきゃいけないことが山ほどあります」


 ムキムキのオッサンは風呂敷袋から大量の姿絵を取り出した。釣書(つりがき)もついているそれは——、


「……お嬢、今日こそはこの中から選んでもらいますぜ。見合い相手(・・・・・)

「…………」


 ぷいっ、とレイチェルティリアはそっぽを向いた。

 頬をふくらませて。


「お嬢! ボスも気にしてるんですよ! 決まった男もいねえ、見合いも断る、そんなんじゃいつまで経っても寂しい独り身だろうって!」


 だがオッサンはわかっていない。

 レイチェルティリアを蝶よ花よと育ててきたのは他ならぬ彼らだ。

 変な虫がつかないようにと大事に育てたせいで、部下ではない男との接し方がわからない。

 下世話な話を降られたこともないから知識もない。

 そんな彼女がようやく見たのが——、


「ようやく気にしたと思ったらこんな三下チンピラ! いかんですぜ!」


 そう、ダフニアだ。

 しかも下半身丸出しだ。

 同年代の下半身など見たこともなかったレイチェルティリアが興味を抱いてしまうのは、仕方のないことなのである。


「……『蜥蜴とピッケル』は三下ではないだろう?」

「…………」


 ようやく口を開いたと思ったら、そんな言葉だった。


「……あそこのボスは、火の玉みたいなドワーフでしたからね。『赫牙』もお目付役を派遣してるくらいです。だけどそれだけですよ。往年の栄光を振り回すような人でもねえし」

「…………」

「お嬢。話を逸らすのはそれくらいにして、見合い相手を選んでくだせえ!」

「チッ」

「いや、露骨に話逸らしたじゃないですか。そんなんわかりますわ。俺ら『七若龍』だって心配で心配で——」

「お嬢~!」


 とそこへ、ツインテールの少女が現れた。

「七若龍」のひとりであるナヴィだ。


「あれ? なに、まだ見合いとか前時代的なことやってんの?」

「ナヴィ、黙れ。お嬢にはそろそろちゃんとした相手をだな……」

「うはっ、なんなんそれ。父親ヅラしてんなよキモイ」

「……てめぇには一度ちゃんと、どっちが上でどっちが下なのかを教えてやんなきゃならねえようだなぁ……?」

「そんなことよりお嬢、ちょっと報告があります」

「聞こう」

「お嬢!?」


 なんかいい感じに迫力を漂わせながら立ち上がったオッサンを無視したナヴィと、これ幸いと部屋を出て行くレイチェルティリア。


「んべーっ」

「てめぇナヴィ殺す!」


 あかんべーしたナヴィはレイチェルティリアとともに廊下へと出た。


「……あまり、からかうな。アイツも、あれでも私を心配してるんだ」

「それくらいわかってますって。でも暑苦しいの、あたしはやだなー」


 その正直な物言いにレイチェルティリアは小さく笑い、


「それで? 報告とは?」

「あ、そうそう。実は……」


 たずねられたナヴィが深刻そうな顔をする。


「……どうやらウチのシマで、ドラッグを扱ったバカがいるみたいで」

「…………」

「ウチのシマはドラッグ一切禁止でしょ。どうします」


 答えは決まっている。


「見つけ次第ブチ殺しな」


 ナヴィはにんまりと笑った。


「はぁい」


 最後にハートマークでもつきそうな声だった。

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