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女傑激突

 お店が面しているのは王都13区の風俗街、飲食店街が交わる巨大交差点のすぐ目の前だった。

 そこには今や、大勢の治安本部捜査員が集まっている。

 野次馬たちがなんだなんだと遠巻きに見ている。

 このお店が「龍舞」幹部が利用しているということも知っているのだろう。


「——治安本部、ガチじゃん」

「——『龍舞』とやり合うってこと? そんな度胸あんのかな」

「——前の第4部長は『龍舞』を敵対視して末端組織をいびってたけど、新任も同じ路線ってことかね」

「——でも『龍舞』は麻薬を売らないってポリシーだぞ、よそよりマシじゃん」

「——だからさ。第4部で麻薬とうまいこと付き合っていこうって(はら)なんだ」


 好き放題言っている。

 治安本部の捜査員たちはそれが聞こえているが、よそ見を一切せず、お店の出入り口を見据えている。

 彼らは全員、急所をカバーする魔導プロテクターを装着しており、拳銃とダガーをそれぞれの手に装備していた。

 臨戦態勢だ。

 そんな中へ——ゆったりとした足取りで出て行ったのが、


「——出てきたぞ!」

「——きゃぁーっ! レイチェルティリア様よ!!」

「——今日もお美しい!! ここが『龍舞』のシマでよかったぜ!」

「——うおおおお『七若龍』だ! まさか全員そろってるのか!?」

「——ナヴィちゃん今日もツインテール可愛いー!」

「——あの筋肉、たまらねえ! かっけえー!」


 先頭のレイチェルティリア様を見た瞬間に、数人が感激のあまり卒倒した。

 その後はすさまじい声援だ。

 レイチェルティリア様だけでなく「七若龍」全員にそれぞれファンがついているらしく、興奮のるつぼと化す。

 そんな中、素っ裸で出て行く俺の気持ちにもなってみて?

 端的に言って無理でしょ?


「おら、さっさと来い」

「いだいっ!?」


 入口から出られずにまごまごしている俺の髪の毛をつかんで引っ張り出す引き金依存症の人。

 俺が出て行くと、違った意味で野次馬がざわついた。


「——なにあれ……」

「——クロード様に引きずられてる、罪人?」

「——なんで裸なの」


 俺が聞きてぇよ! なんで俺は裸なんだよ!

 スーザンちゃん、お願いだから服を返して(本気泣き)。


「『龍舞』の皆さん、おそろいで。わざわざ犯罪者を引き渡しに来てくださったこと、感謝します」


 すると——治安本部からひとりの男が前へと進み出た。

 ここの王国貴族が着るような装いではあったけれど、装飾はかなり質素に抑えられていた。

 それでもところどころ、隠しきれない本物の宝石の輝きがある。

 緑色の短髪は刈り込まれていて活動的に見えるけれど、肌は白く染みひとつない。まるで「外で運動なんてしたことない」とでも言うふうに。


「治安本部第4部長エドワード=ジークムントです」


 は? この人が第4部長?

 丸腰の上に、まともなプロテクターもつけてないんだけど。

 アレですか。

 指揮をする人だから自分は戦わなくてもいいとかそういう感じですか。


「…………」


 とか思っていたら、引き金依存症の人が俺から手を離し、両手をぶらんとさせた。

 これ……いつでも銃を抜けるようにする構えだ。

 ってことは、あの第4部長に警戒してるってこと?

 するとマッスルオジサンがレイチェルティリア様の一歩前に出た。


「なにを勘違いしている? ここにいるダフニアは、汚職にまみれた前の第4部長を白日の下に引きずり出した英雄(・・)だ」

「…………!」


 第4部長エドワードの表情が神経質に強ばる。

 マッスルオジサンの「英雄」という言葉に、ざわめきはさらに大きくなった。


「アンタも丸腰のようだが、ダフニアなんて服すら着ちゃいねぇ。意味がわかるか? お前らの攻撃などかすりもしねぇってことだよ!」


 服を着たがってる人に着せてくれなかった人のセリフとは思えませんねぇ!?


「おかしいですね。私が入手した情報では、彼は風俗店で騙され、服を脱いだまま逃走したと聞いていますが」


 エドワードさん、ほんとうのことをバラさないでよぉ! しかもそれを仕組んだの、アンタたちでしょうがぁ!

 マッスルオジサンも軽蔑した目で振り返らないで!


「おま……なんで裸なのかとは思ってたが、そんなクソみたいな理由だったのか?」


 率直な感想が心に突き刺さって貫通する。

 俺の心は空っぽだ……。


「では、引き渡す気になりましたか?」

「バカ言え。それとこれとはちげーだろ」

「彼は、あなたがたが思うような人物ではありませんよ。借金で首が回らなくなり、『龍舞』も目が届かないような末端組織に入会、そして魔導爆薬を渡され鉄砲玉になった。そう、ただの『クソ野郎』です」


 あああああああ!

 全部真実なだけにつれぇよおおおおお!


「その『クソ野郎』に踊らされたのはどこの治安本部第4部だっけなぁ?」


 マッスルオジサンが言い返す。いいぞ! やれやれ!


「では——あなた方は治安本部を敵に回すと?」

「俺らが仲良しこよしだったときなんてあったか?」


 エドワードとマッスルオジサンの視線がぶつかって火花を散らす。

 ごくり、と俺がつばを飲んだときだった。


「離れろ!!」


 ドンッ、とマッスルオジサンを突き飛ばしたのは——誰あろう、レイチェルティリア様だった。

 マッスルオジサンは巨体だ。とんでもなくデカいし、分厚いし、場所が場所なら「キレてるぅ!」ってかけ声が掛かるような人だ。

 その人が一瞬で数メートル吹っ飛んだんだから、レイチェルティリア様の力はどうなってんの、って思う。

 いや、そんなことより。

 なぜレイチェルティリア様が突き飛ばしたのか。


「!?」


 ナナメ上空から降ってきたのだ、女の子が。

 巨大な突撃槍(ランス)を持っているが、それは騎兵が持つ大きなもので、握り手の先が三角錐にとんがっているものだ。


「てやああああああああああああ!!」


 その女の子は、ピンク色に輝いていた。

 スキルの発動だ。

 すさまじい速度でレイチェルティリア様に接近し、その身体をランスが貫く——直前、


「シッ!!」


 レイチェルティリア様が身体を回転させながら蹴りを放つ。

 俺はこのとき初めて、彼女の足元が、ドレスに合わせるようなハイヒールなんかじゃなく——魔導金属によって固められたバトルブーツなのだと気がついた。

 レイチェルティリア様の身体が青白く輝いていた。

 スキルだ。

 ハイキックがランスとぶつかる。

 そんなに足を上げたら深いスリットからパンツが見えちゃう——なんて思う間もなかった。


 ドンッ。


 衝撃波。

 エドワードは両腕でガードしたけれど5メートルは後ろに押され、捜査員はもとより、離れた野次馬たちだって衝撃波によって吹っ飛んだ。


「うひゃああああ!?」


 もちろん俺もだ。

 ごろごろと石畳を転がる——裸だからクソ痛てぇ!

 がばりと身体を起こした俺は、そこで起きている事態に目を見開いた。

 というか、頭がついていかなかった。


「あなたが『悪』ですね? わたくしの『正義』スキルが反応していますわ!」


 ピンクブロンドの髪をなびかせた女の子が、自分の背丈以上もあるランスを軽々と振り回している。

 装備は白銀の制服で、黄金の装飾がなされていた。

 それだけでもわかる——高貴な人だと。


「知らないわよ、そんなこと」


 対するレイチェルティリア様は、ぶんぶん振り回されるランスを軽々と除け、たまに蹴り飛ばしていた。

 ふたりともスキルを発動し、踏み込むたびに石畳が陥没し、ランスとバトルブーツが衝突するたびに衝撃波が走る。


 ——王都に3人の女傑あり。


 レイチェルティリア様と戦えるということは——あの女の子もまた、それ相応の人物。

 パチリとした桃色の瞳が可愛いらしいのに、すさまじい強さ。

「高貴」、「ピンク」、「強い」。

 そんなキーワードに当てはまる人を、俺は知っている。


「アティラ=ストーム王女殿下……!?」


 姫騎士、なんて呼ばれることもあるが、この国最高の武力——だが少々腐敗していることを本部長(クソゴリラ)から聞いたが——王国騎士団の第2隊長を務める人物だ。

 つまりこの人がここにいるということは、


「どけぇ、治安本部! 我ら王国騎士団が通る!!」


 王女と同じ制服を着込み、腰には一振りの剣を提げている。

 魔導自動車になんて絶対に乗らず、頑なに馬に乗り続ける——王国騎士団がやってくる。

 そのひとりひとりが一騎当千であるために、たった10人ながら纏う空気はひりつくほどに凶暴だ。

 彼らは全員馬から降りた。

 このままいつでも戦闘に移れる、という意思表示だ。


「くっ……王国騎士団がなんの用ですか」


 エドワードが反応する。


「アティラ王女殿下の『正義』スキルによって、この場所に『大悪』がいると判明した。ここから先は我らが取り仕切る。治安本部は退け」

「『大悪』? それは『龍舞』の娘のことでしょう。私たちの目的は違います」

「だからなんだ。退けと言っている」

「そのような無体が許されるとでも?」

「貴様……治安本部ごときが騎士団に意見をするのか?」


 エドワードと、遅れてやってきた騎士団とがにらみ合う。


「おい、俺らを無視してんじゃねえよ!」


 とそこへ、マッスルオジサンが突っ込んで行き、パンチを放つ。

 それを片手で受け止めた騎士だったが、顔はしかめられた。


「……ふん、その程度か? 所詮は街のゴロツキだな」

「今のは半分の力だよ、バァカ」

「ほざけ!」


 騎士が力で押し返すが、マッスルオジサンが力を抜いて蹴りを放つ。

 ふたりの戦いが始まるが、すぐそばではレイチェルティリア様と王女殿下の戦いもヒートアップしている。


「お前ら! 騎士はやべーぞ、お嬢に近づけさせんな!」

「オオッ!!」


 マッスルオジサンの言葉に七若龍の残りが動き出す。


「エ、エドワード様、我々はどうしたら……」

「本来の目的を見失ってはいけません!『蜥蜴とピッケル』の構成員、ダフニアを逮捕しなさい!!」

「そ、それが」

「なんですか!」

「——ヤツが、どこにもいません」

「…………」


 そりゃあね。


「……なんですって?」


 俺はと言えば、とっくに逃げ出していた。




 その夜の戦いは、レイチェルティリア様とアティラ王女殿下の衝突という「3人の女傑」による戦いでもあり、大変な注目を集め、翌日の新聞に記事が大量に載った。

 おかげで俺のことはなにも書かれずに済んだ。

「3人の女傑」の戦いは、ほどなくして終わったらしい——なぜか、アティラ王女殿下がスキルを解いて「引き返します」と言ったからだそうだ。

 レイチェルティリア様だってわざわざ戦いを長引かせる意味もないので、七若龍を連れて帰ったのだという。

 後に残ったのは、破壊された石畳と、興奮する野次馬と——この日の酒場は大いに売上を伸ばしたことだろう——血眼で逃走したイケメン()を捜す捜査員たちだった。

 俺はと言えば。

 スーザンちゃんのいた風俗店に戻り、誰もいない店内にくしゃくしゃになって置かれてあった俺の服を見つけてそれを着て、帰った。

 せめて畳んでおいてよ……。

 店が無人だった理由? みんな、「龍舞」と騎士団の戦いを見に行ってたらしいよ。

 このときの大ゲンカは、しばらく王都中の話題になったんだから、直接観戦できた人たちはラッキーだったよな。


「……俺だけひとり損してないか、これ!?」


 それとも、逮捕もされず、殺されもせず、帰ってこられたのだから——一応「幸運」だった……のか?

 いや絶対そんなことないよなぁ。

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