「龍舞」の最高峰
ていうか残りの7人は「七若龍」!? この人たちが!
「お嬢、殺します」
黒いスーツを着た男が音も立てずに、ていうか俺が瞬きした瞬間には俺の真横に立っていて、俺のこめかみに拳銃を当てていた。
「ちょ……ちょっと!?」
引き金が引かれ——。
「待ちなさい」
クリスタルグラスをベルベットの上に転がしたような、そんな涼やかな声が聞こえた。
レイチェルティリア様が口を開いたのだと理解するのに、数秒の時間が必要だった。
「お嬢はここを、血で汚すなっつってんだよ。それくらいわかれや」
七若龍のひとりらしい、異常なまでにガタイのいい、タンクトップオジサンが言う。
そ、そうだよね。
血で汚したら、大変なことになっちゃうもんね。
ふぃ~。
これで俺は首の皮一枚つながったぜ!
「……なるほど。では連れ去った上で殺します」
首の皮切れてるゥ!?
「ちょ、ちょっと待ってください、ね? 俺、なんと、皆様の下部組織のチンピラなんです。だから味方! 味方なんですよぉ。敵じゃないんです。ね? 生かしておいたほうがきっとお役に立てると思うんだよなぁ~」
「くせぇ口開くんじゃねえ。こっちは引き金引くの、こらえるのに精一杯なんだよ」
ひぃぃっ!?
すげぇ顔でにらまれた!?
なんなの、「引き金依存症」なのこの人!? 引くのこらえるなら銃をしまえばよくない!?
「表出るぞ」
「いだいっ!?」
俺の自慢の髪(ただし今は金色)をむんずとつかまれ引っ張り上げられる。
痛い痛い痛い痛い!
思わず——俺がかたくなに閉じていたゴールデンゲート、つまり両足が開いて大口径マグナムがポロンしてしまう。
何度も言うが大口径マグナムだ。
「……おちん……」
え。今なんか聞こえた。クリスタルガラスをベルベットに転がしたような涼やかな声で。
いや、まさか「おち●ちん」はないよな?
「なおちん」とかいう誰かの愛称とかだよな。いやーははは。まさかそんなこと。
「…………」
引きずられる俺の股間を、レイチェルティリア様が凝視なさっている気がするのですが!?
気づいて! 七若龍! 俺の髪の毛つかんでずるずる引きずってる場合じゃない! っていうか痛てぇ! マジで痛てぇ!
「——! ————! ——!」
「————! ——! ——! ——!
するとそこへ、なんだか言い争うような声が聞こえてきた。
「……お嬢様、七若龍の皆様、お伝えしたいことがござい——」
ダークレッドの幕が開いて、身なりのいいオッサンが入ってきたが、スッポンポンの若者と彼の持つ大口径マグナムを見てぎょっとしたように立ち止まる。何度も言うが俺のことだ。
「どーしたの、オーナー? その粗チン野郎は気にしなくていーよ。これから処理するし」
七若龍にしては「若すぎない?」と言いたくなるような、ツインテールの少女が聞く。いや、ふつうに酒飲んでるから見た目よりもずっと年食ってるのかも。
ていうか「粗チン野郎」って誰のこと? 俺のは大口径マグナムだから俺のことじゃないと思うし……お願いです、
「そ、それが、治安本部の第4部長が表に来ています。裏口も捜査員で固められていて」
「あ? 第4部長っつったら、こないだの麻薬所持で捕まった野郎の後任じゃねえか」
マッスルオジサンがオーナーに——この流れから言ったらこの店のオーナーに言った。
「はい。第1部のエースでしたが、第4部長に異例の抜擢をされた男です」
「そのエリート様がお嬢になんの用だ?」
「いえ、お嬢様にではなく……おそらくそちらの」
ちらりとオーナーが俺を見る。
全員の視線がまた俺に集まった。
み、見ないで……まだなにも着てないのよ……。
「この粗チン野郎がなんなんだ?」
粗チン野郎? 大口径マグナムのボクのことではないようですね……痛い痛い痛い痛い! 髪を引っ張らないで引き金依存症の人!
「そちらが、『蜥蜴とピッケル』構成員ダフニアさんだと。先日の第4部長失脚につながった爆破事件の実行犯だということです」
「!!」
七若龍全員の表情が変わった。……レイチェルティリア様、なぜあなた様だけは俺の大口径マグナムを見ていますか?
「こいつが、あれをやった男だってのか?」
「第4部長がおっしゃるには、そういうことで」
「お嬢、ここでこの粗チン野郎を引き渡したら俺ら『龍舞』の面子に関わることになっちまいます。面倒ですが、どうしやす」
「……おちん……」
「お嬢?」
「いえ、なんでもないわ」
なんでもなくないよね!? 今やっぱり「おち●ちん」って言いかけたよね!? なんで俺のマグナムを!? あなた様くらいの美人ならマグナムを選び放題でしょ!?
「……私が出る」
「ッ!? お嬢が直々に!?」
「ちょっ、待ってください、お嬢! 治安本部くれー、あたしらで蹴散らしますって!」
「ええ。ようやく引き金が引けるって俺の人差し指もうずうずしてます」
マッスルオジサン、ツインテール、引き金依存症の皆さんが反応する。他の4人も腰を浮かせている。
「それなら、全員で行こうか」
「「「「「「「オオッ!!」」」」」」」
お、おおっ!
「龍舞」の皆さんが、裏ギルドの頂点にいる皆さんが、俺のために……!?
やべえ、鳥肌がすげぇ。
「そこの——ダフニアも連れて行くから」
……え?
「確かに、そうですね。この粗チン野郎を見せびらかしながら、治安本部を踏み潰す。それくらいやるのが『龍舞』だ」
い、いやいや。いやいやいや!
マジで言ってんのこのマッスルオジサン——真正面から治安本部とやり合うっての!?
捜査員ってひとりひとりが訓練を積んだ戦闘員でもあるし、そいつらが何十といるんだよ!?
七若龍が七百若龍とかだったらわかるけど!
(あれ……? でも確か、レイチェルティリア様自身も「めちゃくちゃ強い」って聞いたことが……)
酒場でよく話題になるんだ。
「王都に3人の女傑あり」……って。
その3人は信じられないほどに強く、そして、美しい。
レイチェルティリア様がそのひとりだというんだ。
だったら、もしかしたら、これはこれでなんとかなるのか……?
「オーナー。粗チン野郎になんか服を見繕ってやれ。さすがにこれじゃ——」
「このままでいい」
「え?」
え? 今、レイチェルティリア様、「このままでいい」って言った?
「…………」
全員の視線が集まったレイチェルティリア様は、しばらく沈黙して、
「裸一貫で捜査員をかく乱したという事実を、広めてやるのよ」
「なるほど……」
なるほどじゃねーよマッスルオジサン! おかしいだろ!? スッポンポンだよ俺!? それで出て行ったら「捜査員をかく乱」じゃなくて「ただの頭がおかしい男」じゃん!?
「行くわよ」
「「「「「「「オオッ!!」」」」」」」
ひいいいっ。お願い、せめて髪の毛引っ張るのは止めてぇ! 抜けちゃうからぁ!