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路地裏の決闘(sideガストン)

 ガストンはゴードン兄弟の後を追いかける。

 その表情には、隠す気もない苛立ちが前面に出ていたのだ。

 宴会中、ゴードン兄弟に酒場を連れ出されたのだ。不機嫌にもなるだろう。


 ゴードン兄弟の向かう先は、酒場から反対方向にある高い建物に挟まれた狭い裏通りだった。

 生ゴミが辺りに散らばっており、道の脇には血だまりがあった。 


 この通りは治安が悪く、物取りや強盗も多い。

 衛兵の巡回ルートとなっているが、見回りの時間はあまり大きく変化しない。

 そのため一部のタチの悪い連中の中では衛兵の巡回の時間目安表が出回っていた。勿論、ガストンもその時間を把握していた。


「ハッ、しつこいぞ貴様らぁ! せっかくの酒が不味くなるわ! とっとと要件を話せ! この辺りでいいだろう!」


 ガストンが一喝する。

 気分よく酒を飲んでいるところを横から何度も水を差されてたのだ。

 あまりいい気はしないだろう。


 勿論、ガストンにもその理由はわかっている。わかりまくっている。

 わかっているからこそ余計に不機嫌だった。


「おい! あいつらの酒代どうするつもりなんだ! わかってんのか、自分の立場! お前の金じゃねーんだぞそれは!」


 ゴードンが指を突き付けてくる。


「ガストンよ、どうせお前、貯め込むタイプじゃねぇだろ。払えないっつうんなら、今すぐ土下座して中止させて来いもみあげ野郎が! 報酬は公開されてんだから、すっぱ抜きなんかしたらすぐバレるっつうの!」


 ゴードンの言うことは正論である。

 『黒き悪鬼』に続き、バーム鳥の乱獲である。

 あの色白でひょろっちいアベルとかいう男のバックにとんでもない化け物がいることは明らかだ。

 下手に約束を破ればどうなるかわかったものではない。


 だが、ガストンも引き返せなかった。

 取り巻き達に頭を下げて撤回させるなど、死んでもしたくない。

 あまりに惨めすぎる。ガストンはもう既に散々格好つけた後であった。


 それに、だ。今から強引に中止なんて怪しまれるに決まっている。

 そのことはアベルの向こう側に隠れている男にとっても不都合なはずだ。

 そう、だからこれは必要経費である。手数料、正当な対価と言い換えてもいい。まずいと思えばこのゴードン兄弟かアベルが埋めればいい。

 なんで俺様が恥を掻いて収めねばならんのだ、とガストンは開き直っていた。

 ガストン自身の頭の中では絶対の論理であった。


「わかっておらんのは貴様らの方だ! 貴様らが金を工面して埋めればいい。わざわざ俺様が自制する必要はあるまい! なぜそんなことがわからん! そもそもこの俺様がわざわざ手を貸してやっているのだぞ!」


「は、はぁ? 馬鹿っ、お前、あんな人数の酒代いくらになると思ってんだよ! だいたいお前が流されたのが悪いんだろうが! こんな金、俺だってぽんと出せねぇっつーの! なんだ、酔ってやがんのか!?」


 面倒臭い奴だ。

 ガストンは舌打ちを鳴らしてから首を曲げ、周囲を確認する。

 人の気配はない。

 ガストンは口角を歪ませ、にたりと笑った。


 ガストンは昔から対等な話し合いという奴が苦手だった。

 一方的に命令するか、怒鳴るかばかりで切り抜けてきた。

 そしてそれで通せない相手に取る行動は一つ。暴力によるゴリ押しである。

 それが一番手っ取り早かったし、自分の性分にも合っていた。


 ガストンは剣を抜く。


 ガストンの剣は一般的なものより刃の面積が広い。重量は倍近くある。

 五年ほど前にロマーヌの街で一番有名な鍛冶職人を脅し、予約を無視して優先して格安で作らせたものである。


 斬ればその圧倒的重量で魔獣の骨を断ち、腹で殴れば骨を砕く。一撃必殺の凶刃である。

 人はその無骨な刃を見ただけでまず恐怖し、そして次にそれを軽々と振るうガストンに恐怖する。

 構えただけで他者の心を折る大剣バイラブロウは、ガストンの性格にぴったりだった。


 入手経路はともあれガストンは大剣バイラブロウを気に入っていた。

 ちょっとでも傷がついたら整備するし、場合によってはすぐ鍛冶職人の元へと持っていく。寝る前には必ず刃と柄を布で拭くよう心掛けていた。

 どうねだられたって取り巻きや女にも絶対に触らせやしないと心に決めている程である。

 ガストンにしては珍しく、あの鍛冶職人に正統な金を払いに行ってやってもいいかとすら考えていた。考えただけだが。


 ガストンは大剣バイラブロウを両手で握り、二度宙を斬った。

 その後、勢いを抑えながらそっと地面に突き立てる。

 ドンッと大きな音を立て、砂飛沫を散らせた。


「なんだ? 本当に俺様に指図するつもりか? ああ? 自慢じゃないが、俺様は気が短い方でなぁ?」


 ゴードンはモードンへと目で合図を送った後、斧を手に構える。


「馬鹿は痛い目見ねぇとわからねぇらしいなぁ! 動物躾けるのにゃ一番手っ取り早いか! せいぜいお前が犬より賢いことを祈ってるぜ!」


 ゴードンの挑発に対し、ガストンは眉を吊り上げさせた。

 自然と武器を握る手にも力が入る。


「この俺様に向かって舐めたことを! 適当に脅すつもりだったが止めだぁ! この俺様とバイラブロウの恐ろしさを骨の髄まで味合わせてくれるわ!」


 ガストンは吠えながら、大剣バイラブロウを両手持ちから片手持ちへと切り替える。

 大剣バイラブロウの重量のせいで長く維持できる構えではないが、片手の方が動き方に幅を持たせられる。

 それに相手に威圧感を与えやすい。少しでも怯めば大きなアドバンテージとなる。


「チッ! もうちょい酔ってから連れてこりゃ良かったか! モードン、逆側に走れ! 二人掛かりで潰すぞ!」


「わ、わかったよ兄ちゃん」


「上等だ! 二人纏めてバイラブロウの錆びにしてくれるわぁ!」


 ガストンは大剣バイラブロウを振るい、壁に叩きつける。

 石の壁がまるで紙のように容易くへこみ、大きく削られる。


 破壊された壁を見て、ゴードンがごくりと唾を呑み込む。

 ガストンは口を歪ませて笑った。

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