とある森の調査隊(side アレン)
鬱蒼とした森の中を、十二人の男達が進んでいた。
彼らはロマーヌの街を保有する領主の私兵隊であり、その中の第二調査隊に所属している。
「魔力磁針はどうだ、アレン?」
隊長のレジーノから声を掛けられ、隊員のアレンは手元の魔法具に目を落とす。
魔力磁針は針が一本しかない時計のような形状をしており、強い魔力に反応して動く性質を持つ。
反応する魔力の種類を絞ることができる調節ネジがついているのだが、アレンにはその使い道がいまいちわかっていなかった。
「使い方、よくわからないんですよねこれ。さっきからなんだかグルグル回ってて……」
「おい、壊したんじゃないだろうな……」
今回森へ出向いたのは、最近ここで危険な変異種の出現や
とある冒険者の報告書の追伸に『最近変わった事件が続いている。こうした厄介な出来事が頻出している場合には魔力場を狂わす悪因があるため、早い内に調べた方がいい』という忠告が書かれており、それを聞いた領主が私兵隊を動かしたということである。
この手の調査は特別報酬を用意し、冒険者達に任せることも多い。
元よりそのための冒険者支援所でもある。
だが彼らは粗暴でがめつい上に口が軽く、おまけに責任感も薄い者が多い。
そのため調査隊は、冒険者達には任せておけない重要な調査を任せられることが主である。
特に今回はまだ不明瞭な点が多く、下手に大騒ぎにして不安を煽るより先に内々で下調べして置こうという考えが大きい。
因みにレジーノは今回の調査を受け、魔獣学者であるウェゲナーに協力を要請したのだが、話を聞き終えた後、ウェゲナーが謎の腹痛を起こしたためそれは叶わなかった。
「あっ、止まった……ん?」
べきんっと音を立て、魔力磁針の針が跳ね上がった。
「す、すいません! 別に変な使い方してたつもりはないんですけど、なんだか急に……」
焦って弁解するアレンに対し、レジーノが剣を抜いて構えた。
額には脂汗が浮かんでいる。
「レジーノ隊長!? そ、そんなに怒らなくたって……これは事故といいますか」
そこまで言って、アレンはレジーノの目線に違和感を覚えた。
レジーノの目はアレンを見ているというよりも、アレンの背後を睨んでいるようだったからだ。
アレンは事態を把握し、魔力磁針を捨てて剣を抜きながら振り返った。
少し距離を置いた先に黒ずんだ木があった。その木は少し太めで、皮は一部剥がれ、抉れており、まるで大口を開けて笑っている人の顔のようにも見えた。
丁度、鼻の位置からは枝が伸びている。
アレンは不気味に思い、顔を顰めた。
その直後、木の口が更に大きくなった。それに合わせ、まるで木が笑っているかのように森全体が激しく騒めき出す。
間違いない。これこそが魔力場の歪の正体であり、魔力磁針が弾けた理由である。
アレンはそう直感した。
それから剣を構えている自分の手が震えていることに気が付いた。
『
しゃがれた声がアレンの頭に響く。脳に直接刻まれるかのようだった。
他の隊員も狼狽えていた。恐らく全員この声を聞いているのだろうとアレンは察した。
精霊語だ。
精霊語を用いるということは、危険度B級以上の魔獣、もしくは悪魔の類である。
第二調査隊の相手にできるような敵ではない。
『
アレンは精霊語を詳しくは知らない。
そのため目前の木が、自分達に何を言いたいのかはわからない。
『
だが、温厚な相手でないことだけははっきりとわかっていた。
『
木の目が見開く。
アレンは剣を強く握り締めた。
先頭に立っている自分へ敵意を向けているのだと、はっきりと感じ取ったからだ。
地面を突き破り、黒く尖った根が頭を出した。
咄嗟にアレンは剣を振るう。だがあっさりと刃は砕かれ、根の先はアレンの肩を貫通した。
アレンは吹っ飛ばされ、貫かれた激痛に剣を投げ出した。
血を吹き出しながら宙を舞い、地に身体を打ち付けた。
アレンは地に側頭部をぶつけた後、仰向けに転がった。
動悸が激しく、苦しい。上手く呼吸ができない。腹の底から熱が込み上げてくる。
アレンは手で肩の怪我を押さえようとする。
どろりとした感触に触れ、初めて己の出血量に気付く。途端に麻痺していた恐怖と痛みが一斉に襲いかかってきた。
「あっ……あ、あ……あああああああぁあっ! うわぁあああっ! うわぁぁぁぁっ!」
アレンは半狂乱になって悲鳴を上げた。
恐怖は伝染する。
からんからん。からんからん。
一つ、また一つと剣をその場に落とす音が続く。
もう誰もまともに戦える状態ではなかった。
「撤退するぞぉぉおっ!」
レジーノはそう仲間に叫び、倒れているアレンを素早く背負う。くるりと身を翻し、木の化け物へと背を向けた。
木の化け物は逃げ惑う彼らの背へと向け、枝を持ち上げる。
枝の先は五つに分かれており、まるで細い手のようだった。