「血煙ダフニア」爆誕
赤い謎汁を頭からかぶった俺に、チンピラどもが殺到してくる。
あ……これは死んだ。
絶対逃げきれんわ。
さすがの俺もあきらめて、最初の逆毛のパンチを受け入れようとしたときだった——できることならさっさと気絶させて欲しいなんて思いながら。
「!?w」
逆毛のパンチは俺の頬に当たったかと思うと、
「へ?」
「て、てめぇ、よけんなwWw」
次は蹴ろうとした逆毛だったが、後ろから来たチンピラにぶつかってずっこける。
あ、そうか。
周囲は一面の赤い謎汁だ。
薄汚れた石畳に滑るのだろう。
「よそ見してんじゃねえぞ、『からくりダフニア』!」
「!?」
ちょっ、おい、角材ぶん回してくるなよ!? さすがに凶器はずるいだろ!?
「おわっとぉ!?」
だが、その角材すらも明後日の方向に振り抜かれる。
チンピラも踏み込もうとしたら滑ったのだろう。
「全員で掛かれ!」
「おお!」
チンピラが次々に飛び掛かってくる。
だがその誰もが力が入らず、しかも俺に手が届こうとしても
「ほ、ほあ、ほあたたたたたたた!?」
滑るとは言え、俺の身体のあちこちから力が掛かる。
意思とは無関係に俺の身体はぐるぐる回転するし腕もぶんぶん振り回されてしまう。
「ぐぁっ」
「ぎぇっ」
「ごぉっ」
チンピラの何人かに俺の拳や肘が当たったらしい。
ていうか俺の手が痛てえ!
その前に目が回る、め、目が、回る……!!
「——ニア~!」
意識が飛ぶ寸前、ぐるぐる回る俺の視界にはスキルを発動しながら嬉々として走ってくる人間破壊兵器フェリと、相変わらずの美しい身のこなしでチンピラを蹴り飛ばしながら近づいてくるレイチェルティリア様の姿が見えた——。
●~*
「——そんときのニアはすごかったんだぞ。なんせ群れてくるボケカスどもをちぎっては投げちぎっては投げしてたんだ!」
いつもの薄汚い事務所では、
昨日のチンピラストリートでの出来事だ。
「——中にはな、ニアににらまれただけで縮み上がって、ぶっ倒れるヤツもいたんだぞ!」
それたぶん、足を滑らせて転んだだけだよな?
「——あんだけ囲まれてもニアには誰も指一本触れられず、ニアは無傷なんだ!」
触られまくってたし(つるんつるんしてたけど)、今の俺のジャケットの下は包帯と湿布でぐるぐる巻きだぞ。
大体最初にぶん殴られたところの頬は腫れ上がって、湿布貼ってるだろ。
「マジで?」みたいな感じで舎弟がこっち見てくるだろ。どう考えても「無傷」は無理がある。
「——そんでな、お節介かと思ったんだけどあたしも参戦したってわけだよ! ニアの背中を任してもらえるのはあたしくらいしかいねーから!」
レイチェルティリア様もいただろ。
なんでナチュラルにその存在を消しちゃうんだよ。
とはいえ確かに俺ひとりだったらへろへろになってやがてぶっ倒れてた。
フェリとレイチェルティリア様が残りのチンピラや逆毛を始末してくれたおかげで俺は生きて帰れたんだよな……。
フェリに至っては、気絶ぎりぎりの俺に肩を貸して家まで運んでくれたし。レイチェルティリア様はなんか俺の股間をじっと見ていたような気がしたけど。
そう思えば、フェリのフカシくらい大目に見てやるか……。
「——『からくりダフニア』なんて二つ名、やっぱニアには合わねーと思うんだ。今日からは、『血煙ダフニア』だな! なっ、ニア!?」
やっぱフェリに任せといたらダメだわ!
「おまっ、マジで外でそんなこっぱずかしい二つ名を口にするんじゃ——」
「仕事しろや、バカ助どもが!」
とそこへやってきたのはクソピンクゴリラこと本部長だった。
ぱぁっ、と蜘蛛の子を散らすように逃げていく舎弟たち。「仕事行ってきます!」とか言ってるけど、俺が割り当てた仕事先へと向かうのは実際は5割がいいところであることを俺は知っている。
やれやれ、俺も行くか……。
「ちょい待てや、ダフニアくぅん?」
「ひっ」
クソピンクゴリラの分厚い手が俺の肩に載せられた。
「本部長! ニアは昨日大活躍だったんだぞ! もっと優しく——」
「フェリ。俺とダフニアは男と男の話がある」
本部長といえど、ボスに可愛がられているフェリをむげにはできないのでそんなふうに言った。
「お、男と男の話……!?」
フェリはチョロいので目を輝かせている。
「そんなわけでお前はそこで大人しくしてろや」
「わ、わかった。……ニ、ニア、後で、な?」
なにが「後で」だよ。「後で男と男の話を聞かせて欲しい」ってことなんだろうけど、どうせろくな話じゃねーよ。
俺はずるずるとゴリラに引きずられながらゴリラの
「んで? ダフニア、てめぇまた派手にやらかしたそうじゃねえか」
「っ!? そ、それは……」
「なぁに、裏ギルドとケンカは切っても切れねえ関係。ケンカすることはなんも悪くねえよ」
だよね? そうだよね? ケンカくらいじゃ怒らないよね?
なのにどうして俺は立たされて、本部長は俺の周りをのっしのっしと歩いているのかな?
「ダフニア……お前のそのジャケット、新しいな? ケンカで破いてウチの備品を出したんだろ?」
「……は、はい」
図星だった。
「蜥蜴とピッケル」の制服であるジャケットスーツ。自腹を切って買うお金はあるのだけど、こんなものに使いたくはないので、俺は事務所に置いてあった予備に袖を通した。
予備と言っても中古品だけどな。カビ生えてたし。
「俺はよぉ、備品を使うなとは言わん。使うために買ってあるんだから。そうだろ?」
「は、はい……」
な、なんなんだよぉ! 本部長はなにを言いたいんだよぉ!
真綿でぐいぐい首を絞めないでよぉ!
「だけどなぁ……」
本部長は俺の後ろから耳元で囁いた。
「留守を頼まれたのに、事務所を空けちゃあいけねえよな? しかもガラスまで割っちまってよぉ、これからの季節、虫が入ってくるぞぉ?」
「す、すみません! 窓ガラスは弁償します!」
俺は全然悪くないんだけどさぁ! むしろアティラ王女殿下に請求して欲しいくらいだよ! できるわけないけど!
「……なんつってな」
「へ?」
ニカッと笑った本部長は——いや、たぶん笑ったんだよな? なんか凶暴な歯茎とやたらぴかぴかの白い歯が見えただけなので、もしかしたら威嚇のポーズかもしれないが——ソファにどかっと座った。
「昨日『赫牙』に呼ばれたっつったろ」
「あ……はい」
「どうもキナくせえ動きをしてるヤツらがいる。『
「『逆毛は生き様』の連中のことっすか」
「んな小せえ裏ギルドの名前なんていちいち覚えちゃねえよ」
ウチも十分「小せえ裏ギルド」だと思いますけども。
あとそいつらのボスに自爆特攻してこいって言ったのあなただと思いますけど。
「お前も気をつけろよ、ダフニア」
「俺っすか……まあ、気をつけてはいますけど。逆毛を見たら逃げます」
「別にお前がボコボコになろうが死のうが関係ねえんだ。気をつけるのはそこじゃねえよ」
いや、「そこ」だよ。俺はボコボコになりたくないし死にたくないよ。
「小競り合いのケンカなんざ今まであったわけだ。だが、そんなことでシマの勢力図は変わったりしねえ。連中の狙いは……もっと違うところにあるんじゃねえのか? たとえば、お前みたいな舎弟頭をつかまえてよお、裏切らせて極秘情報を握ったりな?」
「ぷっ」
思わず笑ってしまった。
極秘情報? 俺が知ってる情報なんて全部新聞に書いてあることだけなんだが?
「笑い事じゃねえぞ、ダフニア。お前みたいな命知らずは使い道はいろいろあるんだからな」
命知らずじゃないです。むしろ誰よりも長生きしたいと思ってます。
「それに、借金のあるヤツは扱いやすいんだよ」
「借金? それってもう帳消しになってるじゃないですか」
兄貴のぶんは、俺が魔導爆薬を使ったことで帳消しになってるはずだ。なんかうだうだゴリラは言ってきてるけど、強硬に借金をこれまで主張してきたことはなかった。つまり、このクソゴリラは借金を盾に俺を動かすことはできないってわかってるはずなのだ。
「——お前、昨日大暴れしたんだってな?」
「え? ええ、まぁ……はぁ……」
「『血煙ダフニア』様がぶっ壊した酒瓶の請求来てるぞ」
「はぁ!?」
あ、あああ~~~! あれか! 露店の酒瓶!
でも俺一発ぶん殴られてるんですけど!
「はぁぁぁぁ!?」
しかもゴリラが俺に差し出した請求書を見てびっくりした。
15万イェン。
「あんのクソ露店……!」
「『赫牙』のOBがやってる露店を『クソ』呼ばわりかぁ。お前も出世したなぁ?」
「……耳そろえて支払わさせていただきます」
マジかよ。あの露店、そんな凶暴凶悪な露店だったの? もう二度と行かんわ。
「もう払っといたっつうの。俺のポケットマネーからな」
にたりとゴリラは笑った(あるいは歯を剥き出しにして威嚇した)。
「つまり……お前はこの俺に、借金があるってわけだ。なぁ? ダフニアくん?」
「…………」
俺の「幸運」スキル、こういうときは一切反応しねえんだよなぁ……。