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一難去ってまた一難www

 王女殿下は身体をひねってティーポットをかわしたが、拳は振り抜かれた。

 俺の手前1メートルくらいのところを。

 当たらなかった、あぶねえ——と思った次の瞬間。

 拳が巻き起こした突風が俺を襲う。


「あばばばばばばば!?」


 俺の身体はふわり宙を浮いて、薄っぺらい窓ガラスを突き破ると表へと射出された。


「え——」


 ええええええええええ!?

 落ちる落ちる落ちる落ちるっての!?

 事務所は2階にあるんだぞ!?


「——げはっ!?」


 だけど俺の身体が地面に叩きつけられることはなかった。

 たまたま通りがかった荷馬車に救われた。

 ボンッ、とそのまま後ろに転がって荷馬車から落ちたけどな。


「い、いててて……」

「大丈夫かアンタ!? ——ッ!?」


 荷馬車の主が振り返るが、その顔が驚愕に染まった。

 それはそうだろう。

 だって、


「フルチン!??!?!?!??」


 俺のぺらっぺらのジャケットは突風にちぎり飛ばされ、ペラッペラのシャツもパンツも全部吹っ飛んだからだ。

 そうだよ。

 またも俺は裸だよ!! 靴と靴下が残ってるのが逆になんか変態チックだよぉ!


「ニア!!」


 窓から顔を出したフェリ、そして、


「…………」


 レイチェルティリア様。


「大丈夫か、ニア!? お、おおお! すっげー! ニア、あんな攻撃食らったのにぴんぴんしてる!」


 おい、フェリ。服が破れて地面に転がってた俺が、「ぴんぴん」してるように見えるのか?

 そうか……そうだよな。お前バカだったもんな。

 それにレイチェルティリア様、俺が両手で隠してる股間を凝視してませんか? ていうかあなた、いったいウチの事務所になにしに来たんすか!?


「ふふふ……」


 そこへ、こつん、こつん、こつんと、


「まさか、あのタイミングでティーポットをぶつけてくるとは思いませんでしたわ」


 足音を響かせながらアティラ様が階段を降りてくる。


巨悪(・・)はやることがひと味違いますのねえ……?」


 口の端についたらしいお茶の水滴をぺろりと舐めたアティラ様が路上に降り立った。

 そ、それってもしかして。

 もしかしてだけど。

 「お前やるじゃん。生かしといてやろう」とか「役に立ちそうだ、ついてこい」とかそういうことですか?


「——ここで粛正しますわぁ」


 違うよね! 知ってた!

 あのパンチに当たったら粛正どころか修正できないレベルのグロ死体ができあがってしまう。

 どうする。

 どうする。

 どうする?

 ていうか俺がなにしたってんだよ、チクショウ!


「みんなー! アティラ=ストーム王女殿下がいらっしゃったぞー!」


 とりあえず俺は叫ぶことにした。

 幸い、俺が落ちたことでこちらに注目は向いている。いや、荷馬車はとっくに逃げ出してるけど、裏通りのおばちゃんたちが両手で顔を覆いながら指の隙間から俺の股間をガン見してくるし。み、見ないでよぉ!


「——え、王女?」

「——見ろよ! あそこにアティラ様が!」

「——きゃー! 本物よぉ!!」


 するとみんなが駈け寄ってくる。

 アティラ様は目を見開き俺を見て、次に「へぇ」という感じで冷たい笑みを浮かべたけれど——次にはもうにこやかな笑顔になっていた。


「皆様、わたくしはお忍びで来ておりますので、どうぞお静かに……」


 その隙に俺は逃げさせてもらうぜ。

 へへっ。


 ——ドンッ。


 あん?

 なんだよ、俺の逃げる先に突っ立ってるバカは——。


「——見つけたぜぇw てめぇが俺らの仲間をヤッた野郎だな?wWw」


 新手の逆毛(チンピラ)どもだった。




 なるほど。

 なるほど、ね……。

 逆毛の数は、7人。これはこれはずいぶんな数がいらっしゃるもので。

 俺は観察する。

 昨日、フェリがぶちのめした逆毛に比べるとガタイの発育も大変よろしく、腰にはデカいサーベルや銃を持っている。

 なるほど~。はいはい、これは——。

 これは確実に俺を殺しにきてるな?


「あ、ダフニアならほらあそこ、2階の事務所にいますんで。それじゃ」


 俺はするりと彼らに背を向け、


「待てやw」


 逃げようとしたところをがっしと肩をつかまれた。


「てめえがそのダフニアって野郎だろうが?w」

「ち、違いますよぉ~やだなぁ~僕みたいな善良な市民を捕まえてぇ~」

「善良な市民は裏ギルドの2階窓から吹っ飛んで落ちてこねえよw」

「む、むしろ裏ギルドにいびられてる小市民っすよぉ~」

「小市民は2階から落ちてぴんぴんしてねぇよw」

「た、ただのラッキーですってばぁ~小市民ラッキー、ね?」

「ラッキー……なるほどなw」


 俺の肩から手が離れた。

 ほっ。


「……『期待のルーキー』とか呼ばれてる野郎も、確かラッキーボーイだったよなぁ?w あり得ねぇラッキーで、治安本部の第4部長を転落させてよぉwWw」

「!?」

「あれでついた二つ名が、『からくりダフニア』だってよw お前知ってたか?w」


 知らない。俺の知らないところで俺の名前が一人歩きしてる。


「お前がそのダフニアかどうかは知らねえけどよぉ~~~w とりあえず『蜥蜴とピッケル』にカチ込む前の景気づけに、なっ?w ボコらせてくれや?w」


 なに半笑いで恐ろしい提案してんだよ!


「あ、あ、あ……」


 俺は振り返り、叫んだ。


「ダフニアの兄貴ぃー! ここに逆毛どもがいますぜ!」

「なっ、ダフニアだと!?w」


 逆毛どもが明後日の方向を見た瞬間、俺は走り出した。


「おい、どいつがダフニアだw おい——って、いねぇ!?w」

「あそこだw 逃げやがったw」

「追え!wWw」


 俺と逆毛どもとの地獄の鬼ごっこが始まった。

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