今なんか変な言葉が……?
「…………」
俺を見てくる。
「…………」
めっちゃ見てくる。フェリが。
朝から事務所で俺をめっちゃ見てくるのである。
事務所に入ったときから昨日の、レイチェルティリア様とアティラ王女の戦いの話で舎弟たちが盛り上がっていたので、フェリもそういう戦いがあったことは知っているはずだ。
でも、俺がその現場にいたことは知らないはずだ……よな?
チンピラどもも、俺になにも言ってこないし。知ってたら「ダフニアさんいたんすよね!?」って言ってくるはずだ。
それどころか朝の挨拶までしてこない。「昨日のケンカ見たかったぜ!」「俺なら騎士3人はヤッてたな」とか言ってシャドウボクシングを始める始末だ。その横を通った俺に肘が当たったんだが? 挨拶どころか謝罪もナシ? あ、そう……。
「バカ助どもォ! 仕事してこいや!」
そんなところへピンクゴリラこと本部長が不機嫌丸出しで事務所へやってきたものだから、チンピラたちは大慌てで逃げ出した。「仕事仕事~」とか言ってるけど、今日の仕事はまだ割り当ててなかったんだが? どこに行く気だよ?
「そんじゃ俺も仕事、っと……」
「お前はちょっと待て」
外で数人くらいは舎弟を捕まえられるだろう、そいつらに仕事を割り振ってやるかと思っていた俺の首根っこを4本しかないぶっとい指がつかんできた。
「な、なんすか本部長……」
ゴリラのクソ握力、今日の不機嫌を思うと、首をつかまれていい気分なんてするわけがない。俺のほっそりした色っぽいうなじに欲情しちゃったとかそういうことじゃないですよね……?
「ダフニア、お前には伝えておく」
「はい?」
「今日はボスも、若頭も、俺もいねえ。しっかり留守を頼むぜ」
「は、はぁ……」
がらんとした事務所には俺たちしかいない。
そう言えば、ボスが来ていてもおかしくない時間だったが、まだ来てないな。
あら? フェリもいないぞ。あいつのことだから「今日もニアについてく!」とかなんとか俺に絡んでくるかと思ったけど——なんか俺、フェリが不機嫌になるようなことしたっけ。
「なにかあったんすか?」
俺のほっそりした色っぽいうなじがゴリラの魔手から解放され、異常がないかさすりながら確認しつつたずねる。
「昨日の大ゲンカについては聞いてるな?」
「へ!? は、はい、まぁ……」
思わず視線が泳いでしまう。
え、ええ……? あれが原因なの? 俺があのケンカを引き起こしたとか言わないよね……? 責任の一端があるような気もしているので、全力で否定できないのがツライ。
「『龍舞』の本拠地、13区周辺にかなりの騎士が投入されているらしい。治安本部ともバチバチやり合っててな……きな臭せえんだ」
「それって昨日のケンカが尾を引いてるってことですか」
「レイチェルティリア様と騎士が小競り合いを起こすなんてこたァ、ちょいちょいあることだ。いつもはその程度じゃ翌日まで引っ張ったりしねえ」
「今回は治安本部の新しい第4部長のエドワードもいましたし、それが原因ですかね」
「ほう、その線は考えなかったな……ていうかなんでお前、エドワードがいたことを知ってる? 俺も今初めて聞いたぞ」
「え!? さ、さっき、偶然ケンカを目にした舎弟が言ってたんすよ!」
「ふーん」
疑り深そうなクソゴリラはうなずいたあと、
「そんなわけで、今日は外回りに無理していかなくてもいい。ボスや若頭は、
「はあ」
「くれぐれも頼んだぞ。……ああ、そんな事情だからよ、お前を高級風俗に連れて行くのはしばらく先になりそうだ」
「……はあ」
本部長は太い手を振りながら事務所から出て行った。
最後の一言がいちばんショックだったんだが……。
「まあ、しょうがないか……」
俺としては高級風俗を捨てる気はないが、かといって昨日みたいな逮捕の危険はもっとイヤだ。
「にしても、
ここ「蜥蜴とピッケル」の親ギルドは「赫牙」だ。
若頭はそこで本部長まで務め、この「蜥蜴とピッケル」に出向みたいな形で来ている。
その辺の関係性はよくわからないけど、「赫牙」の規模に比べれば「蜥蜴とピッケル」なんて鼻くそみたいなものだから、「本部長」から「若頭」にポジションこそ上がっているけど、実質的には降格みたいなものらしい。
なんでそんなことになったのかはわからないけど。
どうせ人格的にぶっ壊れてるとか、サディズムが行きすぎてるとか、部下への圧がすごいとか、その辺じゃないのかな(適当)。
「……掃除すっか」
久々に、この時間だというのにがらーんとした事務所だ。
俺は落ちているものを拾ったりゴミを捨てたりという掃除を始めた。
始めてみると、汚かった床や壁がきれいになっていき、だんだん楽しくなってくる。
掃除はいい……舎弟の教育と違ってはっきりと進み具合がわかるもんな……。
鼻歌でも歌っちゃおうかな。
俺の大好きな歌は、ちょっと古いんだけど「この道けもの道」って歌だ。
卑劣な男が卑劣な手段で金と女を手に入れるっていう歌。でも最後は手堅い生き方をしている男に出し抜かれて破滅するんだ。
最高だろ?
「男なんて~ 皮を一枚剥いだらば~ しょせんけもの~ けものけもの~」
雑巾掛けも乗ってきたぞ。
「女なんて~ 皮を一枚剥いだらば~ しょせんけもの~」
「私も獣か?」
「けものけもの~……はっ!?」
振り返ると事務所の入口には——女性がいた。
つばの広い帽子をかぶり、顔にはヴェールが降りている。
王都で流行っている幾何学的な魔術紋のパターンを織り込んだワンピースは目の覚めるようなブルーだ。
「お、おおお、おおおお客様ですか!?」
「…………」
「お客様……?」
その人はヴェールが掛かっていてちゃんと顔がわからない。
でもさっきの声……それに背格好。
なんか、昨日のレイチェルティリア様に似ているような……。
いや、待て待て。
そんなわけあるかよ。
レイチェルティリア様がこんな場末の三次団体事務所に来るわけがない。
しかもおひとりでだ。
「…………」
お客様の視線は、
「……お前」
俺の股間に釘付けだった。
「……なぜ今日は服を着ている?」
「レイチェルティリア様ぁぁぁ!?」
がばっとその場で平伏した。
やっぱりレイチェルティリア様だ! 俺の股間への視線でわかる!
ていうかなんで俺なの? レイチェルティリア様ほどの人なら、ソーセージなんて選びたい放題でしょ? いや、ハハッ、まさか俺のマグナムはレイチェルティリア様から見てもかなり立派なものってことかな?
チラッ。
「…………」
にらんでおられる!?
「さささ昨晩は大変な失礼をいたしましたァッ!」
とりあえず謝る。
これが俺の処世術!
「…………」
「……レイチェルティリア様?」
恐る恐る顔をあげると、俺をじーっと見下ろしておられる。
下から見上げるとヴェールの向こうは確かにレイチェルティリア様だった。
やべぇ……。
こんな状況なのに、信じらんないくらいの美形を前にして少しばかり興奮している俺がいる。
ヤバイ趣味に目覚めそうだ。
「……も、もしかしてウチのボスになにかご用が?」
「…………」
すぐに俺を粛正するとか処理するとか殺すとかそういうことじゃないっぽいので聞いてみるが、レイチェルティリア様はなにも答えない。
もしかして、俺のバカっぽい口調がダメなのか?
「レ、レイチェルティリア様の
「チン●もっこり?」
「——ですね。えっと、はい?」
なんか今変なワードが聞こえなかったか?