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二十話 森奥に潜むモノ①

「おめでとうございます、ガストンさん! 厳正なる検討の末に前回の功績、報告書が認められ、準D級からD級への昇級が認められました! 私達職員一同は、貴方がこれからも活躍していくことを期待しております!」


 受付嬢がガッツポーズを取りながら、ガストンへと声を掛ける。

 受付嬢はかなり若く、俺とさして歳が変わらないように見えた。

 それに、初めて見る顔だ。


 きっと新米でガストンの普段の素行を知らないのだろう。

 その受付嬢は素直に祝福しているが、その背後で書類を整理している職員は怪訝そうに二人のやり取りを窺っていた。


 今日のガストンはいつもより大人しかった。

 珍しく列に並び、がっくりと肩を落としながら力なく歩いていた。そうして時折、思い出したように溜め息を吐いていた。

 よほど剣を売り飛ばされたのが堪えているようだ。


 しかし、厳正なる検討の末、功績と報告書が認められたのか……。

 多分そう言うのがテンプレートなんだろうけど、ばりばり不正してる身からするとぞわぞわする。


「さっすがガストン兄貴! 兄貴は準D級に収まってる器じゃねぇって俺っちは思ってやしたよ!」


 ガストンの横にいた小柄の男がわかりやすいおべっかを口にする。


「……ああ、そうだな」


 それに対するガストンのテンションは低い。

 以前あれほどランクに執着していたガストンとはまるで別人のようだ。


「そういやガストン兄貴、あのデッケェ剣はどうしたんで?」


「……あ、ああ、うん。まぁ俺様は、魔獣程度素手で充分だからな」


「かーっ! さっすがガストン兄貴、俺っち痺れましたぜ! そうですよね、たかだか金属よりも兄貴の拳骨の方が硬いに決まってらぁ!」


 どうしよう、本気で可哀相に見えてきた。

 ガストンに対しては何も悪いことはしてないつもりなのに、なんか罪悪感が凄い。


「……バイラブロウ」


「ん? どうしやした兄貴?」


「なんでもない。なんでも……ない」


 ガストンはちらりと横目で俺を睨んでから、ゆっくりと首を振る。

 ああ、ありゃ重傷だな。

 こっちに逆恨み向けなきゃいいけど……そんな元気もなさそうか。


 大丈夫だ、ガストン。

 約束通りランクはしっかり上げてやるから、強く生きてくれ。


「アベル? どうしました?」


 新・シューティングワイバーン(昨晩作った弓)の背を撫でていたメアが、俺の顔を覗き込んでくる。


「……ああ、いや、頑張らないとなと思ってな」


「そうですね! メアも、生まれ変わったシューティングワイバーンの威力を試したいところですし! これできっとアベルの役に立って見せますからね!」


 弓を握る手に力を込め、そう熱弁する。


 昨晩、ゴードン兄弟がガストンから金を回収してくれたおかげでかなり金銭的な余裕ができた。

 メアも弓術を熱心に学びたいようだったので、ならばオンボロ弓よりもきっちりしたものをと思い、俺が素材を買って弓を作ってみたのだ。

 弓自体はマーレン族でも作ったことがあったので、材料さえあればメアの背丈に合わせて作ることができる。

 なるべくいい素材を買い、昨日は徹夜で作った。


 ……因みにメアは戦友である旧シューティングワイバーンを捨てるのを嫌がったため、まずは『弦が駄目になっているから狙いを定め難いな』と言って弦を張り替え、その後『木の寿命が短そうだから取り換えた方がいいな』と言って本体を交換するという作戦を取った。

 俗にいうテセウスの船のパラドックスという奴である。

 これでシューティングワイバーンの魂は引き継がれたと思いたい。


「次も森ですか?」


「ああ、俺は森に行きたいな。やっぱり異常続きなのが気になってさ。今回は本格的にそれを調べていきたい」


 一応メアの書いた報告書の末文に、追伸として森の異常続きについての簡単な考察を添えておいた。

 冒険者支援所の偉いさんの耳に入れば何か対応してくれるかとは思ったが、所詮一冒険者の報告書だ。

 そこまで期待はしていないし、俺だって自信を持って絶対何かがあると断言はできない。

 そもそも今のガストンと受付嬢のやり取りを見るに、報告書がまともに読まれているかも怪しい。

 職務怠慢で捨てられていたって不思議ではない。


 できることなら自分で調べたいと思っていたし、別にいいんだけどな。


「後……森奥に、何かいい感じに魔力のある木がないか探したいんだよな」


「魔力のある木ですか?」


「ああ、集落にいたときに比べると全然オーテムを彫っていないからな。指先がソワソワする」


 オーテムは高い魔力を持つ木を用いなければ、いい物を作ることができない。

 マーレン族の集落付近の木はどれも魔力が高かったが、ここいらの木ではそうはいかない。

 触って確かめ、どれだけあの集落が恵まれていたかを痛感した。


「まぁちょっと森深くに入ったからって、そんないい木がすぐ見つかるなんて期待してないんだけどな。こっちはあったらいいな、程度の目標かな」


 それに見つけたとしても木を背負って帰るか、オーテムを彫るだけ彫って放置することになる。

 世界樹オーテムが自在に転移で呼び寄せられるのは、あれ自体がとんでもない魔力の塊だからこそできることだ。

 世界樹クラスの魔力を持つ木がぽんとこんな森に生えている、なんてことは期待していない。


 そんなことをメアに話していると、不意に背後から声を掛けられた。


「森は、辞めといた方がいいよ」


 聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、マイゼンの顔が見えた。


「久し振りだね、アベル、メア。会話に横入りして悪いけど、今、森はお勧めできないね」


 マイゼンの顔を見た瞬間、俺はついこの間ギルドで見た光景が脳裏にフラッシュバックした。

 マイゼンのパーティーメンバーの女が、パーティー内に彼氏がいるにも関わらず他の男と白昼堂々キスをしていた場面だ。

 つい掛ける言葉を見失い、黙ってしまう。


「あ、マイゼンじゃないですか」


 ……メアは例の件については他人の空似だと断定しているのか、即座に反応していた。


「森に行っちゃ駄目って、どうしてですか?」


「ヤバイものが森から見つかったらしい。噂では、それが理由で今日領主の私兵隊が森に向かうって話だよ」


「ヤバイもの?」


「ああ、聞いて驚くなよ。土の塊でできた、巨大な手さ。冒険者の間では、『神の手』だと呼ばれているよ。僕だって信じられなかったんだけど、実際に見ちゃってね。震えあがって全員で逃げ出したよ」


 ……それ俺がゴードンに使った奴じゃないか。

 メアも察したらしく、さっと閉口した。


「遠目から見てわかったね、あれは禍々しい奴だって。僕はそういうのには疎いんだけど、なんていうか、凶悪な破壊衝動みたいなものを感じたよ」


 俺が作った奴なんだけど。

 そんな禍々しかったかあれ。


 え、ていうか、あれで領主の私兵隊動いたの?

 なんでだよ、ただのちょっと盛り上がった土じゃん。

 これバレたら無意味に私兵隊動かした責任取らさせられたりしない?


「へ、へぇ、そうですか。べ、別に禍々しさとか破壊衝動はないとメアは思いますけどね、メアは」


「ああ、知っていたのかい。ちょっと施設が情報出ないようにしてるって聞いたけど、まぁあれは隠し通せないだろうね。大きすぎるから。とにかく行かない方がいいよ。自然にあんなのができるわけがないんだから、とんでもない化け物がいるはずさ。いくらアベルでも、あれを相手取るのはさすがにキツイと思うよ」


 あれ作ったの俺なんだけど。


「ご、ご忠告どうも……。そ、そうか。なんか怖くなってきたな、うん」


 このまま別れようかと思ったのだが、やっぱりパーティーについて聞かないわけには行かない。

 正直気になって仕方ない。


「あのさ……パーティー、今どんな感じだ? マイゼン以外の二人って付き合ってたんだよな? 最近ギスギスしたりしていないか? いや、例えなんだけど……」


「ああ、ティーダとリーシャか」


 二人の名を言い、マイゼンは表情を暗くする。


「最近どうにも雰囲気が悪くてね。ちょっとしたことですぐ口喧嘩になって、僕が仲人役になってる状態だよ。この前まで本当に仲が良かったのに、最近どうしたんだか。僕もどうにかならないかと色々策を練ってはいるんだけど……」


 それ多分、どうにもならないぞ。

 もう解散しちゃった方がいいぞ、という言葉が喉まで出かける。

 言っちゃった方がいいのか、黙っておいた方がいいのか……。

 なんだか人が必死に支えてる棒を横から小突いて倒すみたいで気が進まないんだけど。


「へぇ、そうなんですかぁ……。倦怠期って奴なんですかね。あんなにラブラブそうだったのに……なんだか切ないですね」


 恋話になると、メアが興味津々といった調子で乗っ掛かってくる。

 でも多分、そんな可愛い次元の話じゃないぞ。


「ま、どうにか僕のカリスマで纏めつつ上手くやってみせるよ。実は僕、あれから準E級からE級にまで上がってね。パーティーとしてもここから一気に功績を上げたいところでさ」


 マイゼンはふっと笑い、わざとらしく髪を掻き上げる。


「そ、そうか。でもあんまりパーティーの雰囲気悪いならパーティー作り直すっていうのも手だと思うっていうか……」


「い、いや、そこまで心配されるほどのことじゃないと思うけどなぁ、本当に、うん。多分すぐに持ち直すさ。なんせほら、この僕がいるからね! この僕が! 上手く緩和剤になってる自信あるし……うん……」


 ……申し訳程度の微妙な強がりが痛ましい。

 マイゼン、いつか胃に穴が開くんじゃなかろうか。

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