第二十三話 硝酸に耐えし者
声の主の方を見ると……そこには、見覚えのある顔の女性が立っていた。
——「@SHNuts3」のアカウントの、アイコンの人だった。
……あのアイコン、本人画像だったんかい。
勝手に抱いてた親近感、この世の果てまで飛んでったぞ。どうしてこうなった。
「あ……はい、そのアカウント俺です」
とりあえず俺は、そう言って軽く頭を下げた。
……まずい。あまりにも予想外過ぎて、頭が真っ白になりかけてるぞ。
でも、何か会話を続けなきゃ。
とりあえず……「パーフェクトアイギス」に触れてくれたので、その話でもするか。
「ただ……『パーフェクトアイギス』は、別に贅沢にMPを消費してたわけではありません。「シールド」が消費MP固定進化したので、あれMP10で使えるんです」
「……今なんて?」
すると……初代ランク6の女性は、耳を疑うかのようにそう聞き返してきた。
「ですから、あの『パーフェクトアイギス』はMP10しか使ってないんで、贅沢ではないです」
「何なんですかその反則みたいな進化! 聞いたこともないですよ……」
再度説明すると……初代ランク6の女性は、呆れたような声でそう言った。
この人からしても、消費MP固定進化は珍しいのか。
まあ確かに……消費MP10とはいえ、一週間以内にV5まで進化となると、VIP探索者でもなかなか達成しづらいものなのだろうか?
そう思うと、俺は少しは落ち着きを取り戻せた。
飛んでる時は、よくよく考えたら今の俺じゃまだ足手まといになりはしないかと懸念していたのだが……少なくとも、タンクとしてくらいは活躍できそうだ。
……それでも、絶対同性だと思っていたアテが外れたことによる緊張は、まだ拭いきれていないのだが。
「……もしかして緊張してます?」
などと思っていると、考えていることを言い当てられてしまった。
……うん、これはもう正直に言おう。
「すみません、ヒwiヒヒerのアイコン見て、好きな芸能人をアイコンとかにしちゃうタイプの男かと思ってたもんで。まさか本人とは露ほども思ってなくて……」
「ふふっ、それはまたえらい勘違いですね……」
「いやホント申し訳ない」
「いや全然良いんですけど……。え、でもそれって、私のこと芸能人みたいにかわいいって思ってくれてるってこと……」
……なんだコイツ、やりづらいな。
早速俺は、気軽に会う約束をしたのを後悔しかけていた。
が……それでも、せっかく来たなら初代ランク6の実力を見てみたいってのは、依然としてある。
これ以上立ち話してても悪い方向にしか行く気しないし、サッサとダンジョンへ移動するか。
「……ダンジョン、あっちの方角でしたよね? 俺まだ21階層までしか階層間転移できないんですけど、それでもいいですか……?」
というわけで、俺はそう話題転換してみることにした。
飛んでいる時見えていた、ダンジョンの入り口っぽいものがあった方を指差しつつだ。
「あ、ダンジョンはそっちで合ってますよー。てか、私も21階層までしか転移できないんですが……一体どこに行くつもりだったんですか?」
「いやてっきり、31階層とか41階層とか行けるのかと」
「……そんなわけないじゃないですか!」
……うん、やっぱりダンジョン攻略関係の話題だと、まだスムーズに話せるな。
そう思った俺は、ダンジョン移動の途中は、ダンジョン関係の話をしようと決めた。
◇
「まずこれ、差し支えなければ聞きたいんですけど……なっちさんって、どういう経緯でランク6になったんですか?」
移動の最中……俺はまず、そう聞いてみた。
ちなみに「なっち」というのは、初代ランク6さんのユーザー名だ。
女性の場合、ユーザー名は自分の名前と関連したものにしがちらしいし……ユーザーIDの後半の「Nuts3」から察するに、本名はなつみさんとかだろうか。
まあ何にせよ、俺もガチョウ同窓会さんで通ってるので、同じくユーザー名で「なっちさん」と呼ぶんでいいだろうが。
などと余計なことを考えていると、なっちさんはこう説明してくれた。
「私は……二つの称号の新発見でランク6の昇格条件を達成しました。一つは『ニトロフレンズ』、もう一つは『理不尽を打ち破りし者』です」
ランク6達成の経緯は……だいたい俺と似た感じだった。
「理不尽を打ち破りし者」は俺も持っているので分かるが、「ニトロフレンズ」は初耳だな。
もう少し、そこを聞いてみようか。
「……『ニトロフレンズ』ってどんな称号なんですか?」
「それは……実は私、幼い頃、ジュースと間違って硝酸を飲んでしまって救急搬送されたことがあるのですが。奇跡的に、後遺症もなく生還できたんです。そのおかげか……ダンジョンが初めて出現した際、そんな称号が手に入って。効果としては、HPやMPの補正が手に入った他、唯一無二のニトロ系魔法が使えるようになりました」
するとなっちさんは、そんな経緯を語ってくれた。
ジュースと間違えて硝酸……ほんと大事故だな。
でもそのお陰で今ランク6になれたなら、怪我の功名ってやつか?
……そういう意味では、FXで大損したのがきっかけでスキルを手に入れた俺も、似通った部分があるのかもしれない。
俺は少し、失った親近感を取り戻した気がした。
……次、何聞こう。
あ、そうだ。
「なっちさんがイジワルミミックを倒した時って、どんな条件だったんですか?」
「理不尽を打ち破りし者」自体はなじみのある称号だが……よく考えたら、イジワルミミックの討伐条件ってその時その時で異なるらしいからな。
ふと俺は、そこが気になったのだ。
「私の時は……『凍った舌を解凍せよ』って条件でしたね。高火力のニトロ系魔法を使ったにも拘わらず、全MPと手持ちの魔力回復薬全部を使い切ったので、なかなか大変でした」
「なるほど……」
それを聞いて……心底俺は、自分の時そんな条件じゃなくて良かったと思った。
マナボールでは、威力の大小に拘わらず、解凍なんて不可能だっただろうからな。
「ま、それでも得意分野のが来てくれたので、ラッキーな方でしたよ。……ってか、先ほどの聞き方ですと、ガチョウ同窓会さんもイジワルミミックを撃破されたんですか?」
そして今度は、なっちさんの方が質問してきた。
「ガチョウでいいです、長いんで。俺の場合は……『10分以内に、総魔力量の8割以上を使う魔法を1万発当てろ』でしたね。ま、俺も得意分野だったのでラッキーみたいなもんです」
俺は呼び名を少し変えてもらいつつ、そんなふうに説明した。
……「ガチョウ同窓会さん」って、実際対面で呼ばれると違和感しかないんだよな。
「それのどこがラッキーなんですか! どう聞いても、ほとんど最悪みたいな条件じゃないですか……」
するとなっちさんは、関西人がツッコミを入れるかのような勢いでそう叫んだ。
「それを言うなら、逆に俺なっちさんの条件だったらクリア不可能でしたよ。とどのつまり、ただの相性の問題です」
「そんな悪夢のような条件が『相性がいい』って、どんな実力があればそうなるのやら……。あ、着きましたね」
などと会話していると、俺たちは目的のダンジョンに到着した。
1階層に足を踏み入れると、すぐさま21階層へ転移。
……なっちさんの「ニトロ系魔法」、どんな凄い威力なのか楽しみだな。