うまい話にゃ裏がある
コメディです。コメディです(大切なことなので2回書きました)。
うまい話にゃ裏がある。
そんなことは今日日、3歳のお子ちゃまだって知ってる常識だ。
現に昨日、酒場の裏手で遊んでたウェイトレスのジーナちゃん(22)の子ども、ルッカだかポロロッカだかいうガキに聞いたんだ。
「おいガキ。お駄賃欲しくねえか?」
「いきなり『ガキ』って声掛けてくるヤツの言うことなんて信じられるわけねーだろ。どうせ母ちゃん目当てなんだろ? あっち行けシッシッ」
「…………」
これだ。
そりゃまぁ俺だってウェイトレスのジーナちゃんがこの辺りの酒場じゃダントツで可愛くてニッカポッカみたいな名前のガキを生んだけどそのパパが誰かわからないから「これもしかして俺にもワンチャンあるんじゃないの~?」とか思った部分がないわけではないけどそれだって俺の仕事の一環でジーナちゃんに危険がないかなって思って聞こうとしただけなんだけどそれをあんなふうに「シッシッ」とかやらなくてもいいじゃんね?(ここまで2秒)
俺は傷ついた。
いや、そんな話じゃなかった。
うまい話にゃ裏があるってことだ。
「おい新入り。お前、金が欲しいんだよな?」
現在、俺が直面している状況がまさにそれだ。
目の前にいるのは腕毛も濃ければ胸毛も濃い、ゲジゲジ眉は左右がつながっている男。
もとい、大男。
身長190センチ、体重100キロ。
ショッキングピンクのジャケットの下は柄物のシャツ。胸にはゴールドチェーンのネックレスがあるんだけど、それって胸毛絡まないの? 大丈夫? とか気になってしまう。
とにかくデカい。
指1本見たってデカい。
小指が1本なくなってるけどそれを補ってあまりあるほどに残りの4本がデカいからたぶん問題はないんだろう。
大男、いや、服を着たゴリラ……おっと、これはゴリラさんに失礼だったかな。「森の賢人」とも呼ばれるゴリラさんは時々思慮深そうな顔をするけど、目の前にいるゴリラ(呼び捨て)は常日頃から一ミリも物事を考えていなさそうな顔だからな。
「おい新入り、聞いてんのか?」
「あ、はい、ゴリ——本部長、聞いてます」
「お前今ゴリラっつった?」
「とんでもありません。『ゴ』じゃなく『モ』。『モリ』。森です、森」
「なんで森なんだよ」
「森の賢……」
「やっぱりゴリラっつったか?」
「とんでもありません。心から尊敬する本部長閣下にそのようなことは言いません」
「そうか? そんじゃ、心から尊敬する俺様の命令を聞け」
にんまり笑うゴリラ。
はっ、しまった。
これは誘導尋問だったのか……!?
「手ぇ出せ」
「ゆ、指は勘弁してください……本部長ほどゴリゴリした指じゃないので、1本でも足りないと困るんです」
「お前やっぱゴリラっつったろ?」
「言ってません! 指は5本必要ですぅ!」
「指じゃねえよ、誰が小指つめろっつった。手ぇ出せっつったんだ」
「は、はい……」
俺は両手を差し出した。
俺の手はなまっちろくて薄っぺらい。
おい、誰だ「お前の人生みたいだな」っつったヤツ。
「幸薄そうな手だなぁ。お前の人生みたいだな」
「…………」
ゴリラは人語を解さないのでノーカンです。だから殴らないです。ゴリラを殴るのは王国法の動物愛護法に引っかかります。
「ほい」
「ひい!?」
ずん、と重いものが載せられた。
あわてて落としそうになるのをこらえた。
油紙に包まれた、この、重たい感触は……。
「け、拳銃……!?」
「バカ。そんなもん渡すわけねーだろ」
よ、よかった……「こいつでどこそこギャング団のホニャララ代表を弾いてこい」って言われるのかと思ったぜ……。
「
もっとヤバかった!
「よかったなぁ、新入り。これが上手くいきゃあお前の借金はチャラにしてやる。それどころか何年かは遊んで暮らせるほどの金をやるぞ。お前ってほんっと『幸運』だな!」
レンガで組まれたビルの3階に入っているのが、俺の所属している「裏ギルド」——反社会的組織、ギャング団、暴力団、まあ、呼び方なんてどうでもいいが、結局のところ裏稼業に足を突っ込んだ連中の集まり、「蜥蜴とピッケル」の事務所だ。
欲望と、金と、魔術と、蒸気の渦巻く王都エルドラドに、星の数ほどある裏ギルドのうちのひとつ。
「掃きだめに鶴」どころか、ゴミ捨て場の鼻くそみたいな存在だ。
裏ギルドの中でもトップランクになれば一般人からもその名を知られ、恐れ敬われ、モテモテになれるというのに、「蜥蜴とピッケル」はそのトップランクから見て、子の子。孫請け。三次団体。蜥蜴の尻尾。まあそんなところ。
最近じゃ、治安当局ににらまれて、まともな
「はぁぁぁぁぁぁ……」
厄介なものを押しつけられ、そのまま持ち歩くわけにも行かず、なぜか「蜥蜴とピッケル」の「制服」となっているへろへろのスーツジャケットでくるんだ——魔導爆薬。
吸えもしないのにカッコつけるためだけに持っているタバコを口にくわえる。でもマッチはない。爆薬があるのにマッチを持っていたい気分にはならないからな。
事務所を出て、王都の石畳を歩いて行く。
エルフの女の子ふたりが最近流行のにゅるにゅるしたジュースを飲みながら歩いている。
いかつい顔をしたリザードマンが大剣を担いで先を急いでいる。
行き交う馬車の隣を、ぴかぴかの魔導自動車が蒸気を噴き上げながら走っていく。
石積みの建物が多いのだが、この王都13区周辺は魔術の粋を凝らして造られた地上20階オーバーのビルなんてものもにょきにょき生えている。
田舎から出てきてコイツを初めて見たときにはびびったっけな……俺の実家のほうなんざ、いまだに森に棲み着いたゴブリンに悩まされてて、流れの冒険者の機嫌を取って、駆除してもらってるってのに。
王都じゃ拳銃で1発、バンッ、だ。
いや、まあ拳銃が高いんだけどな。
そう考えると都会に出てきたことは間違いじゃない……間違いじゃないんだけど……。
「どうしてこうなった……」
建物と建物の隙間にある、設計ミスで現れたような小さな土地。
申し訳程度のベンチが設置されている。
一日を通じて陽が射さないところだからじめじめしていて、誰もここでは休まない。
俺くらいのものだ。
ふっ、俺が鉄砲玉になって死んだら、もう誰もこのベンチには来なくなるぜ……そう思うと寂しいだろ、ベンチ。な?
「……いやしかしそれ、シャレになってねえんだよなあ……」
ゴリラ、もとい、クソゴリラが口にしたターゲットは、「蜥蜴とピッケル」と敵対している裏ギルド「
魔導爆薬で殺せってことはめっちゃ接近する必要がある。接近するってことは俺も爆発に巻き込まれて
「なにが『借金をチャラ』だよ、取り立てる俺がいなくなるってことじゃねーか! チャラになるに決まってんだろ! なにが『何年かは遊べる金』だよ、死人に金は使えねーだろ!」
「死人? 誰か死んだの?」
「俺だよ!」
「ニア、死んだの?」
「死んでねえよ!」
「えっ」
「え?」
俺はそこに突っ立っている女に気づいた。
俺と同じ15歳ながら、俺より背がちょっと高いのが許しがたい。
長い金髪は後ろで縛り、パチリとした赤い目はキュートだ。
俺と同じぺらぺらのジャケットを着ているが、下はショートパンツだ。
すらりとした足は俺よりちょっとだけ長い。つーか足の分だけ身長で負けているのが理解できて許しがたい。
「どしたの、ニア?」
小首をかしげた姿は可愛らしい。
この女——フェリが俺の生まれ故郷にいたら、男ども全員(妻帯者含む)に告白されるだろうっていうくらい可愛い。
「フェリ、4掛ける6はいくつだ?」
「おっ。算数の問題か!? あたし、今、掛け算を勉強中だからなー。えーっと、4が6個だから……」
と指折り数え始める。10を超えるとわからなくなるようでむむむと眉根が寄る。
そう。
「ははーん、答えは10だな!」
コイツはバカなのだ。
手の付けようがないほどのバカ。
「あれ? 違ったかー?」
見た目はいいんだ。ほんと。見た目は。
「正解は24だ」
「にっ……24!? ニアは、一瞬でそれを計算したのか!? すっげー!」
褒められてもさすがにうれしくはない。
「ニアは
にこにこして俺の横にどかっと座ってくる。
ここは俺のパーソナルスペースなんだが。
(……漢の中の漢、か)
ニア。つまり俺、ダフニアがフェリに語ったのは俺の借金のことだ。その事情を聞いてフェリは、俺を漢の中の漢だと言い出した。
これを説明するには時計の針を2週間ほど戻す必要がある。
いや、どうせなら半年ほど戻そうか。
事の発端は、半年前、田舎暮らしの俺が——教会でスキルを授かったことにある。